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境界の魔女の遁走曲  作者: キクル
前奏:信仰を喰らう花の園
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影と鏡

「はぁー……」


 木の軋む音が鳴る、静かな旅館。

 受付に一人座る少女、トロワは大きなため息をついていた。


「暇だなー」


 ギルドならこの時間だって大忙しなのに……。

 今日は旅館の臨時バイト、お客も少なくやる事もない。


「……さっきの人、凄い格好してたなー。黒いコートに黒い帽子……完全に不審者だよ」


 あくびを噛み殺しながら、さっき旅館を訪れた黒いコートの男を思い出す。


「あのエンブレム、多分中央の人だよねー……女将さんも真面目な顔してたし……」


 紙切れにコートに付いていたエンブレムを描く。

 帝国は何かと黒い噂の絶えない場所だ。

 そんな場所の中央都市から来たとなれば面倒なことになるのは目に見えている。


「……まー考えても仕方ないか」


 なんとなく書いたエンブレムの絵をくしゃりと丸め、傍に置いたクッキーに手を伸ばす。


「んー!!」


 口に入れた瞬間、優しげな甘さが広がっていく。

 可愛らしい花の形をしたクッキーは、普段ギルドで食べているアン姉様の焼き菓子に匹敵する美味しさだ。


「……随分美味しそうに食べるわね」


「んふふーこのクッキーすごい美味しくて……あれ?」


 間の抜けた声を上げながら、目を開けると目の前に疲れた顔のシスターと笑みを浮かべた騎士が立っていた。


「す、すみません!」


「……別に気にしてないわ」


 どこか疲れた様子のシスターが口元だけで微笑む。


「えっと……もしかしてご予約のお客様、ですか?」


「ええ、ロザネラよ」


 差し出された身分証を受け取りながら慌てて名簿を確認するとすぐに名前が見つかった。


「は、はい、確認しました! ロザネラさんですね! こちらがお部屋の鍵です!」


「ありがとう」


「ありがとうございます」


 鍵を受け取り階段へ向かう2人を見送りながら、ふと身分証と騎士の鎧を思い出す。


「……教会のエンブレムに、王国の紋章……こりゃまた面倒そうな」


 再び大きなため息が、受付に溢れた。



「ここね」


 旅館2階、204号室。

 扉を開けると年季を感じつつも丁寧に整えられた部屋が広がっていた。

 二つのベッドに大きな姿見と机、そして窓の外には


「いい景色ですね」


「……」


 月と花が辺りを照らす幻想的な風景が広がっていた。


「ね? ちゃんといい部屋選んであげたんだから、感謝してほしいわ」


 ため息を吐きながら声のする方へ振り返ると大きな姿見が目に留まる。

 姿見の奥深くがゆっくり渦を巻いた後、魔女が姿を現した。


「魔女っていうのは暇なのかしら?」


「あなた達とは時間に対する見方が違うのよ」


 くすくすと笑いながら、魔女が首を傾ける。


「さてと、今回は改めて確認に来たの」


 魔女が指を鳴らすと部屋の景色が切り替わった。

 まるで空から覗き込むような村の景色が足元に映し出される。


「今回の仕事の目的は分かってるわよね?」


「ふふ、魔女の遺物を取り戻すこと……ですよね?」


 レティシアが微笑みながら答えると、魔女が満足げに頷いた。


「そう、この村のどこかにある魔女の遺物を回収すること、それが今回の仕事よ」


「前回はガセネタだったけど……今回は大丈夫なのよね?」


 じっと魔女の瞳を睨むと、魔女が余裕そうな笑みを浮かべる。


「今回は確かよ、だって」


 魔女が軽く指を鳴らすとバッグから一輪の花が飛び出してきた。

 村の外で取った小さな花が鏡の中へと吸い込まれる。


「ちょっと」


「……やっぱりね」


 鏡の中で魔女が花に手をかざすと花の光が強まった。


「この花、色々混ざってはいるけれど……私の魔力を帯びてるわ」


 魔女は手元の花を確認すると、それを軽く投げ返す。

 鏡の中から飛び出した花はふんわりと手元に収まった。


「……さっき感じた既視感はこれだったのね」


 ガラスの髪留めに軽く触れながら、小さくため息をつく。


「とにかく、魔女の遺物がこの村にあるのは間違いない、どんな手を使ってでも回収して」


「どんな手を使ってもね……」


 その言葉が含む意味は嫌というほど知っている。


魔女(私たち)の魔力はこの世界にとって毒よ、放っておけばこの村は侵食されて勝手に滅ぶわ」


 不気味な笑みを浮かべながら魔女が手元の花に視線を向ける。


「もちろんやり方は任せるけど……いざという時に選択を間違えないことね」


「…………」


 手元で淡く光る小さな花を見つめる。

 少し力を加えれば簡単に散るその花はまだ懸命に輝いている。


「分かってるわ」


 覚悟は、もう決まっている。

 自分の進む道は決して平和なものじゃない。

 例え誰を犠牲にしても進むしかないだろう。


「……ところでどこにあるか目星はついてるの? この村それなりに広いけど」


「もちろんよ、まずは」


 魔女の言葉を遮るように金属音が響き渡る。


「……レティシア?」


「…………」


 投げられたナイフがベランダの柵に突き刺さるのとほぼ同時に黒い影が飛び上がる。


「今のは……」


 ベランダに落ちた黒い布の切れ端をレティシアが拾い上げる。


「……どうやら盗み聞きされてたみたいですね」


 レティシアから差し出された黒い布を受け取る。


「何これ……とんでもないわね」


 何重にもかけられた複雑な魔法。

 明らかに特殊な装備を前に思わず言葉が漏れてしまう。


「よく気づいたわね。私ですら感知できなかったのに」


「ただの勘ですよ……ふふ、それにしても、盗み聞きなんて。一体どこの誰なんでしょうね?」


 深まる夜の闇の中、レティシアは口元に鋭い笑みを浮かべていた。

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