EP 1-1 黒岩編
まだまだ入道雲が青空を散歩する夏休み明け1週間。
予鈴ギリギリに教室に滑り込む生徒も多く、クラスは賑やかだった。
担任がいつも通り少しよれた服で教室のドアを開けて入ってきた。
しかし教室に踏み入った担任はどこか足取りが重く、教壇に立つと「おはようございます」と風邪で声が低くなったかのような重低音で言った。
いつもと違う担任の様子に、賑やかだったクラスメイト達は担任をどこか不思議そうに見つめた。
「えーみんなに伝えなくてはならないことがある」
担任のメガネの奥に隠れた瞳は目の前の光景を1ミリも写していないような、どこか遠くを見つめているようだった。担任が息を静かに吐くと、その重い言葉をなんとか声に出した。
「一ノ瀬が……亡くなった……」
一瞬のざわめきの後、息をすることを忘れたかのように静寂が辺りを包んだ。
一ノ瀬が亡くなった。黒岩はその言葉の意味を理解するのに何度かその言葉を繰り返したが、その言葉の持つ意味を頭で理解することができなかった。
黒岩と一ノ瀬の出会いは2年前。この高校の入学式の日であった。
中学校はほとんど学校に行かなかったこともあり、高校の入学式は久しぶりの登校だった。地元を離れ祖父母のいるこの地に越してきて、知り合いの誰もいない高校。期待と不安で早めに学校に着いてしまった。
校門の前でどうしようかウロウロしていた。その時桜の木の影から現れたのが一ノ瀬だった。
「あれ、君も新入生」
黒岩のネクタイを見て、少しホッとしたような顔をした。
「はい。少し早すぎたみたいですね」
僕は彼に返事をした。
「校内を散歩しようと思ったんだけど、まだ入れないみたい」
そういって困ったという感じに手を広げた。
時間になると学校へ足を踏み入れることができた。緑も多く都会なのにどこか周りから隔絶されたようなそんな神秘的な空気が僕を包み込んだ。
校舎内部は改築したのか木目が太陽の光を優しく反射しており、校内全体が暖かい色に包まれていた。
今日からここに通うのか。中学校の時の嫌な感じがしない。
クラスへ向かうと、朝見た彼が同じクラスにいてびっくりした。彼と目があったが、前の学校の知り合いなのだろうか、すでに彼の周りには人がいた。
進学校ということもあり、地方から来ている人もいるようで、僕と同様にあたりの雰囲気を伺っている人がちらほらと見受けられた。
始業のチャイムがなると、40代くらいの人物がスーツを手に持って入ってきた。
「今日からこのクラスを担当する瀬尾だ。担当教科は国語だが、最近は化学にハマってる。1年間よろしくな」
それから入学式までの時間に担任は点呼を取り、謎のクイズ大会が開催された。担任は大学時代にクイズ研究会に所属していたらしく、知識が豊富で面白そうな人だと思った。
点呼の際に朝あった人物が“一ノ瀬優”という名前だと知った。
入学式は例に漏れず、校長の長い話やら在校生の祝辞などが述べられた。
「入学生代表 1年A組一ノ瀬優」
退屈であまり話を聞いていなかったが、覚えたばかりのその名前を聞いて顔を上げると背筋をしっかり伸ばした一ノ瀬がまさに壇上に上がろうとしていた。
入学生の代表がどういう基準で決まるのかなんて知らないが、おそらく入学試験の成績トップだったのだろう。
クラスに戻ると数人のクラスメイトが一ノ瀬に声をかけていた。
「どこの中学出身なの」
「確かに」「うわっ俺だったら無理かもそのプレッシャー」
会話の一部が聞こえてきたが、話しかけに行く勇気はないので一ノ瀬を遠目に見ていた。
こういう時に自分から声をかけに行けないのが、情けないとは思いつつも、どうやって同年代と会話をすればいいのかよくわからなかった。
「それじゃあこれで決定な」
担任の声でハッとする。自分には関係ないと考え事をしている間に委員会が割り振られていた。
「黒岩よろしくな」
そう声をかけてきたのは一ノ瀬だった。
「えっ一ノ瀬くんと一緒なの」
一ノ瀬は不思議そうな顔をした。
「やっぱり」
一ノ瀬は笑った。
「黒岩全然反応しないから、聞いてないと思った」
「あ…いやごめん。一ノ瀬くん人気だから友達と一緒の委員会入ってると思って驚いちゃった」
「俺本好きだからさ。他の人は文化祭とかあとは推薦の時に使えそうな委員会を選んでるみたいだよ」
黒板を見るが、すでに決定した後だったのでどれが人気だったのかはよくわからない。
「委員会って集まりとかあるって言ってた?」
なんの話も聞いていなかったので一ノ瀬に聞くしかなかった。一ノ瀬は笑顔で「今日の放課後」と言った。




