EP 4-1 充編
父は深刻そうな表情で充の前に座っていた。
「充残念な話がある」
充は緊張で唾を飲み込む。
「残念ながら俺は家のことは何もできない」
予想外の事に充は笑ってしまった。
「いいか。この家には俺と充の2人しかいない。ということは家事全般も自分たちでやらなければいけないということだ。わかるか」
充は頷いた。
「でも父さん。僕はおばあちゃんのところで料理と掃除は学んだよ」
「そうか。それは偉いな。そんなことまでできるようになっていたのか」
父は充が知らない間に成長していることに驚いていた。
「でもな充。お前ももう少ししたら試験だろ。コンクールも控えているし、全部こなせるか?」
充は自信がなかった。家のことは結局ほとんど家事代行の人にやってもらっていたのだ。そのおかげで充はヴァイオリンに打ち込むことができたし、それだけヴァイオリンに時間をかけているのに思うように結果を残せていなかったのだ。
10月にはヴァイオリンのコンクールが、1月には受験だって控えている。父の質問に良い返事をできる自信がなかった。
「……難しいかも」
父の顔を見ると、父はどこかホッとした表情をしていた。
「どうしたの?」
不思議に思った充は父に聞いてみた。
「いや、やるって言わなくてよかったなって思って。充も自分の意見言えるようになったのか」
「ちょっとそれは子供扱いしすぎじゃない」
「すまないな。あんまり家庭のこと見てこなかったから」
「ごめん」
今度は充が謝る番だった。過去のことで父さんを責めるのは間違いだ。それに父さんはだいぶ反省しているのだ。これ以上充が責めるのは筋違いだ。
「ねぇ父さんこれ本当に必要なの」
父は買い物もあまりしてこなかったらしい。カゴの中がもので溢れていたが、きっと1回しか使わないようなものまで入っている。充と父は買い物の手解きをしてくれる祖母の元へと向かった。
「おばあちゃん」
祖母がカゴを見るなり目を大きく見開いた。
「あんたこんな使わなそうなものまでいれて」
「いやぁ、カレーを作ろうと思ったらこういうのあった方がいいかと思いまして」
「料理は毎日するものです、毎回凝った料理なんて作らないでしょう。それに今はカレールウだって十分美味しくできます。この辺一式はもう少し料理を作れるようになってから集めてください」
しかし祖母は笑顔だった。ここ数週間でだいぶ違う景色を見ている。兄がいる時にこんな生活を送れていたらどんなに楽しかっただろうか。
コンクールは父は休みを取ってみに来てくれた。
「12番一ノ瀬充さん」
充はやはり舞台に上がると少し緊張してしまう。けれどこの緊張は充の全神経を鋭くさせてくれる。
いつもより音に敏感になるのだ。伴奏は相変わらず、胡散臭いあの人が弾いてくれていた。
ふぅ息を吐くとピアノに合わせて、音を奏でた。
コンクールの結果発表は下の順位から発表された。
5、4、3と自分ではない名前が呼ばれると、ホッとしてそして緊張した。
「準優勝12番一ノ瀬充さん」
充は肩を落とした。優勝を逃してしまった。
「おいすごいじゃないか充」
父は充よりも喜んでくれたが、相当練習して準優勝か。優勝した子は、他のコンクールでも優勝している子だった。
「充帰りに何食べたい」
父は充に聞いたが、正直喜びよりも悔しさの方が上で食欲よりも、練習をしたかった。
「なんだ充。もっと喜ばないのか」
「だって、準優勝だよ」
父の足が止まった。
「充よく思い出してごらん。充は小学生の頃は一度も入賞できなかったし、中学に上がってから一度は辞めていて、それなのにもう準優勝を取れるまでになったんだぞ。凄いじゃないか。父さんは音楽は全然だからな。優も音楽は苦手だったな」
「えっ兄さん苦手なことあったの?」
「はは何を言ってるんだ。優にも苦手なことあったに決まってるだろう」
「そんなの知らなかった」
「そうか。それじゃあ充には知られたくなかったのかもな。かっこいい兄を演じていたかったのかもな」
父の言葉に兄の人間らしい一面を見た気がした。
「兄さんって後は何が苦手だったの」
充は父と兄の話で盛り上がった。
僕たちは兄の死をきっかけに、それまで目を逸らしてきたことに、手をつけるようになった。
父は以前よりもだいぶ家に帰ってくることが増えた。充も指に気をつけながら料理をした。
時には失敗をして、焦げた料理を処分しながら、それでも父と一緒に試行錯誤しながら成長して行った。
兄の1周忌の時、初めて兄の友人に出会った。
名前を日陰洸斗さんという。
その人は充の知らない兄をたくさん知っていた。兄に意外と子供みたいな一面があったこと。将棋が好きだったこと。彼は兄のことをたくさん知っていた。だから充も小さい時に兄に優しくしてもらったことを話した。
そして今度兄の高校時代の友人を紹介してくれるという。
充は自分の大好きな兄がどんな高校生活を送っていたのか。その話を聞くのが楽しみでならなかった。




