第4話 持つべきは優しい友
結局その日もまともに仕事にならなかったものの、報告書をまとめ終えた私は、昨日同様バーに向かいました。
もしかしたら、昨日の方がいるかもしれない、そう思って。
「あら、昨日は大丈夫だった?」
おばさまに明るく聞かれながら、私は店内を見回しました。
すると奥のところで、昨日の赤い髪の男性がお酒を飲んでいるではないですか。
「すみません! お話伺っても良いですか?」
私がその男性に詰め寄ると、怪訝な顔をされてしまいました。まあ、それは仕方ないとして。
「昨日はありがとうございました! 呪術に詳しかったりするんでしょうか?」
私は全力前のめりで尋ねる。
「別に、呪術だけでなく魔法全般それなりに詳しいですけど……」
その勢いに気圧されたのか、体がちょっと後方に傾いていますが、話を続けます。
「解くとまずい呪術というものは、あるのでしょうか?」
私はメモを取り出し、彼に話を伺うことにしました。
「解くとまずいものは無いはずですが、解いた際に、解いた人に跳ね返るタイプのものはありますよ」
「解いた人に跳ね返るのですか」
「ええ。かけられた年数やダメージなどが溜まっているせいで、解いた相手に強力なダメージになる場合があります。不可避なので、大変危険です」
「そうですか」
もしかすると、王子はそのことを気にかけていらっしゃったのかも。
「どうしたらそれでも解くことができるのでしょうか?」
「僕は呪術が専門ではないので、詳しい人に聞いてみた方が良いですよ」
そう言うと、男性はすっと立ち上がりました。
待って、まだ話が!
「あ、申し遅れました。私、シエラ・キャリエンと申します。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「名乗るほどの者ではないですよ。失礼します」
お代をテーブルの上に置くと、彼は逃げるように影に溶けて消えました。
「実はすごい魔法使いなのでしょうか……」
「さあねぇ。うちには時々、今みたいなお客さんが来るんだよねぇ」
おばさまはそう言って、お代を回収していきました。
◆ ◆ ◆
呪術は基本的に使用禁止とされているので、専門にしている人など表立ってはいません。
誰がどうやってかけたのか?
王子がまともに会話できない状態なのは、呪術によるものなのか?
誰がかけたかがわかれば、安全に解呪することもできるのか?
そんな疑問が思い浮かび、これはむしろメンターである私よりも、別の担当ジャンルなのではないかと思い始めていました。厄介事を他に押し付けることができる……ではなく、協力してもらうことで解決できるかもしれません。
かと言ってまだ仮説の段階で、大事にするわけにもいかないですし、詳しい人に話を聞く必要がありました。
解呪に詳しい人ということで、心当たりがあるとすれば。
そう考え、私は町はずれの高台にある医院に来ていました。
魔法学校時代の友人で、代々魔法医師をしている家系の彼、トゥイール・リディエンに話を伺うためです。
「やあ。仕事は順調?」
午前の患者を診終えた彼、トゥイールは、そう言ってにこやかな笑みを浮かべました。
やわらかな若草色の髪に、同色の瞳。すらりとした手足に白衣。いつ見てもにこやかそうなやわらかな笑みを浮かべる彼は、今日も穏やかな様子で私に座るよう勧めます。
「今日は体調でも悪いの?」
「実は、解呪の魔法で困っていまして」
「君が?」
「いえ、とある方が、ちょっと解呪が必要みたいで」
私は誰とは言わず、簡単にこれまでの経緯を説明することにしました。
「火花が散るってだけでは、わかりそうにないなあ。魔法式を見てみないと」
「あ、魔法式は再現できます」
「描くと実行されちゃうよ。相変わらずすごい記憶力だね。直接見に行こうか?」
「良いのですか?」
トゥイールは忙しいですし、頭も切れるので、こんな厄介そうな話に協力してくれると思っていなかったので、思わずそう尋ねました。
「その調子じゃ、高貴な方の厄介な話みたいだし。他に引き受ける医者なんていないでしょ」
「ありがとうございます!」
そうして私は、解呪に詳しいトゥイールを連れ、王子のもとに向かうことになったのです。