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消失点のその先に  作者: 白雪 凛


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EP 3-1 充編

「充今から迎えに行くから、出かける準備をして待っていてくれ」

いつもより低くどこか慌てた様子の父の声に、充はただならぬ気配を感じた。

「うんわかった」

そう返事をするとすぐに電話は切られた。



9月を目前にして、17時の空はまだ太陽が主役だった。

カーテンの隙間から父の到着を待つ充は、10月に控えているヴァイオリンのコンクールのことで頭がいっぱいだった。

今年こそは、中学最後のコンクールこそ優勝を取りたいと、夏休みは欠かさずヴァイオリンに触れた。音楽科の高校に進むためには実績が欲しかった。3年生に上がってから入賞はできるようになったものの、どれも充を満足させる結果とはならなかった。

音楽科に進みたいと思っているものの、充にはまだ自信がなかった。誰かの心を動かせるようなヴァイオリニストとなれるのだろうか。

そんなことを考えていると、父の車が家の前に停まった。

家に鍵をかけると充は父の運転する車の後部座席に乗り込んだ。

「すまないな」

父が疲弊した様子で告げた。

「それはいいけど……。この時間に出かけるなんて何かあったの?」

「っあ……あぁ」

父は物事をはっきりいうタイプなのにどうしたというのか、充が疑問に思っていると、父はその重苦しい空気のまま小さくしかし、ハッキリと告げた。

「優が事故に巻き込まれて病院にいるらしい」

「はっ……。えっ待って病院に向かってるってことはよくない状況なの?」

突然のことに充は頭がうまく働かない。

「病院に行かないとわからない」

「ねぇ母さんは?玲ちゃんには連絡した?」

「あぁ留守電は残した」

「そう」

母は今日も充が起きる前にいなくなっていた。どうしてこうもうちの家族は忙しいのが好きなんだろうか。

その後徐々に夜に変わりゆく景色を見つめながら、充と父は兄が運ばれた病院へとやってきた。



「あのすいません。事故で運び込まれた一ノ瀬優の家族です」

父が病院の受付でそう告げると、充達は兄の元に案内された。

「……お、お父さん」

顔や体は布で覆われていた。充は腰が抜けた。

この状況をどう見たって兄は亡くなったということだ。

医師が本人確認のために顔の布を外した。父がその兄の顔を覗き込むのを見上げていた。

「ま……間違いありません」

泣いているのか父は鼻声だった。

「優……。あぁどうしてこんなことが……」

父は兄の顔に手を伸ばし、繰り返しつぶやいた。

「優、ゆう……」

充もなんとか立ち上がると兄の顔をのぞいた。兄は眠っているように見えた。

「どうしてお兄ちゃん……」

充はただどうしていいのかわからなかった。急に亡った兄。高校に上がってからは距離を取られていたが、優しくて頭が良くて自慢の兄。その兄がどうして充の目の前で息をせずに眠っているのだろうか。

充は病院の椅子に座るともう力が入らなかった。

父が病院の人と話しているのを遠くに感じながら、充は目の前のことが現実のように思えなかった。

SNSで事故のニュースなどを見ても、他人事のように感じていたが、いざ自分の家族が巻き込まれるとそのニュースでは語られることのない、圧倒的な喪失感と非現実感。

どうして兄は事故に巻き込まれなければならなかったのだろうか。1分1秒でもタイミングが違えば生きていたのだろうか。

兄が何をしたって言うんだ。なんで。

何度も何度も考えるが、答えが見つからない。

「死因は出血死とのことだ。首から下は損傷が激しいって」

父はそんなことを言っているが、そんなことはどうでもいい。

「お兄ちゃんを返してよ……」

父は黙って充の背中をさするが、鼻を啜る父もきっと泣いているのだ。こんな急な別れなんてあっていいはずないのだ。



その日の夜遅くに自宅へ戻ると。リビングの明かりが点いていた。

「玲ちゃん?」

充が声をかけると、母はソファの上で仕事着のまま寝ていた。

「はぁ……。またか」

父は母が病院へ来なかった上に酔っ払っているのを見て相当呆れた様子だった。

「充はお風呂入って寝なさい。明日からバタバタするから」

「はい」

充は父に言われた通り、シャワーを浴びて横になった。

しかし眠れるわけがなかった。明日から学校だと言うのに、もうどうでもよかった。

0時を過ぎても眠れず、兄の部屋のベッドに潜り込むことにした。

もしかしたら兄が帰ってくるかもしれないから。

兄の部屋を開けると、ほんのりラベンダーの香りがした。兄の部屋は充の部屋とは違ってあまり物は多くないが、本だけは棚にぎっしりと詰まっていた。

しかし順番などは気にしていないのだろうか。文庫本やハードカバーのものが隣に並んでいたりジャンルもバラバラだった。

兄はどうしてこんなに勉強が、学ぶことが好きだったのだろうか。勉強があまり好きではない充にはよくわからなかった。



翌朝祖父母が駆けつけた。

「ねぇどう言うことなの」

祖母は着いて早々落ち着きのない様子で父に詰め寄った。

「落ち着きなさい」

祖父が嗜めているが、じっとしていられないようでソファの周りをぐるぐるしていた。

「だって、優くんが亡くなったんですよ。落ち着いてなんかいられません」

「それでどうして亡くなったって」

祖父が父に改めて確認した。

「事故です。事故を起こした方はブレーキとアクセルを踏み間違えたと言っているようですが、まだ調査中とのことです」

「どうしてそんなことに……」

「優は顔はあまり傷が目立たないようですが、身体の方はだいぶ酷いみたいです」

淡々と告げる父に、充は兄の話をしているかのように感じなかった。

「来る途中にニュースを見たが、もう1人巻き込まれたんだってな」

「そのようです」

「どうして優くんは由比ヶ浜になんて言ったんです?」

祖母が聞いたが、父もそして充もその答えを知らなかった。

「すいません。あんまりそう言う話をしないので」

「お前は、全く変わっとらんな」

「あなたが言うんじゃありません」

祖父は祖母に非難され静かに頭を下げた。


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