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消失点のその先に  作者: 白雪 凛


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EP 1-6 日陰編

「洸斗は最近どう?オレは最近調子良くてさー」

なんでこいつのこんな話を聞かなければならないのか。さっきまで陽が来るのを楽しみに待っていたのに、急に入道雲が土砂降りを降らすように、心がざわついた。

「なぁ最近調子良くなってきたんだろ。お前のところの師匠も来てたみたいだし復活まじかかって噂になってるぜ」

はぁ。どうしてこいつはこうも絡んで来るんだ。すでに俺よりも強いっていうのに。自慢をしにきたのか。それとも俺を笑いにきたのか。

「俺は暇じゃないんでお引き取りください」

祖母が上がってちょうだいと居間に案内し、お茶とお茶菓子まで持ってきた。

「慶くん時間があったら、祖父にも会いに行ってあげて、きっと喜ぶわ」

慶もここの教室で将棋を始めたので、教室の方へ行けば顔見知りが多い。わざわざこっちに顔を出したってことは俺を揶揄いにきたのだろう。

最近落ち着いていた心が乱される。

「こんにちは」

陽の声が聞こえる。

「それじゃ俺忙しいから早く帰ってくれ」

目の前の幼馴染を置いて陽を迎えにいく。

「待ってたーおかえりー」

陽はどこか疲れているようだった。そしてこちらではなく俺の左側を見て家に入るのを躊躇っていた。

「あっこいつもう帰るから気にしないで」

そう言って左肩に置かれた手を払いのける。

「なんだー女じゃないのかー」

「いいから帰れ」

慶はつまらないなと呟くと、隣の教室へと歩いて行った。




「陽もしかして体調悪い?」

いつもは自分から話しかけてくるのに、今日はいつもより静かだった。

「いや、そんなこと」

しかしそういう彼の顔色はやはりどこか悪そうだ。

「ちょっといいか」

陽のおでこに手を伸ばす。

「うーん。ちょっと待ってて一応体温計持ってくるから」

彼を部屋に残して、体温計を取りに居間に行く。



「慶くん調子いいのね」

「あぁ金子さん負けたって」

祖母と祖父の話し声が聞こえ足を止める。

「それにしても最近本当に強くなったわね。何かあったのかしら?」

「さぁ師匠とうまくやってるんじゃないか」

慶は小学1年生の時に祖父の将棋教室へ入会した。俺はその時すでに地元の小学生の部の将棋大会で1位を取っていたので、コテンパンにしてやった。

それから長年にわたって何度も勝負してきたが、小学生から高校生の間は一度も負けたことがなかった。

そして高校を卒業してからすでに2年連続で彼に負けている。

最初は調子が悪かっただけだと思っていたが、始めた負けた日から1度も勝てていない。そしてここ半年は慶だけではなく、格下のはずの人々にも勝てなくなっていた。


自分は驕っていたのだ。

ほぼ負けなしだったから、自分が絶対に勝てると思っていた相手に負けたことに、思っていたよりもずっと深く傷を受けていた。

逃げていると言われればそれまでだが、負けることがこんなに辛いなんて思っていなかった。一度負けてしまうと、また負けるかもという恐怖や焦りがさらに視野を狭めた。



陽に会って久しぶりに将棋が楽しいと思えているのに、乱されるわけにはいかないんだ。

このまま将棋を続けるのであれば、どこかで必ずまた慶と対局しなければならない日がくるが、それは今ではない。

今対局して負けたら、もっと深みにはまっていきそうで怖い。陽ならきっとそれすら乗り越えていくのだろうが、俺はまだ越えられる気がしない。

自分より年下の少年に助けを求めているなんてダサいかもしれない。でもそれでも縋るものが欲しかった。自分を闇から救い出してくれる何かが。

だからもう少し足掻いてみたいのだ。自分に自信がつくようになるまで。



祖父母を邪魔しないようにそっと、居間を後にする。

「陽ごめん。温度計どこかにいっちゃったみたい」

部屋の扉を開けると、先ほどよりも具合の悪そうな陽がいた。

「お、お、お、おっおい大丈夫か」

陽はやはり熱はないようだったが、顔色が悪すぎる。迷っている暇はなかった。

「じーちゃんどーしよう」

急いで階下にいる祖父母に相談する。

「びょ、病院連れて行ったほうがいいの?あっでも俺運転できないし……あー免許取っておけばよかった」

どうしようどうしようと、居間の中を歩き回る。

「洸斗深呼吸しなさい」

祖母の声でハッとする。

そうだ。俺が慌ててどうするんだ。息を長めに吐くと少し落ち着いた。

「将棋教室の方に誰かいるかしら?」

祖父が見にいってくれた。

「慶くん運転できるって」

慶に借りができるなんていやだが、そんなこと言っている場合ではなかった。



大学病院で陽が点滴を受けている間、慶と2人で待合室で待っていた。

「ほらよ」

差し出された冷えたペットボトル。

「ありがとう」

素直に受け取る。

「大事なんだ?」

「いや、そういうのじゃない」

「ふーん」

そう言う視線にはまだ疑いが残っていた。

「俺……みたいだと思ったんだ」

何気なく声をかけた陽であったが、初めて会った時の彼は何かに悩んでいるようなそんな暗い表情をしていた。こいつも誰かを頼ることが苦手で自分を追い詰めるタイプなのかもしれないと。

「俺さ、勝てなくて焦ってた。だけど、将棋が嫌いなわけでも、辞めたいわけでもなかった。ただ光が見えなかったんだ。どうしたらまた勝てるようになるのかって」

慶はただ黙って聞いていた。

「焦って1人で答えを見つけようと思って、それでも上手くいかなくて。それでそろそろ潮時なのかもしれないなーって。その時に陽を見かけてさ」

「すいません」

話を遮られるように声をかけられた。

白衣を着た40.50代の男性が疲れた顔でこちらを見ていた。

「あの息子を連れてきた方ですよね」

陽の父は医者だったのか。

「あっ息子さんにお世話になっております。将棋教室の洸斗、日陰洸斗と申します」

「そうですか。ご面倒をおかけして申し訳ございません。あとはこちらでなんとかしますので。ありがとうございました」


洸斗は自分で連れて帰るとのことだったので、帰りは慶と2人になってしまった。

助手席から景色が変わるのをしばらく眺めていたが、意を決して口に出すことにした。

「ごめん」

慶の肩が揺れた。

「はっ何に対するごめんだよ」

「えーっとだから、その色々……避けたりとか。お前を悪者にしてたことに対して」

慶はしばらく何かを考えたあと小さく呟いた。

「また対局してくれよ」

「…あぁ」



数日後、久しぶりに顔を出した陽はまだ顔色が少し悪いようだった。

「おいおい無理するなって」

「迷惑かけてごめん。コレ父が持って行けって」

そう言って渡されたのは、少し上品な包装紙に包まれた銘菓のお菓子だった。

「いやいやこんな高そうなものもらえないよ」

そう言いつつも美味しいんだろうなと、想像してしまう自分がいた。

「いや父はよくコレを買ってくるから、そんなに高くないんじゃないか」

嫌味を全く感じないのは、陽が普段使っている鞄や筆箱などが綺麗に使われているからだろうか。

「そうかありがとう。後でみんなで食べよう」



将棋を指しながら陽に質問する。

「なぁ受験勉強の方は大丈夫か?」

「あぁ問題ないと思うけど」

「そう…?それならいいんだけどさ、成績下がって怒られたりしてないか?お父さん医者ってことは厳しいだろ」

医者の息子を医者にするために厳しい家庭も多いと聞く。

「いや父は忙しくて全然家にいないから」

「あぁ〜」

確かに陽を病院に連れて行ったときもだいぶ疲弊してそうだったもんな。

「それに父は俺に興味ないだろうし」

言って気づいたのか慌てる陽。

「やっぱ今のなし。父のことは尊敬しているんだ。人を救うための努力を惜しまない人だから」

「そっか。俺もじいちゃんのこと昔憧れてたなぁ」



夕飯を食べていつもなら帰りの支度を始める時間になっても陽は何も言ってこなかった。

「おーい。そろそろ時間だろ」

目の前で手を振る。

「あっごめんなにかあった?」

「時間。そろそろ帰らないとだろ」

「あぁ確かに」

帰りの支度を始める陽に声をかける。

「悩み事ならいつでも聞くぞ」

「あぁありがとう。それじゃあまた明日」

陽は何事もなかったように去っていった。

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