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消失点のその先に  作者: 白雪 凛


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EP 3-3 日陰編

「俺の勝ち」

「少しは成長したのかな」

「当たり前だろ。俺だっていつまでも休んでるわけにはいかないんだからな」

「ほんとだよ。早く実際の対局で勝ち上がるところが見たいよ」

そう言った彼の言葉を日陰は知っている。

「ヒロちょっと顔出せるかー」

祖父の声で、日陰は寝ていたのかと自分の部屋の景色を見て実感した。

「誰だったんだ」

すでに声も思い出せない人物に日陰は、もう一度寝たら思い出せるだろうかと、微睡の世界へ戻ろうとした。

しかしその試みは、祖父の声で叶いそうになかった。

「ヒロ師匠が顔を見にきたぞ」

「わかった。顔洗ったら行くよ」

日陰は急いで顔を洗うと少しこけた頬に苦笑した。



師匠に軽く挨拶をすると、その日は将棋教室にいるいつもの人達と対局することにした。

「記憶ないんだって?」

木村さんは盤を見つめながら言った。

「……そうみたいです」

「その割には指し方は変わってないみたいだけどな」

どこか嬉しそうな木村さんの様子に日陰は質問した。

「いつから変わってないですか?」

日陰はノートを読んだので自分の弱点を避けつつ対局しているのだ。記憶のない期間に木村さんとも対戦していたということだろうか。

「あーまぁ夏からってところかな」

「あのその間俺は何をしていたのですか。夢に誰かがいるんです。顔はよく見えないんですけど」

「そうだな。その辺は口止めされてるから言えないんだが、お前は楽しそうだったよとだけ伝えておくよ」

「……そうですか」



他にも数人と対局をしたのだが、誰も教えてはくれなかった。

本当に慶なのだろうか。彼に負けた後会わないように避けていたはずだ。

春から夏の間にそれが、変化したのだろうか。彼に直接聞いてみないことにはわからないが、きっと今は忙しい時期のはずだ。わざわざ日陰に会いに来ないだろう。そう思っていたのに。

そう慶は退院したのを聞いてやってきたのだ。



「こんにちはー」

昼過ぎによく知った声が聞こえてきた。

「おっいたいた。元気そうじゃん」

日陰の好きなエクレアを持って。

「なんとか。まぁ食欲はまだ戻ってないけど」

「まぁ少しずつ食べれるようになればいいんじゃね」

「ってかお前なんか優しくない?」

慶との会話ってこんなにスムーズだっただろうか。

「違うよ。お前が一方的に俺を避けてただけだろ」

「うーんそうだっけ。そうだった気もするけど。まぁいいか。覚えてないし」



「そうだ慶、俺の癖知ってる?」

ノートを書いたのが慶だとするならば、すぐに答えられるはずだ。

「えっ。まぁいくつかあるけど、焦ると瞬きが増えたり、目で駒を追うから次に何をしたいのかがわかりやすいところとか」

ノートに書いてあることの一部である。

「そんなにわかりやすい?」

「あぁ、それに困った時は大体駒運びが一緒だ」

「あっ」

狙っていた場所を塞がれてしまった。

「まぁそれでも多少改善したと思うけどな」

その後日陰は立て直すことができず、負けてしまった。



「なぁ慶は俺が事故にあった場所知ってる」

祖父がいないのを確認してから、聞いてみた。

「ん?あぁもちろん。ニュースにもなったしな」

「そうなんだ」

「……本当に覚えてないのか」

珍獣を見るかのような瞳でこちらをみる。

「あぁ春から夏にかけての記憶が少し曖昧なんだ」

「春……。そんなに前から。最後の公式戦はいつか覚えてるんだろ?」

「……6月18日佐々木六段に負けた」

「あぁ。まぁそれは間違ってないな。でもそれは覚えてるんだ?」

「いや覚えてるわけじゃない。動画見たから知ってるだけ」

「なんだ。そういうことか」

慶は少し残念そうだ。

「じゃあ事故の日何をしていたか覚えてるか」

「えーっと……なんだろう。8月31日なんてなんかあったっけ?暑い日に外に出るとか考えられないんだけど」

言われてみればどこへ行こうとしていたのだろうか。近所のコンビニか。

「まぁ無理して思い出さなくていいんじゃないか。事故にあった時の記憶なんていいものでもないだろうし」

「あぁそうだな。そう言えばノートありがとう」

「ノート?なんの?」

「これ」

そう言って近くに置いていたノートを取り出す。

「やっぱり慶……じゃないか。そもそも字違うもんな」

「それ一瞬借りていいか」

慶にノートを渡す。パラパラとページをめくると、静かにノートを閉じた。

「お前はこれどう思ってる」

「どうって、凄い分析されてるよね。こんな癖あったんだなぁって感じ」

「そう」

「じいちゃんが録画してたやつ見たんだけど、確かにやっててさー。わかりやすって思った。このノートお前が書いたってじいちゃんが言ってたんだけど、やっぱり違うだろ」

「ほぉ〜その根拠は」

「まず字が綺麗すぎる。ガサツなお前がこんな綺麗な字を書くとは思えない。次にお前は俺には興味がない。そしてアドバイスを見るとお前の指す将棋とはアプローチが違いすぎる」

「なんだよ。せっかく俺が書いたって言っておけば、お前がもっと俺に興味持ってくれると思ったのにな〜残念。でも2つ目は間違いだな。俺はお前については誰よりも詳しい自信がある」

「はっ?」

「というか。同年代でお前を研究してないやつはいないんじゃないのか。打倒日陰って思ってたやつは多いと思うけど」

「そんな急にフォロー入れなくても。俺が上ばかり気にしすぎて、自分と同じくらいの人たちに勝ててないのは分かってるんだ」

「まぁ洸斗ほどわかりやすい人もいないもんな。むしろよくここまで上がってこれたよなー」

「いやそれは言い過ぎだろ。これだけ将棋と向き合って来たんだから勝てないと立場が」

将棋以外のことを疎かにして来たので、学校に友達はいないし、勉強もそんなにできないのだ。同年代でここまで将棋以外に時間を使った人はいないと自負していて、そしてそれが強さだと思っていた。負けが積み重なるまでは。

「いつまでも過去の栄光に縛られてちゃいけないよな。もっと客観的なアプローチや師匠も大事にしないと」

「あぁだからまた一緒に研鑽しようぜ」

慶は手を出してきた。

「えっなに?」

「いや握手以外に何かあるのか。俺はお前の今後が楽しみだから仲直りの握手をだなー」

「あ……あぁ俺こそ避けてて悪かった」

慶の手を握る。

「それでこのノート書いた人知ってるんだろ」

慶を見上げる。嘘つくのは下手なようだ。

「お願い。教えて。俺どうしてもこれを書いた人と話したいんだ」

「いや……。それが俺も名前は知らないんだ。一回会ったことがあるだけで」

「分かった。知ってることだけでいいから教えて」

なんとしてもこの人物にあって確認したいことがある。

「えーっと近くの高校の生徒で、恐らく将棋の知識も相当あったと思う。見た目は真面目そうだったけど、お前が見せてくれなかったんだよな。もちろんお前よりは身長大きかったぜ」

「最後のは余計だろ。それにしてもまさかの年下か」

字の綺麗さや、知識の豊富さから父とか祖父くらいの年齢だと思ったのだが。

「俺から聞いたっていうなよ」


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