夢路
「ここは……」
それは、暗く冷たいどこかの廊下。
前方には目を背けたくなるような光、背後には底の見えない闇が広がっている。
「……夢、ね」
この廊下には見覚えがある。
もう二度と訪れることのない、遠い過去の記憶。
目の前の光から目を逸らし、闇の奥へと歩みを進める。
「…………」
ドアを開け、いくつかの部屋を覗き込む。
散らばったおもちゃ、机に置かれたお菓子、色褪せた花、二つ並んだベッド。
どれも似たような部屋だが、どこに誰がいたのか、すぐに思い出せる。
「あれは」
ふと、一つだけ扉の隙間から暖かな光が漏れている。
それは穏やかで、どこか懐かしい光。
この部屋の主を私は知っている。
「…………」
そっと扉を開ける。
穏やかな風が、花のようなピンクの髪をなびかせる。
窓辺に腰掛けた一人の少女の横顔が光に照らされる。
「……エリカ」
その名前を呟いた瞬間、頭の中にノイズが走る。
杖を握る手に力がこもり、呼吸が乱れる。
無意識に杖が振り上げられる。
「ロザネラ」
振り下ろそうとした手がぴたりと止まる。
金色の瞳が、真っ直ぐ見つめてくる。
「あなたに、私が殺せますか?」
割れるような頭の痛み、ノイズが全てを埋め尽くすように強くなる。
廊下に引き摺り込まれるように数歩、後ずさる。
揺れる視界の中、意識が闇に沈みかける。
消えかけた意識の中、少女の穏やかな笑みだけが最後まで残っていた。
「……っ、朝?」
差し込む朝日に目を細めながら、体を起こす。
汗ばんだ髪と浅い呼吸。
「あら、やっと起きたのね」
どこかのんびりとした声が姿見の方から聞こえてくる。
声のする方へ視線を向けると境界の魔女がレティシアの置いていったパンフレットを興味深げにめくっていた。
ふと、部屋を見回す。
昨日とほとんど変わらない部屋の中、隣のベッドに至っては乱れ一つない。
「レティシアは?」
「んー? あの子ならもう出たわよ」
「……そう」
窓の外、空を舞う鳥を見上げながら傍の杖を手に取る。
短く息を吐きながら、シスターは旅館を後にした。
少し前の日の出頃、村外れの小道を一人歩く騎士の姿があった。
「ごめんください」
静寂の中、騎士が扉に声をかける。
薄暗い景色の中、辺りに誰もいないことを確認して、昨夜拾った黒い布を取り出す。
「開いてるから勝手に入ってくれ!」
レティシアは一人、静かに笑みを浮かべると、ゆっくりと扉を押し開けた。