見つめる先に
「さて、お話を戻しましょう? 何かご用があってここに来たんですよね?」
隣に腰掛け、にこやかに微笑むメアリー。
無垢そのものの笑顔だが、その瞳の奥には何か底の知れないものが揺れている。
「…………」
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」
あどけない微笑みを浮かべる少女から敵意は感じないものの、完全に信じることはできない。
ロザネラは数秒考え込むように目を閉じた後、小さくため息をついた。
「……私たちは境界の魔女の遺物を探してここに来たの」
「境界の魔女の……」
「この村で魔女に関係する建物は、この教会だけ。魔女の気配が強かったのも、ここだったわ」
ロザネラの視線が神父の方に向けられる。神父の纏う魔力はロザネラが知る魔女のそれにどこか似ている。
「なるほど……あなたを追っていた方も同じ目的でしょうか?」
「……そっちは知らないわ。ただ、昨日の夜、私とレティシア……あの騎士の会話を聞いてた奴がいるのは確かよ」
閉ざされた教会の扉を見つめる。今もこの結界の外にいるであろう、追っ手の目的について思い当たる節はない。
「ふふ、そうですか……少し安心しました」
「どういう意味かしら?」
「いえ、てっきりあなた方の目的は花神祭かと思っていましたので」
「花神祭?」
「ええ。一年に一度、神獣様に花を捧げて、村の繁栄を祈る祭りです。……昔は、もっと明るい行事だったのですが」
どこか寂しげな口調でそう言うと、メアリーはちらりと祭壇に視線を向ける。
「……前村長が亡くなってから、祭りの日は妙なことが起きるようになった」
いつの間にか近くに来ていた神父が、静かに言葉を継ぐ。
「人は消え、死と闇が蠢く。神獣もその姿をくらました」
「神父様はこの異常の原因を探っていまして、私も……そのお手伝いをしているんです」
真剣な面持ちで話す神父とは対照的に、メアリーは変わらず柔らかな微笑みを浮かべている。
その微笑は無垢であると同時に、どこか無関心にも見えた。
「人が消える……」
ロザネラは静かにバッグから、昨夜境界の魔女が鏡に引き込んだ、一輪の花を取り出した。
「魔女の遺物についてはわかりませんが、もしかしたら……ふふ」
メアリーの唇がゆるやかに歪む。
微笑みのまま、意味深に首をかしげるその姿に、影が差し込む。
…….どうやら最初から、これが彼女の目的だったようだ。
「……はぁ、結界を解いてもらえる?」
神父が杖で床を叩くと、教会を覆っていた結界が跡形もなく消えていく。
「ふふ……花神祭のことなら、まずは資料館へ行ってみるといいかもしれませんね。きっと、面白いものが見つかりますよ」
どこか確信めいた口ぶりに、ロザネラは僅かに眉を寄せる。
静かに揺れる深紅の瞳、その視線を背中に受けながら、ロザネラは無言で扉の方へと向かった。
「ああ、それと、もう一つ」
扉に手をかけた瞬間、背後からメアリーの声が響く。
「ご存じだとは思いますが、帝国の方々は、魔女を嫌っています。……魔女の遺物について口にする際は、どうか慎重に」
ロザネラは肩越しに一度だけ振り返る。
無邪気に手を振るメアリーと、黙して立つ神父の姿がそこにあった。
「……わかったわ」
短く返し、ロザネラが扉を開ける。
差し込んできた朝の光が静かに教会を照らす中、彼女は教会を後にした。
「……本当にあの者に任せるつもりか?」
「ええ、私もあなたも目をつけられてますし……彼女たちに任せた方が楽しそうですからね」
微笑を浮かべたまま、メアリーはロザネラの去った扉の向こうを見つめていた。