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消失点のその先に  作者: 白雪 凛


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EP 1-1 日陰編

「俺の勝ちだな。ハハハ」

豪快に笑う60代のおじさんに、何も言い返せない。

途中までこちらが優勢だったはずなのに、どこで形勢が崩れてしまったのか。何手前だ。どこで見落とした。

スランプとはよく言ったものだ、学生の頃は敵なしだったが、大人の混じった世界に入れば、知識も経験も豊富な人たちで溢れかえっており、遠く足元にも及ばなかった。


そんな世界では、自分より弱かった人がいつの間にか自分より先に昇段しているということもあった。

将棋を好きとか嫌いという言葉で語りたくはないが、昔のように純粋に楽しめない自分がいて、どうしたらいいのかわからないまま無情にも時間だけが過ぎていく。

そろそろ貯金も無くなってきたので、今のままでいいのか悩んでいた。



「そろそろ潮時なのかなぁ」

ポツリと言葉が音に乗った。それを聞いていた先輩が耳をつねった。

「痛い痛い」

「お前はたった一度の挫折で諦めるのか」

そういった先輩の表情は、将棋を指すときのように真剣な瞳だった。

「……えっ、あ……いやでも一度じゃ」

ここ数年全然成績を残せていない。最初に敗北した時は衝撃が大きかった。それでも次は大丈夫だと、対局して負ける度に心がすり減っていった。あんなに楽しかった将棋が、自分の手元からどんどん離れていく。

「誰でもいいから勝てる相手と指してこい。できれば同年代と」

「同年代なんて」

携帯電話を持っていないので、知り合いに連絡を取る方法が思いつかない。

「外にいるやつでいいからとっ捕まえてこい」

そう言って玄関先に追いやられた。


「どうすっかな。勝てる相手って言ったって、素人を連れてこいってことなのか。それがなんの役に立つって言うんだよ」

気分転換をしたかった日陰は目の前の道路を通り過ぎる人を眺めていた。学生服を着た人達が何人か目の前を楽しくおしゃべりしながら通っていった。

「いいなぁ」

ほとんど学校に通っていなかった日陰にとって友達は、将棋で出会う人たちだ。しかし以前は自分が負けた相手に興味がなかったので同年代で仲のいい人はいなかった。

声をかけようにも中々一人で歩いている人がいない。

どうやって先輩に言い訳をしようか悩んでいたその時、一人で歩いている姿勢のいい高校生がいた。



「ねぇ君暇?暇だよね。ちょっと時間いい」

人生でナンパなどはしたことがなかったが、どうしてもこの出会いを逃すまいと強引に話を進める。

高校生は将棋教室と書かれた看板と強引な日陰を交互に見ると、しれっと方向を変えた。

「あっ。待ってしょうねーん。ちょっと。ちょっとだけでいいから。俺を助けると思って。お願い」

いく手を阻む日陰を見下ろしため息をついた。

「あっごめんごめん。もしかしてこの後予定あった?」

「いえ忙しいので」

「いやいや。君の気分転換にもちょうどいいからさ」

数分の押し問答の末、折れたのは高校生だった。


「えーっとこれが”王”で」

日陰は少年に将棋の駒について説明をする。少年はぶつぶつと何かを言いながら聞いていた。

「それで進め方なんだけど」

駒の説明を一通り終えると将棋の進め方について教えた。

「まぁあとは指しながら教えるからさ」

そう言って日陰は少年と対局を始めた。


「さぁここで少年はどう動く。桂馬で躱すか。それとも飛車で攻めるか」

少年は少し考えた後、日陰のアドバイスを無視し、手持ちの”歩”を置いた。

「っあー。俺の負けだー」

日陰は少年に頭を下げた後、畳の上に手足を投げ出し倒れ込んだ。

「なんだヒロ負けたのか」

先輩が笑った。

「くっそー」

「連敗記録更新中だな」

日陰は近くにあったノートを手に取ると勝敗の分かれ目がどこだったのかを改めて書き出した。

「あの?」

日陰は無理やり連れてきた少年のことを忘れていた。

「ごめんごめん。付き合ってくれてありがとな」

少年は不思議そうな顔をした。

「俺本当に勝ったんですか。王とってませんけど」

「あっ。いや、説明が悪かったな」

「いや実はあの盤面、多少コマの配置に違いはあったものの、俺が少し前の対戦で負けた時の盤面を再現したものだったんだ。ちょうど少年が”歩”を出したタイミング。あそこがちょうど俺が負けたタイミングなんだ」

「そうなんですか。でもあなたが言っていた桂馬や飛車ではダメだったと思いますけど」

日陰は将棋の知識もない少年がどうしてそこまで読めるのだろうか。

「あれ、君もしかして将棋の知識あるの?」

「はい。と言っても小さい頃に祖父と何度か指しただけなのでほとんど忘れていましたけど」

救世主だ。日陰は少年の両掌を掴む。

「しばらく付き合ってくれないか」

「いや、受験勉強があるのでちょっと」

「お願い。お願いーーーーー」

日陰は承諾しないとこの手を離さないぞと言わんばかりに両手を包んだ。

「勉強の息抜きにさ」

「いや、もう半年しかないですし」

「いやだ。いやだお願い」

騒ぐ日陰に高校生は困った顔をした。


「ヒロこんなとこで騒ぐんじゃない」

日陰を制したのは将棋教室に入ってきた眼鏡に和服姿の祖父だ。

「だってーこの子何かいいヒントをくれそうなんだもん」

日陰はどうにかしてスランプから抜け出したかった。そのために新しい何かが欲しかった。

「ここじゃなんだから客室にご案内したらどうだ」

周りを見渡すと将棋を指している他の人たちと目が合った。

「あっ騒いでごめんなさい」

将棋を指しているときにうるさくされるのが日陰は嫌いだったが、今まさに自分がその発生源になっていた。高校生の荷物を手に取ると客室に案内した。


客室に案内すると祖父と少年の分のお茶を注ぎ、腰を下ろした。

「君。えーっと。すまない名乗り忘れていた。私は日陰征治(せいじ)。こいつの祖父で将棋教室の講師をしている」

祖父は一度洸斗を見てから少年に向いた。

「あっすまん。俺洸斗(ひろと)って名前でみんなからヒロって呼ばれてる」

「俺は、そこの西高に通ってる……”よう”といいます」

「ようって太陽の陽?」

「はいそうです」

「そうか陽くん。西校に通ってるのか。あそこの鬼ちゃん厳しいだろぉ」

「ん?鬼ちゃんってあの”角”が好きな?」

「あぁそうだ。ヒロは知らないかもしれんが、あいつあそこで陸上のコーチしてるんだぞ」

「えっそうなんだ〜」

日陰は陽を見るが、ピンと来ていないようだった。

「すいません。部活に入っていないのでちょっと」

「はは、そうかそれもそうだな。すまんすまん。それで陽くん受験生なんだよな」

「はい」

日陰は陽を見つめる。

「まぁそれなら無理にこいつに付き合わなくてもいい」

「えーそこは説得してくれるんじゃないの」

日陰は征治に文句を言う。

「いいかヒロ。お前は受験しなかったからその重みをわかってないんだ。もしお前に試合があるのに、将棋の時間を一部とりあげて、代わりに大学受験のために勉強しろって言われてもやらないだろ」

「ウゲェ。それは無理だな」

「そうだろ。お前はそれをさせようとしてるんだぞ」

「それはごめんなさい。っでも」

”でも俺はそれでも陽ともっと指したい”しかし征治の言うとおり、他人の時間を奪えるわけはなくその言葉を飲み込んだ。

「……あのちょっとだけなら」

どうしたことか。陽は俺より大人なのかもしれない。

「えっほんと」

陽の手を取ると嬉しさで早く指したいと心がはやる。

「いつ?いつからできる?」

「えーっと」

また日程については知らせると言って、陽は家に帰った。


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