第一章:死地 第一節:突撃
注意:この作品には戦争の描写と血の表現があります。
グロいのが苦手な人はやめといた方がいいと思います。
『…禍!起…て!もう…がす…そこまで来てる!』
ノイズ混じりの通信が耳元で流れた。
私は不意を突かれたように顔を上げる。
状況を確認しようと体を持ち上げようとしたがうまく動かない。
(体が動かない….)
損傷を確認する為に体を見ると、左胸の装備に銃痕があった。
おそらく一度心臓が止まったのだろう、そして再生の影響でこうして意識が戻ったのだろう。
朦朧としていた意識がだんだんと鮮明になっていく。
手を一度握り、足の指を動かす。
手足の欠損、麻痺はない。
私は体を起こして周囲を見回した。
銃を手に取り塹壕から敵を確認すると…
彼が焦っていた理由がわかった。
どうやら突撃命令が下されたようだ。
塹壕の際で敵の兵士に照準を合わせる。
まだ目覚めて間もなく、視界もまだ揺らいでいるが、なんとか照準を合わせた。
軽く引き金を引くと、スコープの中の敵兵は赤い飛沫をあげて倒れた。
「一つ…」
素早く次の弾をセットし、照準を合わせる。
「二つ、三つ、四つ…」
深く積もった雪の上で人が次々と赤い血を吹き出して、世界を赤色に染めていく。
(もう手持ちの弾丸があまりない…)
腰のベルトからナイフを取り出し、素早く塹壕を駆け上がった。
敵軍の放った銃弾が右股に命中する、足が崩れるのとともに再生していく。
塹壕に飛び込み、敵軍の中に突撃する。
刃が敵に触れた瞬間、肉を切る感覚と共に血が吹き出す。
敵の弾丸が私の装備を突き破り、肉を抉っていく。
(右脇腹と、左頬….)
皮膚にできた傷は次々と再生していく為問題はないが、痛みがないわけではない。
誰のものかされもわからない鮮血がが舞う中で次々と敵兵が倒れていく。
「ふぅ….」
そう呟いて私は膝から崩れ落ちる。
ひとまず突撃部隊を凌ぎ切ったようだ。
私は塹壕に戻り、周囲を見回した。
私以外の仲間の多くは死ぬか、再生に時間がかかっているようだ。
耳の通信機に手を当てて、語りかける。
「エルレイン、概ね片付けたよ。」
『おっ、ナイスー。大丈夫?そっち被害どんな感じ?』
「死傷者25名、戦闘能力喪失者9名、部隊壊滅だね。」
エルレインの声が一瞬だけ沈黙した。
『……そっか。うん、壊滅って言われると気が滅入るな。でも、蓮禍が生きててよかった。』
「あなたもね。」
短く返して、私は残った弾倉の残量を確認した。15発。敵の本隊が押し寄せてきたら、それでは到底足りない。周囲を見回す。仲間の兵士たち――生き残った者たちも再生が完了しつつあるが、動けるまでにはまだ時間がかかる。
膝をついて、倒れた兵士の手から弾倉をひとつ奪う。顔は見なかった。死体の目と目を合わせる癖をつけたら、戦場では生き残れない。
耳元で、エルレインがまた何か喋り出した。
『なあ蓮禍、前にも言ったけどさ――お前さ、ほんと、機械みたいだよな。痛み感じてんのに顔ひとつ変えないし、声にも出さない。何考えてんのか、さっぱりわからん』
「私も痛みぐらい感じているよ。でもそんな感覚にいちいち囚われていたら任務が遂行できないでしょ?そうならないように作られてるからね。」
即答すると、また一拍、沈黙が挟まった。通信越しのサフィが鼻を鳴らす。
『うっわ、ほんとに機械みたいな答え。なあ、さっきさ、俺が呼んだ時……目、覚めた?』
「……ええ。」
『そっか。じゃあ、俺のおかげだな。命の恩人ってやつ?』
「恩には感じておくよ。」
『感じてんのかそれ。お前、ほんとわかりづらいな』
笑い声が雪に溶けていく。私はそれをただ聞いていた。聞いているだけで、心が何かに触れそうになる。そういう感覚。
気づかないふりをして、銃を持ち直した。
「敵の再集結が近い。その前に混乱に乗じて移動する。」
『了解。あ、でもちょっと待って。今、補給からなんかお菓子届いたんだよ。チョコのやつ。食う?』
「要らない。」
『ええー。感情ないのに、味覚はあるんじゃないのか?』
「無駄な刺激は戦闘の妨げになる。」
『だーめ。それじゃ心まで死ぬぞ、蓮禍。お前さ、ちょっとくらい“自分”持たないと、いつか壊れるぜ。』
「私は壊れないように造られている。」
『……本当に?』
問いの向こうに、ほんのわずかな沈黙があった。
膝まで積もった雪をかき分け、私は無言で歩く。
背後には砲撃で崩れた塹壕。仲間たちのうち何人が歩いていて、何人が地に伏したままなのか、数える意味はもうない。
私たち遺伝子式変質部隊はその高い生命力と、命令遂行力によってよく前線に配置される。
ここはかつての戦争では死地と呼ばれたそうだ。
私は首を振った。
余計なことを考えても死ぬ可能性が増えるだけ。
周囲を注意深く見回しながら、赤く染まった雪を後にした。
前連載したやつは諦めたから実質初投稿。
読んでくれてありがとう。