EP 2-1 充編
「おはよう」
祖母が充の部屋のカーテンを開ける。こうやって誰かに起こしてもらうのは数ヶ月ぶりである。
充は朝1人ではないということに物凄く温かいものを感じた。
「おはようおばあちゃん」
眠い目を擦り体を起こす。
「ぐっすり眠れたかしら。お父さんこちらに向かっているみたいだから、ご飯食べてしまいなさい」
充は頷くと顔を洗うと、祖母が用意してくれた朝ごはんをゆっくりと味わった。
「おばあちゃん。どうして僕は何にもできないんだろう」
充は自分の無力さを吐露した。昨日祖父母の前で泣いてしまったので今更恥ずかしくはなかった。
「あら?みんな最初は何もできないのよ。あなたのお父さんだって小さい頃はうまくいかないことが多くてよく癇癪を起こしていたのよ」
祖母は急に椅子から立ち上がると、昔のアルバム持ってくるわと言って、いくつかアルバムを持ってきてくれた。
「ほらこれが昔のお父さんよ」
祖母が指を指した少年は、ブスッとした表情をしていた。
「この時ね、野球の試合があったのだけどね。あの子がエラーしちゃってね。負けちゃったのよ」
アルバムは父が生まれた時から、半年前の分までまとめられていた。
4つ目のアルバムをめくったときに、充の知らないキリッとした表情の女性と父が正装に身を包んだ写真があった。
「おばあちゃんこの人誰?」
自分の母親ではないことは明らかだった。
祖母は言葉を探しているのか、なかなか答えてはくれない。
「お父さんとこの人結婚したんだよね?」
「え……えぇそうよ」
充だって写真を見れば結婚式かどうかくらいわかる。お父さんが違う女の人と結婚していたという事実に充は多少なりともショックを受けてしまう。
「どうしてこの人と離婚しちゃったの?」
充の母と暮らしているということは、この女性とは離婚していることになる。
「えーっと……」
祖母は相変わらずどう答えて良いのか悩んでいる様子だ。その時玄関が開く音が聞こえた。
父と迎えに行った祖父がリビングへと入ってきた。
「おかえりなさい。お迎えありがとう」
祖母が祖父に伝えると、父は充が持っているアルバムを見て少し苦い表情をした。
「ごめんなさい」
祖母が父に謝罪した。しかし父は祖母の前に手を出すと、充をしっかりと見た。
「いや私が説明していなかったのが悪いんだ」
父と祖父母と充はソファにそれぞれ腰を下ろした。
「充まずはどうしてここにきたのか教えてくれるか」
祖父母は事情は説明していなかったようで充は自分で父に伝えることになった。
「だって……。家に誰もいないし、みんな変わっちゃったから」
言葉にするとより寂しさが増した。
「お父さんはもともと全然家にいなかったけど、お母さんもなんか別の人になったみたいだし、お兄ちゃんも全然帰ってこないんだもん。あの家に僕1人で住んでるみたいだ」
父は何も言わない。
「それだけじゃないよ。お父さんとお母さんが喧嘩した後、知らない人が急にいて夕飯作ってるし、僕夕飯作るの手伝おうかと思ったのに、相談すらしないで勝手に決めて」
一度言ってしまったら溜め込んでいた不満が堰を切ったように止めることができなかった。
「お母さんはどうしちゃったの?化粧も服も匂いだって……。あれは誰……。お兄ちゃんだってそうだよ。深夜に帰ってきたと思ったら不良みたいなジャラジャラした格好に髪色も変だったし……。僕の大好きだった2人を返してよ」
父と祖父母は何も言わずに充が止まるまで聞き続けた。しかしその態度にすら充は腹が立った。
「お父さんあの結婚式の人誰?僕はお兄ちゃんと血繋がってないの」
父がこの家にやってきたちょうどその時、父とその知らない女性と生まれたばかりの赤ちゃんの3人が写っている写真を見てしまった。ずっと感じていた劣等感は、遺伝子の違い。きっとそうなのだ。
「充そのことは今から話すよ。ずっと話していなくて悪かったな」
その女性は父の大学時代の後輩で、父が30歳の時に結婚し兄が生まれた。しかしその半年後彼女は病気を患い兄を産んで1年も経たないうちに亡くなったという。
「じゃあ玲ちゃんとはいつ知り合ったの?」
父は眉根に皺を寄せ、ゆっくりと語った。
「妻を亡くしてすぐ、同僚が気晴らしでもと言って飲みに誘ってくれたんだ。……そこで出会ったのが玲華だ」
でも兄と充は4つも離れている。出会ってすぐに子供を作ったわけではないということだろうか。
「彼女は当時モデルをしていて、とても忙しそうだったし、いろんな男の人から言い寄られていたよ。10歳も歳の離れた私なんて相手にしてくれないだろうと思っていたんだ」
父はコップに入った水をひとくち口元に運んだ。
「ある日彼女から助けてほしいと連絡があったんだ。私はその時仕事の発表中だったので終わってから彼女の元へ駆けつけたんだ。そしたら彼女酷い有様で、急いで彼女を病院に連れて行って検査して、それから数ヶ月後さ、充の妊娠が発覚したのが」
充は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
「えっ……。待って……。なに」
それを言葉にしたら、充は受け入れざる負えなくなってしまう。今にも倒れそうなその身体をなんとかソファに預け、充はその真実を呟いた。
「僕は玲ちゃんを襲った誰かとの子供なの」
父も祖父母も答えなかった。
「う……嘘だ。お願いだから嘘だと言ってくれよ、父さん」
父は両膝の上にある拳をギュッと握っているのか、充のことを真っ直ぐ見つめて首を横に振った。
「すまないが、それが事実だ」
充は立ち上がると家を飛び出していた。わからないがどこか1人になれる場所に行きたかった。走ったらダメだと分かっていたけれど、走らずには入れなかった。
どうしてどうしてどうして。充は望まれた子供ではなかったのだ。兄とも父とも血のつながりもなく、母はもしかしたら充を見ることすら辛いのかも知れないとそう思った。




