第2話 その王子、火花の如く
王子の部屋の扉が開くなり、ここは地の果てかと思うほどの異臭が鼻をさしました。
仮にも王宮、専属の清掃スタッフも山ほどいるはず。それにも関わらずこの強力な臭い。これは、これだけでなかなか大変かもしれません。
部屋の中は、通路とは異なり真っ暗。
窓という窓のカーテンはびっしりと閉められ、王子がそうしたのか、壁中に穴や燃えたような跡が。辺りには物が散乱し、足の踏み場もないほど。美しい王宮の中で、ある意味別世界でした。
そうした部屋の汚さに気を取られ過ぎて、肝心の王子をなかなか見つけきれずにいました。とにかくまずは王子にご挨拶をしないと。
「エルグレン殿下!」
呼んではみるものの、殿下からの返事はなく。
まさか何かあったのではと思い、リドーの方を振り返ると。
「殿下はどこかに隠れていらっしゃると思いますので、見つけ出してください」
などとおっしゃる。
お隠れになっているならば、みんなで宴でも開かなければならないのかしらなどと現実逃避をしつつ、異臭漂う中、私はひとまずカーテンを開け、窓を開けてみることにしました。
だって、臭いんですもの!
とにかく冷静になるには、明るさと新鮮な空気が何より必要。
カーテンを開け放ち、窓を開けると、中庭の美しい景色が目に飛び込んできました。
どうしてこんな美しい景色が見えるのに、こんなにも開けようとしないのでしょう。しばらくの間開けられていなかったのか、鍵のところには埃まで積もっていました。
私がそうやってカーテンを開け続けていると。
ごそっ。
分厚く重厚なカーテンの下の方で、何かが動く気配が。
まさか……。
「エルグレン殿下……?」
まさか、猫じゃあるまいし……。
私がカーテンに触れると。
「さっ、触るな!!」
大きな、でも裏声の入った緊張した声。
どうやら本当に殿下がいらっしゃったようです。
私は勢いよくカーテンをのけて、殿下のお姿を拝見することにしました。この頃には、他のカーテンはことごとく開け放たれており、さんさんと日差しが部屋に降り注いでいます。
カーテンにくるまって隠れようとする、齢25歳の男性……見た目は少し年下のようにも見えますが、そういう年齢のことはこの際考えないことにするとして。
「お初にお目にかかります。今日から殿下のメンターを任されました、シエラ・キャリエンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「あなたは……」
王子はまるで、眩しいものでも見るかのように目を細めて、まじまじと私を見ました。
「まずはこの部屋をどうにかしましょう。このままでは、お体に障ります」
「離れろ!!」
次の瞬間でした。
王子から、バチバチと電気のような火花が、猛烈な勢いで辺りに弾けるではありませんか。私は咄嗟に防御魔法を展開し、その火花を防ぎましたが、これは大抵の魔法使いでは、一発で大怪我レベル。一応これでも魔法学校主席なので、防御魔法は最低限出来ます。
「だ、大丈夫……?」
王子は心配そうにそう言ってきました。自分でやっておきながら、とは思いつつも、その狼狽える様子を見て、思わず聞き返します。
「殿下は大丈夫ですか?」
私は王子の顔をまじまじと見ました。
伸び放題のくしゃくしゃの金色の髪に、真っ白な肌。細くすらりとした体に、楽を極めた寝間着姿。私の言葉を聞いてなのか、エメラルドグリーンの瞳から、ぽろぽろと涙が溢れるではありませんか。
情緒不安定の極み! いえ、今はそれどころではないですね。
「殿下……」
「帰ってくれ!」
次の瞬間でした。
まるで大爆発でも起こしたかのように、強力な火花の魔法が展開されました。
私はまたも防御魔法を素早く展開し、何とかそれを防いだものの。
部屋の中は丸焦げの大惨事。
これ、私のせいじゃないですと、声高らかに言いたいです。
それにしても、この調子では話すこともままならない。
一体どうしたら。
これでは誰も立ち入らない、話にも上げられないはずです。
強力な魔法とヒステリー。
うーん、今日のところはご挨拶のみにして、帰ってもいいでしょうか。
そう思っていると。
どさっ。
王子が意識を失い、倒れてしまいました。
「ど、どうしましょう。リドー!」
部屋からすっかり姿を消していたリドーに、助けを求めましょう。そうしましょう。
しかし、リドーの返事はなく。
私は仕方なく、おそるおそる王子に近づいてみました。
よく見ると、とても美しい顔をした、綺麗な方のようです。こんな異臭ヒステリックな状況でなければ、ステキな王子様であったに違いありません。
「殿下、大丈夫ですか?」
どうやら完全に気絶してしまっているようです。何なら、白目をむいているのがちょっと見えて軽く引く。
これ、私はどうしたらいいんでしょう? これでメンターの仕事ができていないと言われて処刑とか、勘弁して欲しい……。
私は風魔法で王子を持ち上げ、少し離れたベッドに運ぶことにしました。
「落ち着きましたか?」
王子をベッドに横にしたところで、ようやくリドーが入ってきました。確信犯ですね、彼。
「大丈夫なんでしょうか」
「いつものことなので、お気になさらず」
「ですが……」
「今日はこれで帰っていただいて結構ですよ。また明日いらしてください」
そうにこやかに言われ、私も一応にこやかな笑みを返します。
まったく仕事をしていないと思われても困るので、私は一応持って来ていた自著を王子の枕元に置き、帰ることに。
あー、もうホント、どうしましょう!!