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消失点のその先に  作者: 白雪 凛


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EP 4-1 日陰編

「朝か……」

寝ぼけ眼でカーテンを開け外を見ると雲に覆われどんよりと暗かった。まるで日陰の心情を表しているようだ。


本日から竜王戦の第1局が始まる。

「やっとここまで来たんだ」

暗くなる気持ちをなんとか掬いあげようと試みる。

「おはよう優」

優が作ってくれた必勝ノートの表紙を撫でながらルーティーンとなった挨拶をする。



目を閉じればまだあの時の光景が鮮明に思い出せる。しかし日陰は優のためにも竜王戦に勝たなければならない。

早いものであれから、8年かかって今この場所にいる。

将棋を辞めようとも何度も考えた。

どうしたって将棋を指せば優を思い出してしまうから。

それでも気づくと将棋のことを考えてしまう自分がいて、続ける以外の選択肢がなかった。



8月31日の夏休み。事故の直前信号待ちをしていた日陰と優は将来について語っていた。

「なー洸斗。オレ高校卒業したら家を出るよ。そしたら一緒に暮らさない?」

「ウチに住むのか?」

「いいや場所はもっと自然が多いところがいいなー。海とか森が近いところ」

「なんだそれサイコーじゃん」

「だろ」

「でもじーさんとばーさんがな……。あんまり離れちゃうと何かあった時すぐ駆けつけてやれないからな」

「それもそうか……」

少し残念そうな優。しかし表情はだいぶ明るくなっていた。

「なぁ陽。お前今幸せか」

まだ本名を知らなかった日陰はそう名前を呼んだ。

「んっあぁ……」

「なんだ。その歯切れの悪さ」

「いや、俺1個だけ洸斗に嘘ついてた」

「んだよ。今更細かいことで怒らなねぇって」

「ん」

信号が青に変わり表情が見えなくなる。日陰の方を見た優と目が合ったその刹那。目の前にいた優が急に消えた。

そして俺自身も激しい衝撃に襲われた。

きゃー。誰か。

そんな悲鳴が遠くに聞こえ、日陰はどこにいるかもわからない、優へと手を伸ばした。



事故のこと、そして優のことを思い出すとどうしようもない衝動に駆られていた日陰がどうして立ち直る事ができたのかと言えば、それはいくつもの偶然の重なりだった。


すっかり寒くなった季節にふと祖父に漏らしていた。

「なぁじいちゃん。優のお墓ってどこにあるんだ」

祖父はまた暴れるんじゃないかと心配していた様子だったが、すぐにどこかへ行くと1冊のノートを持っていた。

「これを」

「これ何?」

見たことのないノートを開いてパラパラとめくった。よく見知った綺麗で丁寧な字で埋まっていた。

「これ……」

「あぁ優くんのお父さんと弟さんが、ぜひ見せてあげて欲しいって置いて行ってくれたんだ」

「うちに来ていたの?」

「あぁ、今度挨拶に行こう。お前が元気になった姿を見たらきっと喜んでくれると思うぞ」

日陰は病院で会った、優の父のことを思い出した。

あれから何度も病院にお世話になった日陰を、どこかで見ていたのかも知れない。そうだったら少し恥ずかしいところを見せてしまったかも知れない。


ノートは今年の4月1日から始まっていた。

まだ日陰と出会う前の優の興味のあることや悩みなどが綴られていた。優は母親からの嫌がらせがエスカレートしており、早く家を出たいと、早く大人になって親元を離れたいと書いてあった。一体彼の母はどうしてそんな暴挙に出たのだろうか。日陰は信じられない気持ちでページをめくった。

そして優が日陰と出会うより前に日陰のことを知っていたことを知った。


”僕は凄い発見をした。あの憧れの日陰洸斗さんの祖父の将棋教室が家の近くにあったのだ。

なんということだろうか。小学生の頃に憧れていたヒーローがこんな近くに住んでいたなんて、中を覗かせてもらったことがあるが、洸斗さんは普段は教室の方にはあまり顔を出していない様子だった。

最近連敗が続いているので、落ち込んでいるのだろうか。早く彼が復活するのを見たい”


そう書かれていた。

「知っていたのか」

全然そんなそぶりは1ミリもなかったのだが。

「ちょっと待って、俺だいぶ素を見せていたけど幻滅しなかったのか優は」

ノートを読み進めていくと、日陰が優を将棋教室に導いたその日のことが書かれていた。


”今日日陰洸斗さんに声を掛けられた。正直変な声が出そうになったが、頑張って平静を保った。

洸斗さんだいぶ将棋で苦戦しているようだ。それは彼がやはり素直な正確だからだろうか。週に2回も会えることが確定した。将棋を学び直さないと。


「おいおいおい、将棋学び直していたのかよ」

日陰は嫉妬でどうにかなりそうだったのに、優は勉強を差し置いて将棋を学んでいたのか。そんな姿がすぐに想像できてしまうのが良くない。

いや、しかも夏休み毎日来ていたし、優って一体どうなってるんだ。


”夏休み毎日顔を出すって言ってみたら案外通った。断られる前提で提案したのに、洸斗さんはやはり将棋に貪欲な人だ。

受験の勉強は学校にいる間に終わらせて、それ以外の時間を将棋に割く予定だ。

こんなに楽しい日々を過ごせるなんて思っていなかった。


日陰は読んでいて顔が熱くなった。

こんなのただのファンじゃないか。


”洸斗さんの態度が少しおかしかった。何かしてしまっただろうか。

そう言えば学校でも野枝に言葉遣いは注意した方がいいぞと言われた。

傷つけるようなこと言ってしまったのだろうか。しかしだからこそもっと洸斗さんが勝利を掴むための研究をしなければ、挽回するためには何か成果を出さなければ。それにしても知識を蓄えていてよかった。こういう時に心理学の知識が役に立つとは思わなかった。


「いやぁ本当に恥ずかしい。優の方がよっぽど大人じゃん」

そして次のページが最後のページとなった。


”8月30日。とうとう明日は洸斗さんとのお出かけの日だ。ずっと隠していた事を話そうと思う。そして高校卒業後の話とかできたらいいな。


そのノートは日陰に、意外な真実とそして、新たな目標を与えた。

優がいなくなってしまった今、日陰はこうして嘆いている訳にはいかなくなった。

もう一度優のためにも、立ち上がらなければいけないのだ。

そうして数年の時を経て、日陰は竜王戦に挑む資格を得たのだ。



「優負けちゃったよ」

対局は最後までどちらが勝つのかわからない状況までもつれ込んだ、しかしちょっとした判断ミスが勝敗を期した。

でも今は負けることに対する焦りは減った。負けたら次勝つための方法を模索するだけだ。

日陰は優にたくさんのことを教えてもらった。

優に何かを返せていたとは思わないが、優のおかげでまたこうして将棋を始めて、小さい頃から目指していた竜王戦に挑むところまで来たのだ。

「優ありがとう」

ノートに手を置き呟いた。



日陰はこれからも将棋を指し続けるだろう。

君が好きだった将棋を。

僕が好きだった将棋を。

終わりのない戦いに心を砕かれることもあるだろう。

だけどそれでも道を見失わずに進み続けよう。

「よろしくお願いします」

そして日陰はまた新たな勝負に挑むのだ。

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