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消失点のその先に  作者: 白雪 凛


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13/41

EP 1-1 充編

世間的にみたら僕の家庭は羨ましい家庭なのだと、小学校の時に同じクラスだった心愛ちゃんに言われた。

父は大学で研究をしており、母は元モデル、兄はものすごく頭のいい進学校に入学したらしい。らしいと言うのは、充は祖父母のいる地元で進学をすると思っていたのに、父の仕事の都合で祖父母の元を離れ東京へと引っ越してくることになったため、正直こちらの学校のことをあまり知らないのだ。それに充には高校なんてまだ遠い先のことだと関心がなかった。

充は病弱で運動もほとんどできず、学力も中の下、これと言った才能もない。本当にこの家の子なのだろうかと何度も疑問に思っていた。



「充早く起きなさい。遅刻するわよ」

小学生の頃までは母が起こしてくれていたが、中学生になったのだから自分で起きなさいと言って本当に起こしてくれなくなった。母も春休みの間に新しい仕事を見つけたようで、充よりも先に家を空けることもあり、学校へ遅刻せずに行けるのかは充次第となってしまった。

まだ4月だというのに充はすでに2度ほど遅刻していた。1回は寝坊だが、もう1回は電車の遅延も影響しているので不可抗力だ。

朝の満員電車は体の小さい充には苦痛でしかなかった。大人たちの背中に押しつぶされ、息も苦しいしバランスも取れないまま乗っていなければいけない。ただ自分よりも小さい小学生などを見るとなんとも言えない気持ちになる。高校は徒歩もしくは自転車で通えるくらいのところにしようとひそかに心に決めている。



「おはよう」

家だとうるさくて集中できないからと早めに登校し、読書をしている三好に声をかける。

「おはよう充。今日は充の方が早かったんだな」

「そうみたい」

クラスを見渡しながら返事をする。もう1人の仲のいいクラスメイトはまだ来ていないようだ。

キーンコーンカーンコーン。

予鈴のチャイムがなると同時に息を切らしながら細山が教室に入ってきた。

「おはよう。今日もギリギリだね」

三好が細山に声をかける。

「あぁ朝ごはんをおかわりしてたらいい時間になってた」

「何杯おかわりしてたんだよ」

そんなしょーもない会話から始まる一日が心が温かくなるようでとても心地よかった。



「ただいま」

学校が終わり帰宅するも家には誰もいない。

祖父母の家に暮らしていた時は母か祖父母の誰かしらは必ず家にいたのだが、引っ越してきてからは誰も家にいないことが多かった。

母は仕事が忙しいのだろうか。学校が始まるまではほぼ毎日家にいたのに最近は充より帰ってくるのが遅い。寂しさを感じつつそのまま部屋へ直行する。

充はまだシワのない学ランをハンガーにかけると部屋の隅に置いてある黒いヴァイオリンケースを手に取った。

以前は月に2回ほど先生に見てもらっていたのだが、引っ越しを機に辞めてしまっていた。

運動ができない充に音楽はどうかと母が薦めてくれた。しかし7年もやっているのに、全然上手くはなかった。コンクールでは自分よりももっと上手い人がたくさんいた。入賞する人を横目に見るたびに心がすり減っていった。

それでも小学生の頃は、頑張れば入賞することができるかもしれないと多くの時間をヴァイオリンに費やした。先生にも厳しく指導されたが、苦にはならなかった。

先生が母に「才能がないのかもしれませんね」と告げるのを聞くまでは。

充はこうして定期的にヴァイオリンの音色を奏でる。特に家に誰もいない時には、音がないと世界に1人取り残されてしまったかのような孤独感を感じていたから。



しばらくしてお腹が空いたので時間を確認するとすでに19時を回っていた。

母は帰ってきているだろうかと階段を降りる。しかし明かりは点いておらず、人の気配も感じられなかった。仕方がないので冷蔵庫を開けるもすぐに食べられそうなものは見つからなかった。

「早く帰ってこないかな」

お腹がグゥグゥなっている状態では勉強も進まない。リビングの机の上で手足を伸ばし待っていると、ガチャッと鍵が開く音が聞こえた。

充はバタバタと玄関の方へ駆けていく。

「れいち……」母の名前を呼ぼうとして言葉を飲み込む。家に帰ってきたのが母ではなかったからだ。

「どうした充?」

父は玄関に充が来たことに驚いたようだった。

「いや、夜ご飯まだでお腹すいちゃって」

「玲華は?」

「お母さんはまだ帰ってきてないよ」

父も兄も母のことを名前で呼ぶ。僕は母のことは”れいちゃん”と呼んでいる。母に”お母さん”などと言った日にはしばらく口を聞いてもらえない。母はモデル時代の友達と今も交流があり、お母さんだと歳をとったみたいで嫌だと言っていた。



父はリビングに荷物を置くと、すまんがこれでいいかとカップ麺を戸棚から取り出した。

そんなところにカップ麺が隠されているとは知らなかった充は、もし困ったら今度からあそこの戸棚を漁ろうと決心した。

お湯を沸かしている間、父は自室に荷物を置きにいった。

「玲華仕事で飲み会が入ったようでまだ帰ってこないって」

父は母に連絡を入れていたようだ。

「そっか」

充は曖昧に頷いた。

「そういえば充はまだ携帯持ってなかったな。母さんと一緒に買いに行ってこい。そしたら玲華にも直接連絡できるようになるだろう」

父さんは一緒に買いに行ってくれないのと思ったが、目の下のクマがひどく到底いえるような雰囲気ではなかった。

「うん。わかった」

「それにしても玲華が遅い時の夕飯困るな。充自分で作れないもんな」

充はコクリと頷いた。祖母が包丁を持たせるのは危ないと言って台所へはほとんど入れてもらえなかったのである。

「ちょっと玲華と話しておくから、困ったときは近くのコンビニで買ってきなさい」

カップ麺を食べ終える部屋にいると父が夕食代だと言って1万円をくれた。



ある夜。充は変な時間に寝落ちしてしまったせいで深夜0時に目を覚ました。

トイレに行くため部屋を出ると階下から声が聞こえてきた。

「ねぇあなたもう少し家に帰ってこれないの」

母が怒気を払った声で言った。

「しょうがないだろ」

「そうは言ったって月に1回しか帰ってきてないじゃない」

「いや、そんなことないさ。お前がいない時に帰ってきてるさ。それより最近帰りが遅いんじゃないのか」

父は母の帰りが遅いことを気にかけてくれているようだ。

「そりゃ仕事してたら遅くなる日だってあるわよ。それにあなたにだけは言われたくないわ」

「せめて子供達のご飯くらいちゃんと用意してくれよ」

「そうやって全部私に押し付けるのね」

「いやそう言うわけじゃ」

充はそこで聞くのをやめた。トイレを済ませて部屋に戻るとベッドの上で先ほどのことを考えた。

父と母が喧嘩したところを初めて見た。

父は忙しいからと言って誰かにあたるような人ではないし、母もいつも優しく励ましてくれる人なのだ。父の忙しさを知っていればそれを許す人だと思っていた。どちらも充の知っている両親ではなかった。




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