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境界の魔女の遁走曲  作者: キクル
前奏:信仰を喰らう花の園
2/14

白と赤

 祈咲村(キサキムラ)

 帝国領の山間部に位置するこの村では、花神と呼ばれる神を信仰する人々が穏やかに暮らしている。

 バスの窓から見えた淡い光のせいか、どこか神秘的な雰囲気を感じる。


「……これは……花?」


 淡い光の正体は、小さな花のようだ。

 ひとつ摘み取ってみると、微弱ながら魔力を帯びているのがわかる。


(この感じ……どこかで)


「ロザネラさん、何やってるんですかー?」

「……何でもないわ」


 花をバッグにしまい、レティシアの待つ村の入り口へ向かう。


「何か気になるものでも?」

「……少しね」


 見透かすようなレティシアの視線を避け、歩みを進める。

 確証がない以上、余計な情報は伝えない方がいい。


「それにしても……随分、人が多いのね」


 夜遅くにもかかわらず、村の中は活気に満ちていた。

 至る所に並ぶ出店や屋台には、美味しそうな食べ物や花を使った工芸品が並んでいる。

 よく見ると、照明や建物の装飾にもあの光る花が使われているようだ。


「どうやら有名な観光地のようですね」

「そのパンフレット、どこから持ってきたのよ……」

「ふふっ」


 含みのある笑みを浮かべるレティシアからパンフレットを受け取り、中を見ると、祈咲村が数ページにわたって特集されていた。


「旅館や教会はわかるけど……資料館まであるのね」


 様々な施設やおすすめスポットの情報を流し見していくと、村長のインタビューページに辿り着いた。


「観光地として有名になったのは、その村長のおかげみたいですよ」


 記事によると、前村長が亡くなってからわずか三年で、ここまでの観光地へと発展させたらしい。

 あまり興味はないが、相当優秀な人物なのだろう。


「そう……ん?」


 パンフレットを閉じると、古びた白い教会が目に留まった。


「ロザネラさん?」


 丁寧に管理されたその教会には、至る所に植物やエルフのレリーフが施されている。

 閉ざされた扉には、今は失われた世界樹らしきものが描かれていた。


「…………」


 教会に良い思い出はない。

 目を閉じれば、あの声がまた聞こえてくる。

 許しを乞う声、復讐を誓う声、泣き叫ぶ声……渦巻く様々な感情の声。

 それは、私ではない「私」の――。


「どうかされましたか?」


 突然の声に我に返る。

 振り返ると、そこには赤い瞳に白い髪の小柄なシスターが立っていた。


「……ごめんなさい、邪魔だったかしら」

「いいえ。ずいぶん熱心に教会を見ていらしたので、つい声をかけてしまっただけですよ」


 穏やかな微笑みとともに、深紅の瞳が真っ直ぐこちらを見つめている。


「こちらこそ。巡礼の邪魔になってしまってはいないでしょうか?」

「巡礼? ……ああ、そういうこと」


 言われてようやく、自分の服装を思い出す。

 シスターとしての資格はすでに失われているが、装いは当時と変わっていない。

 見知らぬシスターが教会を訪れれば、巡礼と思われても不思議はない。


「あなたは、ここのシスター?」

「いいえ。ここは気難しー神父様が一人で管理されてますよ。私は……居候といったところですね」


 重苦しい教会の扉を見つめながら、小柄なシスターがため息混じりに笑う。


「よその魔女様の教会にいるのは少し気が引けますけど、知り合いがあの神父様しかいませんからね」

「そう……」


 どこか寂しげに微笑みながら、シスターは扉をそっと撫でる。


「そういえば、先ほどからこちらを見ている騎士様がいらっしゃいますが……お知り合いですか?」


 視線の先を見ると、少し離れたところからレティシアがじっとこちらを見つめていた。


「はぁ……そろそろ行かないと」

「あら、残念……もっといろいろお話ししたかったのですが」

「……この村にはしばらく滞在するから、また会えるわ」

「ふふっ、そうですか。では、その時を楽しみにしてますね」

「ええ……それじゃあ」


 笑みを浮かべるシスターに別れを告げ、レティシアのもとへ向かう。


「……勝手に行って悪かったわ……レティシア?」

「…………」


 こちらのことなど見えていないかのように、レティシアは教会をじっと見つめている。

 その表情はどこか真剣だ。


「どうかしたの?」

「…………いいえ、なんでもないですよ」


 数秒の沈黙の後、いつもの笑みを浮かべてレティシアが歩き出す。


「それより早く旅館に行きませんか? お腹空いちゃいまして」

「……そうね。行きましょうか」


 気になることはいくつかあるが、夜も遅い。

 これ以上の探索は控えるべきだろう。

 旅館に向かって歩き出しながら、もう一度教会の方を振り返る。

 ――すでに、あの小柄なシスターの姿はなかった。


(そういえば……名前、聞くの忘れてたわね)


 月と花の明かりに照らされながら、二人は教会を後にした。

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