第8話 壁に耳あり壁に線あり
仕事場だけでなく、家に帰ってからも、私は考えていました。
エルグレン王子は、手紙はきちんと書けるお方。
なのに実際に話すとなると、どうしてあんなに変わってしまうのでしょう。
単に話すと緊張してしまうのかもしれません。
でも、本当にそれだけ……? 何か、私がまだ知らない秘密が、彼にはあるのかもしれません。
「何が考えられるのでしょうか……」
私は洗い物をしながら、一人首を傾げる。
単に人と関わるのに慣れていないから。だとしたら、時間が解決してくれるでしょうけど。
もし、まだ別の何かがあって、それが彼とのコミュニケーションを妨げているとしたら。
「それは何になるんでしょう……?」
トゥイールは、解呪が成功したと言っていましたし、他に王子に術式があれば気づくはず。
だとしたら、何でしょう……。
やっぱり単に変な方なのかもしれません。その可能性を全力で潰したいだけなのかも。
いえ、あの手紙が書けるのだから、何か事情がありそうです。その可能性を、やはり考えなくては。
私はしばらく考え込んでいましたが、これと言った案は浮かばず、そのまま翌日を迎えることとなりました。
「殿下、おはようございます!」
今日も晴天だというのに、相変わらず真っ暗な部屋。まあ、夜はカーテンを閉めるのは当たり前なんですけど、開けるという習慣はないんでしょうか。
カーテンを開け放ち、王子の姿を探す。ここまでは、昨日と一緒です。
今日も解析魔法で、王子の姿を探していると。
「あれ……?」
天井に、何やら不思議な線が描かれています。何やらとても大きい模様のようで、部屋中に張り巡らされていました。
これってもしかして……。
「魔法陣?」
本人にかけられた術だけでなく、この部屋にも何かかけられている?
空間にかける魔法は確かにありますし、それを悪意を持って作ることも、確かにできるかもしれません。
複雑な模様。私の解析技術では、特定の人物をここに留める魔法式だということぐらいまでしかわかりません。他にもいくつかの効果を込めているようなので、調べてみる必要がありそうです。
空間魔法に関してトゥイールは専門ではないので、私は別の専門家に相談してみることにしました。
現在留学中の空間魔法のエキスパート。彼とは、私が起業し始めた頃に知り合い、親しい時期もありましたが、お互い目指す道が違うということで離れたのですが、交友は今でもあります。
いつでも呼びたい時に呼んで欲しいと渡されたベルがあり、それを鳴らすと彼はどこからともなく転送魔法で飛んで来てくれたものです。
多分今も外国にいるはずですし、鳴らして来てくれるかはわかりませんが……。
聞くなら彼が適任でしょう。
私はそのベルを持って近くの公園に行き、ベルを鳴らしてみることにしました。
ちりんちりん。
ベルは小さな音をたてて鳴り響きます。赤いリボンが巻いてあるだけの、普通のベルです。
やはり今は鳴らしても来ないですよね……別の連絡手段を考えなければと思っていた、その時。
「呼んだ?」
いきなり目の前に、青い髪にスーツ、その上に白衣を着た男性が現れました。
さわやかな笑顔を浮かべ、背の高い好青年という感じの彼、ジェイド・エイランは何かの途中だったのか、片手にファイルを持っていました。
「お忙しい中ありがとう」
「ちょうど発表が終わったところだから、構わないよ」
「今どちらにいたんですか?」
「サウザ王国の魔道研究所というところだよ。あそこは魔道具の研究が、世界で一番進んでいるからね」
「それはすごいですね」
「そういう君こそ、本がまた売れているらしいじゃないか。サウザの本屋でもランキング一位になっていたよ」
私たちは互いを見て笑い合いました。
彼は変わらない。あの頃のまま、親しかった頃のままのようです。
それを少し懐かしく思ったところで。
「ただ世間話をするために呼び出したわけじゃないだろう? 何かあったのか?」
私は彼に事情を話すことにしました。