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消失点のその先に  作者: 白雪 凛


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EP 3-1 日陰編

「ねぇ……」

目を開いたはずだが、ぼやぼやしている上に見える範囲が少ない。

起きあがろうと腹筋に力を入れるも、どうしたことか起き上がることができない。一度横を向いてからなら起きれるだろうかと試してみるも、うまくいかなかった。

「……なんだ」

ピッピっと無機質な機械音が右側から聞こえてきた。視線を少し下げると酸素マスクが付けられている。

「なんで病院に」

1番最後の記憶はなんだっただろうか、思い出そうとするも頭痛がひどくて思考の邪魔をする。

ガララ。

扉が閉会する音が聞こえる。服が擦れる音がこちらに近づいてくる。

「洸斗ぉぉぉ」

その響きとガシャーンと何かが割れる音が室内に響き渡った。

「ひ、洸斗、わしが誰かわかるか」

祖父のシワクチャな顔が視界の端に映る。

「じいちゃ…」

声は思ったよりも小さくなってしまったが、祖父にはしっかりと聞こえていたようで、「よかった。よかった」と嬉しそうに呟いた。



その後病室で医師から簡単な質問を受けた。

名前や年齢などは問題なく答えることができた。

医師に「どうして病院にいるんですか」と尋ねた。

「事故に巻き込まれたんですよ」

「事故?」

全くと言っていいほどその記憶はなかった。

「それはどのくらい前なんですか」

「2週間前です」

日陰は2週間も寝たきりだったと言うことだろうか。そう言われ日付を見せられたものの、日付を見ても2週間も過ぎていると言う感覚がわからなかった。

医師から質問されたことで他に答えられないことがあった。と言うよりは、その質問が日陰となんの関係があるのかを理解できなかった。

「一ノ瀬さんを知っていますか」

その質問をされてから、日陰は一ノ瀬という人物が誰なのか、小さい頃からの記憶を振り返ってみたが小学校も、中学校も、高校も仲の良かった人物にそんな名前の人はいなかった。



「ねぇじいちゃん一ノ瀬って誰?」

祖父はそれを無理に思い出させたくはないのか、目尻がものすごく下がり悲しい表情をした。

しかし誰だかわからないと、より知りたくなるものだ。お見舞いに来てくれた将棋の仲間たちにも同じように質問した。ただ誰もその問いに答えをくれるものはいなかった。祖父が口止めでもしたのだろうか。

いくつかの検査を終えると退院できることになった。

「記憶については、思い出すかもしれませんし、このまま思い出さないこともありえます」

医師がそう言ったのを聞いたが、日陰は何の記憶を失っているのかがわからなかった。

身体の傷も治りきってはいなかったので、当分の間安静にしているように告げられた。



「ヒロ」

誰かがそう呼ぶ声が聞こえた。しかしあたりは暗闇でどこから声がするのかわからない。

「誰。どこにいるの」

声をかけるも、返事はなく。声が聞こえた方に進んでみたものの、今度は逆方向から聞こえて来た。

「待って… …。置いていかないで……。ひとりにしないで」

反芻する声は、もうどこから聞こえるものなのかわからなかった。



「ろ…洸斗」

目を覚ますと心配そうな表情をした祖父と祖母の姿があった。

「あれ…」

どうしたんだっけ。

「無理しなくていいわ。わしらは洸斗が目を覚ましてくれただけで嬉しいんだ」

祖父の隣で頷く祖母。どうやら迎えに来た父の車で寝てしまい、なかなか目を覚さないのを心配したようだ。父の肩を借りなんとか家までの道を歩く。

「そうだ洸斗、欲しいものあるか。将棋はさすがにまだ早いか」

居間腰を下ろした日陰だが、まだ体力が戻っていないこともあり近くの戸棚に寄っかかった。

「今って……」

「あぁ洸斗は眠っていたものね。今は9月20日よ」

「あれそうだっけ?」

そういえば病院でもカレンダーを見せてもらった気がするが、まだ混乱しているのだろうか。まだ春じゃなかっただろうかと首を傾げる。

「携帯見せて」

祖父母が目を合わせる。

「それがな洸斗。お前が事故にあった時壊れてしまったようで、これ新しいのだ」

そう言って新品の携帯電話を渡された。

「これデータないよな……」

誰か連絡を取っていた人はいなかっただろうか。将棋の試合は。

「秋ってことは、今年の大会は」

「身体が元気になったらまた将棋を指そう。師匠や慶くん、将棋教室のみんなだってお前のこと心配してるぞ」

「……そう」

日陰はここが夢なのではないかと思うくらい、現実味がなかった。

「どうして父さんと母さんがいるの?」

2人は海外で仕事をしていたのではないだろうか。

「そんなの。洸斗が事故にあったって聞いて飛んできたに決まってるだろう」

「そうよ。全然意識目覚めなくて本当に心配したんだから」

父と母は見たことがないくらい弱々しく感じた。

「……ごめん」

両親にはあまり心配をかけないようにしてきたつもりだったのだが、日陰のせいでこっちに戻ってきてしまうなんて申し訳なかった。

「事情を話して日本の本社に戻してもらったから大丈夫さ。それよりもう少しお前との時間を大切にするべきだったな。まさか事故に遭うなんて想像もしてなかった」

「いや、俺も想像してなかった。ほとんど家から出ないし」

さて日陰はここで1つ疑問が浮かんだ。

「俺ってどこで事故に巻き込まれたの?」

「えーっと」

両親が顔を見合わせる。

「ごめんなさいね。事故のことあまり無理に思い出させないようにとお医者さんに言われているの」

母は目を伏せた。

「忘れたほうがいい事もあるからな。まぁじいちゃんくらいの歳になると、覚えていたくてもすぐ忘れてしまうんだがな」

祖父が笑わせようとそんな冗談を言った。

「あなたったら全く」

なんとものんびりとした時間だった。

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