EP 3-2 黒岩編
担任との面談が終わり、教室へ戻る。グラウンドから聞こえてくる運動部の声が、受験が差し迫ってどうしていいのか悩んでいる自分とはどこか遠い場所のような気がした。
一ノ瀬を失い道が真っ暗になった僕と、すぐ近くにあるはずのそこに誰かが境界線を引いたようだ。
どうして自分なんかが生きていて、一ノ瀬が亡くなってしまったんだ。
帰り道にそんなことばかり考えていた。
ドンッ。
右肩に衝撃を感じるが、ぶつかった人物は何事もなかったかのように歩いて行った。
自分も不注意だったので怒る気にはなれなかったが、去って行く後ろ姿が、ふらふらしており不安になって声をかける事にした。
「ちょっと」
声をかけるも、その人は自分に声をかけられたと思っていないのか、全くこちらに気付いていないようだ。仕方なく後ろからその人の肩を叩く。
そこでようやくその人物はこちらを見た。
「……なにか」
焦点の合わない目、唇は紫がかっており、身体がとても細かった。
「あの……。大丈夫ですか」
そう声をかけずにはいられなかった。しかしその刹那男は急に倒れ込んだ。
「えっちょっと」
こういう時はどうすればいいんだっけ。救急車呼べばいいのか。電話番号は、手が震えてうまくボタンが押せない。
「おい、大丈夫か」
背後から声をかけられる。
「あっすいません。この人急に倒れてきて、どうしていいのかわからなくて」
1人じゃないということに、冷静さを取り戻し、119とボタンを押した。
声をかけてくれたその人物は倒れている男の顔を見て驚いたようだった。
「ヒロトくんじゃあないか」
「えーっと知り合いですか」
「あぁ。顔見知りだ。こいつのおやっさんに電話するからちょいと待ってくれ」
ガタイのいいおじさんすぐに電話をかけたようだが、相手が取り込み中なのか留守電を残していた。
ヒロトと呼ばれる人は近くの病院に運ばれた。
急に倒れたというのは伝えたが、疑っているのかおじさんは僕も一緒に病院へと連れてきた。
「すんません。この子も驚いてるみたいなんで、ちょっと見てやってくれませんか」
おじさんは病院に着くなり、僕を診察してくれるように受付で言った。
診察室から出るとおじさんの隣にもう1人人がいた。僕を見ると近づいてきて、後頭部が見えるくらい頭を下げた。
「ありがとう。迷惑をかけて申し訳ない」
なんのことやら状況が読み込めずにいると、ガタイのいいおじさんが”さっき倒れた子の祖父”だと教えてくれた。
「あの……大丈夫ですか」
「……いや、ずっとあんな感じなんだ」
ほんとどうしたらいいのか。小さく呟いたのが聞こえた。
「ご病気か何かなんですか」
さすがに踏み込んだ事を聞いてしまったかなと思ったが、嫌な顔をせずに答えてくれた。
「精神的にな……。仲の良かった子と一緒に事故に巻き込まれてからな」
「……そうでしたか。僕も事故でクラスメイトを亡くしたので辛い気持ちは痛いほどわかります」
「そうかそれは君も辛いのにすまんな」
翌朝、早めに登校すると担任にプログラムに参加する事を告げた。
僕は不要なものを押し入れにしまうと、祖父母にしばらく勉強で忙しくなると伝えた。
祖父は「そうか。無理しすぎない程度にな」と、祖母は「夜食が必要になったら言ってちょうだいね」と温かい言葉をかけてくれた。
「ありがとう」
黒岩は残りの数ヶ月を無駄にしたくないと思った。できるだけ勉強して一ノ瀬が凄いなって褒めてくれるように、そう決意した。
プログラムの参加者によく知った名前を見つけた。
「よっ黒岩ー」
「野枝くんなんでいるの?」
野枝は頬をかくと気まずそうに答えた。
「ちょーっと留学の単位でミスってなー」
「はは何やってるんだよ」
「まぁこれ参加したら免除らしいから、参加してるってわけ」
「それこそ、黒岩はなんで参加してるんだー?大抵の大学はA判定だろ?」
「いや、ちょっと一ノ瀬のことがあってから、勉強が手につかなくてさ」
野枝は頷いた。
「そうだよな。ほんとに」
窓から冷たい風が頬を掠めていく。
「生きててくれればな。義手とか義足だったらこれからいくらでも作ってやったのにな。もう1人の重体だった人もどうなったんだろう」
「あの事故って一ノ瀬くんだけじゃないの?」
「そうだよ。あれそういうの調べてないの?一ノ瀬ともう1人20代男性が巻き込まれて重体ってニュースに書いてあったけど」
「……もしかして」
「何かあった?」
「あっごめん。最近出会った人が、事故で友人を亡くしていたって言ってたんだけど……。あの人一ノ瀬くんの知り合いなのかな」
「へぇ目を覚ましたんだー。それはよかった」
「……どうなんだろう。あの人フラフラしてたし、ご飯も食べれてないみたいだし」
野枝は何かを考え始めた。
「その人の名前知らない」
「えーっとなんだったかな。名前言ってた気がするんだけど……」
「ひろと?」
「あっそう!確かそんな名前!どうして知ってるの」
野枝はWebのページを開いた。
”日陰洸斗”若き将棋士。写真も添えられていた。
「この人だ。もっとやつれてたけど間違いない。ってあー」
黒岩は一ノ瀬が持っていた将棋の本の裏表紙に”ヒカゲヒロト”と名前が書いてあるのを見たじゃないか。
「どうしたんだよ。急に叫んで」
「その洸斗って人、やっぱり一ノ瀬くんの知り合いだよ」
「家近いけど行ってみる?」
黒岩は頷くと、担任の元へと向かった。




