EP 2-2 黒岩編
一ノ瀬は頭はいいが、忘れ物がとても多かった。
教科書や宿題だけではなく、鞄そのものも忘れてくることがあった。
鞄は朝練に顔を出した部活の時もあれば、そもそも家に忘れてくることもあった。一度先生が一ノ瀬のために新しいリマインド機能を提案して作ってもらった事があるが、そもそもタブレットを忘れることも多かったのであんまり役に立たなかった。
一ノ瀬という人物は、マイペースではあるが、おもしろくてみんなから好かれていた。
「僕の使いなよ」
いっとき他クラスの生徒が貸しに来ていたことがあったが、学校側に忘れた時に貸出する教科書やタブレットも用意されるようになった。
そんな彼は2度も生徒会を勧められていた。
生徒会は立候補と推薦があるのだが、もちろん推薦票だ。当時の生徒会長が一ノ瀬はどこにも属さないのが1番だとはねのけて、いや一ノ瀬も断りたかったのだろうが、なんとか難を逃れた。
しかしその1年後にもう一度推薦されたのだ。在任期間は高校2年の9月〜高校3年の8月の約1年。8月は夏休みかつ引き継ぎ期間なので、実際の仕事は9月からとなる。
大学への推薦を狙うものは、生徒会役員への所属を狙うが一般受験を予定している学生にとっては、勉強との両立が
6月上旬。
現生徒会副会長の東雲はたびたび一ノ瀬に会いに2学年の教室へ顔を出していた。
「お願いだ一ノ瀬くん。その君の知識と信頼さで学校をより良い方向に導いてくれ」
何度も断っている一ノ瀬は、またきたのかと少々呆れた様子で即答した。
「お断りします」
「どうしてだ一ノ瀬くん。君は好きだろう。帝王学を実体験できるチャンスなんてそうそうないと思うぞ」
帝王学という単語に反応する一ノ瀬。その部分には確かに興味を持っているらしい。
「……だとしてもお受けできません。俺には現生徒会長のような統率力もマネジメント能力もありませんし」
「いや君なら誰でも喜んで従うだろう。ほとんどの生徒が君を知っているし、その行動力を高く評価している」
東雲は一ノ瀬の言葉を遮り熱弁した。周囲で聞いていたクラスメイト達は頷きながら東雲の言葉を聞いていた。
「こらこら東雲さん、生徒会副会長のあなたがそう何度も来ては萎縮してしまうでしょう」
歴史を教えている教師兼生徒会顧問の橘先生が間に割って入った。
「橘先生しかし」
反論しようとした東雲だが、予鈴がなり中断となった。
「また、来るから」
そう言い残した東雲に橘先生はため息をついた。
「全くすいませんね一ノ瀬くん。生徒会の時に少し言っておきます」
そして橘先生は廊下で状況を伺っていた生徒に教室へ入るように促すと皆散り散りに教室へと戻って行った。
生徒会の候補者が発表された。もちろん一ノ瀬の名前はなかった。
しかし黒岩の知り合いの名前が二つも載っていることに驚いた。
1年時の体育祭で一緒に走った桐生と怪我で出れなかった獅童だ。
獅童は積極的に意見したり、人をまとめたりするのが好きなのでわからないことはないが、桐生は部活動忙しくないのだろうか。それにどちらかと言えばクラスでも静かにしているイメージなのだけれど、クラスが変わった数ヶ月の間に桐生に何か心境の変化でもあったのだろうか。
仲の良かった野枝が留学してしまったので、少し寂しいのだろうか。
生徒会の候補のメンバーは候補の発表からテストまでの約2週間に演説や所信表明などを行う。
テストの前に生徒会の選挙活動をさせるのはいかがなものかと思うが、この選挙の投票はテスト終了後、テストの順位が発表された後になるのだ。
どういうことかというと、テストの結果によっては当選しない可能性があるということだ。
なんて鬼畜なのだろうかと傍観者の黒岩は思う。
「おはようございます」
朝校門で獅童が元気よく登校する生徒に挨拶をしていた。
「おはよう」
黒岩は獅童に挨拶すると獅童は笑顔で近づいてきた。
「おっ黒岩じゃないか。どうだ元気か」
「あぁ元気だよ」
獅童の圧力に押されながらも返事をする。
「そっか元気なのはいいことだ」
「獅童くん聞きたいことがあるんだけど。今大丈夫」
通学してくる生徒に定期的に挨拶をしながらも、話を聞いてくれた。
「桐生って何かあったの」
「ははーん。やっぱり黒岩も変わったと思う。そうだよな。あんなに無口だったのに、今では生徒会に立候補しちゃうくらいだもんなー」
どうやら獅童は理由を知っているらしい。しかしこういう時に話を長く盛る癖がある。
「知りたい。黒岩も知りたいよなー。それじゃあテスト明けに」
「それなら他の人に聞くからいいよ」
指導の元を去ろうとすると、待て待てと止められた。
「あのなー。あんまり漏らすんじゃないぞ」
そう言って広めているのは、獅童なのではないかというツッコミは心の中で入れることにして、小さく頷く。
「最近フラれたらしい」
少しばかり意外な答えに「フラれた」と声を漏らしてしまった。
「静かに。桐生が綺麗なお姉さんと歩いていたという目撃情報があるのだが、きっとその人なのではないかという噂だ。男子校なのに羨ましい限りだ」
「そうなんだ」
男子校だし、女性関係の話あまり聞かないなと思っていたが、紹介してと言われるから話さないだけなのかもしれない。
「ありがとう。生徒会選挙頑張って」
用件だけ聞くと獅童にお礼をして別れを告げる。




