EP 3-3 黒岩編
その日の学校終わりに、野枝と一緒に日陰の家へとやってきた。
「すいませーん」
野枝は躊躇なく将棋教室の建物へと入っていった。
「あらあらどちら様?見学かしら」
60代くらいの優しそうな女性が姿を現した。
「あの洸斗さんいらっしゃいますか」
「ちょっと」
野枝が洸斗の名前を言うので袖を引っ張る。
「本人に合わないと意味ないだろ」
小声で野枝が返事する。
女性は困ったみたいだった。
「ヒロくんの知り合いよね?今体調悪いのよね。どうしましょう」
「あ、じゃあこれだけ洸斗くんに渡してもらえませんか」
野枝は名前の書かれた本を女性に手渡した。
「それじゃ失礼しました」
野枝は用件だけ済ませると颯爽と踵を返した。
「ちょっ。あっすいません。お邪魔しました」
黒岩は戸惑っている女性に頭を下げ、野枝の後を追う。
「野枝くん何しにきたんだよ」
ちょうど敷地から出ようとした時、外から入ってくる2つの影があった。
黒岩は洸斗の祖父ともう1人の人物に挨拶をした。
「こんばんは」
「あっこの前の少年」
洸斗の祖父も覚えてくれていたようで、また頭を下げられた。しかしその隣で野枝が声を上げた。
「げっ鬼ちゃん」
「野枝久しぶりじゃないか。どうして陸上辞めたのかな」
鬼ちゃんと呼ばれる人物の前で野枝はだいぶ小さくなっていた。
「知り合いなの?」
野枝に聞く。
「陸上のコーチだよ。俺と桐生は中学の頃から面倒見てもらってたんだ」
「あっだから野枝くんも走るの早かったのか」
桐生は高校でも陸上を続けていたが、野枝は高校に上がる前に辞めてしまったようでそれを問い詰められていた。
「だってー」
「こらこら鬼瓦さん、子供っぽいぞ。それで今日は何か用があって尋ねてくれたのかい」
洸斗の祖父は黒岩と野枝を交互に見た。
「あ、あの……。この前病院でお会いした時に、洸斗さん友人を亡くしたとおっしゃっていたと思うんですが、その友人って一ノ瀬優ですか」
洸斗の祖父の表情が曇る。
「もしかして君たち西校の生徒なのか」
「はい、友達です」
「すまないね。こんなものしか出せなくて」
日陰の家の中に案内された。
「あっいえお構いなく」
黒岩はお礼を言うと、気になっていたことを尋ねた。
「あの一ノ瀬くんはここに通っていたんですか」
「あーいや違う違う。7月になってからだったか、その前だったか。洸斗が無理やり誘ったんだ」
そう言って洸斗の祖父は、一ノ瀬が週に2回ほど洸斗と将棋の研究をし、夏休み中はほぼ毎日きていたと告げた。
「えっ毎日ですか?」
「あぁまぁくるのは夕方だったけどな」
黒岩と野枝は目を見合わせた。
夏休み期間中も学校は解放されており、一ノ瀬を度々見かけていたが、その後にここにきていたとは、受験生だと言うのになんという余裕。いや、一ノ瀬のことだから、きっと楽しんだのだろうな。
その後一ノ瀬と洸斗のことを話して、野枝と黒岩は帰路についた。
カリキュラムはしっかりしていた。
まず、タブレットで試験を受け、苦手な箇所を割り出す。
その後、AIが苦手な箇所の洗い出しと対策問題を策定、着実にステップアップしていくという流れだ。
また、志望校を入力することによって過去問の傾向対策までしてくれるという。
一体このシステムは誰が作ったんだろうか。数年経ったらより高性能になっているのかもしれないな。そう思うと時代の流れというものがとても速いペースで動いているということを実感する。
黒岩はまだ生きる意味については、見つけられていないものの、目の前の大学受験にだけ集中することを選んだ。理工学部を専攻することにした。物理が好きという単純な理由だが。
目標が決まると1日1日の時の流れが早く感じた。
10月中はとりあえず基礎を徹底的に復習することにした。時間がないと焦るところかもしれないが、この基礎の部分の認識が間違っていると、結局点数が伸びないのだ。とはいえ時間が限られているので、理解しているところは飛ばして、分かっていなかった部分をさらった。
黒岩は1年の終わりに行われた進級テストで痛い目を見ていた。
全教科の試験が終わって、翌日の昼には結果が出る仕組みになっていた。
お昼の後、早めに教室を移動し誰もいない理科室でそわそわしながらタブレットを開いた。
教科毎の点数と順位が並んでいる。”40位””78位””21位”と並んで行き総合順位を見る。
「嘘だ」
表示された結果は54位。
1クラス40人なので、一ノ瀬と離れてしまうことになる。
何が悪かったんだ。
採点されたテストを見返してみると初歩的な問題のミスが多かった。
「うっぅわぁ。どうしてここ間違えたんだ」
「おやおやー黒岩どうしたのー」
ビックリして顔を上げると紺色のニット姿の野枝の姿があった。黒岩はタブレットの画面を消すと教科書の下に埋めた。
「テストの復習」
「あっもう結果出てる時間なんだー俺も確かめよー」
近くの席に座ると野枝は早速タブレットを開いた。
「うわっ。ここ間違えたかー。嘘ーここ絶対合ってると思ったのに」
独り言が多い。しかし黒岩も何が行けなかったのかを早く確認したかった。野枝がぶつぶつ言っている間に間違った問題を見返したかった。
「黒岩〜」
野枝は確認が終わったのか、また話しかけてきた。時計を見るとまだ数分しか経ってないけど。
「……なんですか。野枝くん」
余裕そうなこの顔がムカつく。そんなことを思いながら名前を呼ぶ。
「2年もAクラス?」
1番聞かれたくないことを、ものすごい速さで射抜いてきた。
「そっか来年は違うクラスか〜」
「いや野枝くん留学でいないんだから関係ないだろ」
「バレたか」
伸びをする野枝を横目に窓の方に視線をやる。
「それにしても一ノ瀬はずっと上位にいるなー」
一ノ瀬は総合では1位ではないものの、ずっと1桁の順位をキープしていた。
「今日も今頃はどこかの部活に乗り込んでるのかねー」
「さぁ」
黒岩は曖昧に答えると授業がはじまるまで試験の間違ったところを再確認した。
「英語なら俺に聞いてよ」
野枝は普段から英語の論文やニュースを見るらしく、確かに詳しかった。
「黒岩って意外と素直なのか」
唐突に変なことを言ってきたので驚いた。
「ほらだってここ、二重否定になっているのに、黒岩は多分誤訳してるから設問間違ってると思うんだよね」
そう指摘された場所は確かに、二重否定になっていた。
「いや、気づいてなかった」
「そっか……否定されてるってことは問題で問われる可能性が高いから、印かなんか書いておいた方がいいよ。それ以外だと命令文とか狙われやすい単語があるからそう言うのを見たらとりあえず印つけておきなよ」
「そっかありがと」
「あと、ここ。この"as"の意味全部覚えてる?」
「……えーっと、たぶん」
「黒岩って古文とか漢文も苦手?」
痛いところを突かれる。
「ははっ。基本的な意味はちゃんと押さえておいた方がいいよー。なんて言ったって問題を作る人も人間だからね。間違えやすいところを問題に出すからね」
黒岩はあんまり問題で狙われやすいところなど、考えていなかったことに気づいた。
「ありがとう。どうして野枝が勉強できるのか分かった気がする」
「ははやっぱり黒岩は素直だなー。そのまま真っ直ぐ育てよ」
そんな訳で一ノ瀬とクラスが2年時に離れてしまった悔しさがあるので、基礎の重要性を理解している。そして大学入試では過去問を研究したので狙われやすい単語や意味などもある程度理解していた。
そしてそれはどの教科でも言えることだった。野枝に教えてもらったことではあるが、黒岩が3年進級テストの点数が良かったのはやはり基礎をしっかりと復習していたおかげだと思う。
だから時間がなくても、疎かにしないようにしている。早めに基礎をさらって、後は苦手な箇所やもう少し伸ばせそうな箇所を復習する。
残り数ヶ月だからこそ、やることを明確にする必要がある。




