EP 2−2 日陰編
どうして将棋を本業としている俺が、素人の高校生に教えられているのか。胸の辺りがざわつく。
結局俺には将棋は向いていないって事なのか。隠れていたドス黒い気持ちがチラチラと現れ始める。
「ヒロ今日は何だか調子悪い?」
陽が解説をしてくれていたのだが、あまり話を聞いていなかった。心配した様子で陽が日陰を見つめていた。
「いや…ごめん。それでなんだっけ」
心の底にその気持ちを押し隠し陽の解説を聞く。
「ここでヒロは」
少し前から解説し直してくれる陽の言葉を聞きながら、どこか集中できなかった。
「なぁじいちゃん」
翌日の朝祖父と対局しながら聞いてみた。
「自分より将棋歴が浅いのに自分より才能のある人がいて、なんか……。こう……」
うまい言葉が見つからない。
「自分のことが嫌いになっていく様な経験ってある?」
祖父は盤面をみながら熟考する。
「あぁそんなのしょっちゅうだぞ。20代後半から30代前半なんてほぼそうだったなぁ。なんでワシより遅くに将棋を始めた人に負けなければいけないんだって」
祖父は盤を見たまま続けた。
「正直悔しかったし、もっともっとって、寝る時間を惜しんで研究してた時期もあった。それでも勝てんかった時期があってな。わしは1回将棋を辞めたんだ。しばらく将棋から離れて気づいたんだ。あぁこんなにも将棋が好きだったのかと」
パチン。祖父が置いたその駒が決めてで勝敗がついた。
「まいりました」
祖父にもそんな時があったのか。祖母が懐かしそうに笑った。
「あらあらいい様に言っているけどねだいぶ大変だったんだから。お酒を飲み歩いては他人に迷惑かけて、警察にお世話になったことだってあったんだから」
「こら。そこは言う必要ないだろ」
事実なのだろう祖父は苦い顔をした。
「まぁなんだ……。ヒロも1回、いや何回だって休んで良いんだ。人間だから嫉妬だってするし、才能を求めることもあるだろう。ただ忘れてはいけないのはお前は1人じゃないってことだ」
「……あぁ」
嫉妬してもいいか。陽はどうしてプレイヤーにならないのだろうか。彼が将棋士としてこの世界に足を踏み入れればあっという間に俺よりも、慶よりも確実に上の階級に昇っていくだろうに。
「慶くん来てるみたいよ」
祖母がわざわざ日陰の部屋まで伝えにきてくれた。
「あぁ」
日陰は別に用事はないのだが、祖父が何か言ったのだろうか。慶に会ってこの心の奥底に隠している感情がまた湧き上がってこないだろうか。日陰はしばらく考え込んだ後、慶に会いにいくことに決めた。
夏休みなので午前中だというのに将棋教室は意外と賑わっている。
ちょうど小学生と対局しているところだった。こちらの視線に気づくとウィンクしてきた。日陰はそれを右手で払う。
対局を終えるとこちらに近寄ってきた。
「よぉ今日も辛気臭い顔してんな。家にこもってばかりいるからそうなるんじゃないのか」
会って一言目が嫌味とは、この前謝罪したことを取り消してやろうかと思ったが、今は慶に聞きたいことがあるのだ。少しの嫌味は多めに見てやろう。
「お前は元気だな」
「あぁこうしてお前とまた話せてるしな」
慶はこんなキャラだっただろうかと訝しむ。
「まぁちょうどいいや。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
そういうと日陰は慶に対して、兄弟子に負けた時の勝敗の分かれ目になった時の盤面を再現して見せる。
「お前ならこの後どうする」
慶は先ほどまでの軽薄そうな態度から一変し、鋭い眼光で盤面を見つめた。
「そうだな、俺なら」
そう言って慶が駒を動かす。日陰は素早く次の駒を動かす。しばらくそれを続けた後、慶が呟いた。
「これ俺が勝つ可能性あるのか」
「いいから」
「って言われてもなー。これ詰んでると思うんだけど」
「ここに銀を置くと」
慶の表情が変わった。
「待ってそこに置いたとしても、相手はいくつか対策しようがあるだろ」
「例えば」
日陰は慶とその後の戦略について意見を出した。
「うわぁ、まじかそういう攻め方もあるのか」
慶が嬉しそうに、悔しそうに唸った。
「なぁ勝負しようぜ」
急に話題が変わったことに驚くが、日陰もちょうど対局したい気分だった。
慶と短時間での対局を終えた後、日陰は祖母の夕飯作りの手伝いをしながら、陽と出かける場所について考えていた。
「出かけるって言っても日帰りだよなぁ」
陽高校生だし、使えるお金限られてるよなぁ。東京からさほど遠くなくて、日帰りしやすくて、暑くなくて。ってか男2人で出かけるって何をするのが普通なんだ。
温泉巡り?夏なのに。キャンプ?道具何にも持ってないけど。スポーツ?いやそれはないな。
1人で頭の中で候補を上げては消すということを繰り返していた。
しかも学生にとって今は夏休みの期間だ。どこに行ったってそこそこ人は多いだろう。8月31日なら多少は空いてるだろうか。考えても答えが出ないことを頭の中でずっと考えている。
日陰の夏休みと言えば、将棋の練習やら将棋の大会やらで記憶が埋まっている。時間があれば誰かと指し、時間があれば番組などで対局を見る。
将棋以外の世界を知らなかったからなぁ。




