EP 1-5 日陰編
7月の中旬に陽から夏休みは毎日来れると言われた。
「あれ?夏って受験生にとって重要な時期じゃないの?大丈夫?俺のせいで志望校落ちたとか言わないよね」
矢継ぎ早に陽に質問する。
「いえ息抜きなので」
「いやいやいや。息抜きの程度超えてない??毎日って」
首を傾げながら陽が言った。
「勉強も毎日やりますし将棋が1時間くらいなら勉強はその数倍やるので問題ないです」
そうかこの子は息抜きの方法を知らないのか。
「友達と遊ぶとか、デ…デートとかないの?」
「友達もみんな予備校とか、学校で勉強してるし。それに男子校なのであまり恋愛の話は聞かないです?」
「そ…そうか」
確かに俺自身も高校にはほとんど行かず、将棋ばかり指してたか。その熱意の対象が勉強ってだけか。
「なんで勉強をそこまで頑張れるの」
自分は将棋の世界で生きていくと決めてそれから、ずっと将棋に時間を費やしてきた。しかし勝利を掴めなくなると途端に世界が変わった。焦れば焦るほど結果も酷いものになった。陽はなんのために勉強をしているのだろうか。大学受験のためにそこまで頑張れるのだろうか。それともその先を考えているのだろうか。
「そうですね。あなたが将棋が好きなのと同じくらい、学ぶのが好きなんです」
その揺るぎのない真っ直ぐな瞳に自分ももっと頑張らないといけないなと感じた。
「それにしたって毎日ねー。夕飯食べてから来るの?」
「いや学校帰りに来る予定。何もなければ17時には来ようと思ってたんだけど難しい?」
「い…いやだったら夕飯くらい用意しようか」
「いや、さすがにそこまでしてもらうのは」
陽の言葉を遮る。
「付き合ってもらってる俺からのお礼。それに俺も料理できるようになればかっこいいだろ」
これくらいはやっても問題ないだろう。
はは。笑う陽の姿に歳下なんだよなと感じた。
「そうだアプリのベータ版作ったので試してもらえますか。とは言ってもまだまだ既存のアプリの方が性能いいですけど」
本当に使っていたのか。
「いやありがとう。使わせてもらうよ」
「固まった時とか、動作おかしい時はチャットしといてください。改善するので」
「もう一回聞くけど受験生なんだよな」
「そうですけど」
吐きそうな息を飲み込む。
「お前はもう少し甘えてもいいんじゃないか」
饒舌な陽だが、なんて回答すればいいのか考えている様子だ。
「お前学校でも頼られてばかりで、疲れてるんじゃないのか」
「ヒロはお兄さん気取りだね」
陽が急に呼び捨てで名前を呼んだ。少しは心開いてくれたのだろうか。
それから陽は容赦がなくなった。いやもともとスパルタだったが、言葉遣いが雑になってきた。
「ヒロまた将棋しながら寝落ちしたんでしょ」「だから、そこは前にも言ったじゃん」「ちょっとそれ俺の」
そして俺はそんな陽に夕飯を振うため、祖母の夕飯作りを積極的に手伝うようにしていた。
たまに時間を過ぎてしまうこともあったが、祖母に声をかけてもらったり、アラームをかけたりとどうにかしている。
「そう言えば、あいついつから夏休みなんだ」
陽にいつからか聞くの忘れていたことに気づいた。
「7月19日から」
そう連絡が届いたのは夕飯を作り終えた頃だ。
あと4日か。
楽しみに感じながらも、もう少しかっこいいところ見せないとな。そう思いながらまた将棋を指す。
「こんばんは」
夏休みに入った陽は、セットアップにTシャツの格好だった。
「なんかいつもと雰囲気変わるな」
Tシャツにハーフパンツの自分よりもどこか大人っぽく見えた。
「そうですか」
「それにしてもなんでって、そっか今日は祝日か」
夏休み中も学校はやっているが、本日はお休みのようだ。
「今日は家で勉強してたの?」
「まさか。図書館に行ってましたよ。その方が集中できるので」
「あぁそうなんだ」
「ノルマの進捗どうです?」
「えーっと。この詰み将棋のやつは3分の1くらい終わってて、あとは」
陽に進捗の報告をする。
「将棋の方は問題なさそうですね。食事も改善の傾向ありますし」
こちらを見る鋭い視線に、萎縮する。
「散歩どころか、運動一切してませんね」
「だって……」
暑いし面倒なんだもん。とは言えず言い訳を頑張って探す。
「今日は少し散歩しましょう」
「なぁ歩くの速くない」
散歩っていうから会話しながら歩くものだと思っていたらものすごい速さで置いて行かれた。
「いつもよりはゆっくりですよ」
「いやいや出会った時はもっとゆっくり歩いてただろ」
その時はこんなに喋るやつだとは思ってなかったけど。
「はは懐かしいですね」
陽は前を見たまま返事をした。
「陽っていつもこんな速さで歩いてるの」
「いやいつもは走ってますよ。走っている間は余計なことを考えずに済むんで」
余計なことって。陽は何か悩みを抱えているのだろうか。
「ヒロももっと運動でへとへとになるまで動いた方がいいよ。ぐっすり眠れるから」
「そうか。でもただ走るのって面白いか。動くならサッカーとかさ他にもスポーツあるだろ」
「1人でできるスポーツなんですよ。ゴールがあってそこまで走り抜く。この気持ちよさを知ると他に辛いことがあった時に、これを抜ければって」
ずっと前を見ていた陽がこちらを振り返った。
「そうか。ちなみに陽はどのくらいの距離走ってるの」
陽は笑顔で答えてくれたが、正直聞かなければ良かったと後悔している。流石にその距離を走るのは無理だ。
翌日祖母と一緒に夕飯の支度をしていた。
「早く来ないかなー」
ピンポーン。
「はいはいー」
陽だと思って元気よくでて後悔した。
開けた扉を静かに閉じた。
「ちょっふざけんな」
追い出した人物は無理やり扉を開けてくる。会いたくなかった人だ。




