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消失点のその先に  作者: 白雪 凛


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EP 3-2 日陰編

体力を回復するために、日陰は街を散歩した。しかしここでもまた、記憶と景色の相違を感じてしまう。

「あそこって、パン屋だったっけ」

「パンが食べたいの。寄って行こうか」

「いや、なんか街の配置が違うみたい」

「そうなの?私達も久しぶりに戻ってきたから知らない建物がいっぱいで驚いたわ」

母はその後、あの建物はもともと畳屋さんだったとか、誰々さんの家はとか歩きながら教えてくれたが、日陰は適当に相槌を打ちながら、一体いつの記憶から抜け落ちているのだろうかと考えるようになってしまった。



目覚めてからまだ数日だが、少し動くだけで疲れるし、ずっと頭痛が続いていた。

どうしてこんなに体が重いのか。まるで全身に鎧でも着けているかのようだ。

「ヒロ、何食べる」

食べたいものを聞かれても、正直まだ固形物を食べる食欲がなかった。

「ゼリーで」

「ゼリーね。わかったわ。買ってくるから少しでも口に何か入れてちょうだいね」

本当は少しでいいから、食事を摂って欲しいのだろうとわかるが、今胃に入れても戻してしまいそうなのだ。

「将棋の動画でもみるか」

祖父は録画している番組を眺めながら、どれが良いかなぁと悩んでいた。

「洸斗、無理しなくて良いからな」

父がこちらを見ていた。日陰は頷いた。



「ちょっとトイレ行ってくる」

用を足したついでに2階へ続く階段へと足をかける。昔ながらの家なので一段一段がとても高く、2階についた時には足が少し震えていたが、その足でなんとか自室の扉を開ける。

見慣れたその部屋は、日陰に懐かしさを運んでくる。以前より少しだけものが増えたようだったが、ベッドも将棋盤も壁に飾られたポスターも変わっていなかった。知らない間に進んでしまっていた数ヶ月間が、変わってしまった周囲の環境が、日陰を孤独にしていたが、その孤独が和らぐのを感じた。

「良かった」

「ヒローまだトイレなのかー?」

なかなか帰ってこない日陰を心配して祖父が声をかけていた。

「ごめん上にいる」

祖父に告げる。階下に戻ろうとした時に、机の上に見慣れないものを見つけた。

手に取るとそこには丁寧な文字で"必勝ノート"と書かれていた。

誰が書いたものだろうか。

その綺麗な字に心当たりがなかったが、どこか懐かしさを感じた。

「誰が書いたのだろう?」

パラパラとめくっていく。苦手な時にやる癖や、駒運びなどが、パーセンテージでまとめられていた。

ノートを持って居間に向かう。

「ねぇじいちゃん」

ノートを見て祖父の顔色が変わった。

「そ……それ」

「ねぇこれ誰がまとめたの。もしかして慶」

幼馴染……いやライバルの名前を告げる。

「う……。あぁ……そうだ。そうだ慶くん凄いんだぞ」

そう言って祖父は録画していた映像を流した。

慶との最後の記憶は日陰の敗北で終わっている。



どこで差がついてしまったのか。

ノートをパラパラめくる。癖か。そんなにわかりやすいだろうか。

「じいちゃん」

慶のでている映像を眺める祖父に声をかける。

「俺の写ってる動画ってある?」

祖父は祖母と顔を見合わせる。

「あぁあるぞ。どこだっけ」

もしかしたら俺はあまり自分の動画なんて見てこなかったかもしれない。このノートに書かれていることが本当なんだとしたら、癖を直せればもう少し勝ち進めるかもしれない。



しかしどうして慶がこんなことをノートにまとめる必要があるのだろう。

ライバルなのに。いや、ライバルだからこそ日陰を研究し尽くして、勝利を収めたのか。しかし、ただのライバル1人にこんな研究するほど時間を割くか。自分だったらもっと上の人たちの手筋を研究したり、新しい攻め方がないか考えるけどな。

そしてあいつこんなに字綺麗だったか。

綺麗にまとめられたノート。しかし後ろにはメモとして、使用していた形跡もあった。

ノートには日付が記載されており、最後のページは8月30日と記載されていた。

ただ、次の課題はと記載されているので、完成しているノートではなさそうだ。



母が買ってきたゼリーを飲むと、日陰は頑張って自室に戻り、ノートを読み返した。

”得意なのは攻め。守備は弱め。表情や仕草に考えていることが出やすい。なおとても短気”

「おい最後の絶対悪口じゃねーか」

”生活習慣×。食事×。睡眠時間×。運動×。生活習慣を見直すように言ったが、改善の余地なし。しかし見識を改めた。深夜に能力を発揮するタイプのようだ。無理にライフスタイルを変える必要はなし”

「まさかの生活習慣まで知られてるのかよ」

”アプリでの勝率10%UP。しかし表情の見えない相手との対局はつまらないらしい。データ収集のためと伝えたので回数をこなす必要はあるが、映像で分析できるようにするべきか。それとも特殊な盤を作ってデータを収集するか。”

「アプリ?機械か何かのことか?」

”指し方に癖があったので、誰を参考にしているのかを聞いてみた。祖父のようだ。師匠は渡辺さん。指し方が祖父を思い起こさせるのだろうか。師匠も攻めの方が得意のようだ。もう少し守る事を覚えた方が強くなる”

「おいおい慶に祖父のこと言ったのか。いや、小さい時に言ってたかもな。それにしても恥ずかしい」



「おーいヒロ映像見るなら、準備できたぞー」

祖父はまだ映像を探していたらしい。日陰はノートを手に取ると、立ち上がってゆっくりと階段を降りた。

早送りしながら数回分の記録を見返した。

「このノート結構あってるかもな」

今まで意識していなかった部分が勝敗を分けていたのかもしれない。日陰はその日の夜。

ノートを最後まで読み切った。だいぶ遅めの時間になってしまったが、特に朝から用事があるわけでもないし気にしないで明け方に眠りについた。

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