第1話 きつい人生を生き抜いて
幼き日に見た王子の肖像画には、それはそれは美しい少年が描かれていて、とても素敵な方なのだろうと思いを馳せたものです。
だけど。
「殿下!! ベッドから出て来てください!! って、いない!? どこ!? 何でベッドの下に隠れているんですか!!」
私はベッドの下で猫のように丸くなっている王子を引っ張り出そうとします。早くしないと、この後の用事に間に合わない!
「殿下!! どうか私のために、体裁だけでも頑張ってください!!」
そんな妥協案を聞いてくれるようなお方では、当然なく。
私は今日も、王子のメンターとして、頭を悩ませているのです。
◆ ◆ ◆
お初にお目にかかります。私、シエラ・キャリエンと申します。
これまで、何かと大変な日々を送ってきました。
イスト王国に生まれ、幼い頃から病弱で、大病を患い三度の手術。生きるか死ぬかの瀬戸際を彷徨いながらも、私が書いていた両親への手紙を見た世界的権威の医師が名乗りを上げてくださり、一命をとりとめる経験をしました。
けれどもその数年後、両親は先の魔法大戦で永遠の別れが。日々泣き崩れる私に、親戚である義理の両親は優しかったものの、急激な環境の変化の中、いつまでも泣いてはいられない状況に、一人奮起しました。
義理の両親は私に、一流の学問を身につけさせたいと考えてくれたのは良かったのですが、要求される魔法学校での勉強水準の高さに、日々大苦戦。様々な勉強法を編み出し、ついに劣等生から学年主席に。
また在学中、義理の両親の金銭的負担をどうにかしたいと一念発起、起業した結果、世界の若手実業家100人に名を連ねるほどの成功を収めたものの、22歳で病を患い余命1年と言われ、会社を売却。闘病中、今までの経験を残そうと思い書いた本が、まさかのベストセラーに。奇跡的に病気も完治し、25歳の現在、執筆と講演活動で生計を立て、多くの人を励ますメンターとして、成功しつつありました。
そんな、それなりに順風満帆な日々を送っている、はずだったのですが、ここにきてまさかの依頼が舞い込んできたのです。
【シエラ・キャリエンに第二王子エルグレン・イストのメンターの任を命ずる。】
私の自己啓発本に感化されてしまったらしい国王からの、絶対断れない感じのいきなりの依頼文が届いてしまったのです。
いやいやいやいや、ちょっと待って! これ、失敗したら、社会的に抹消されるやつでしょ? 何なら本当に消されるやつでしょ? どうにかして断らないと!
かと言って、国王の依頼を断れるような別件など、あるはずもなく。この仕事で生活していかなければいけない以上、適当な理由をつけて断ることもできません。荷が重いと断れば、最近ついてきた「世界的メンター」というもったいない限りの通り名が地に落ちてしまう……まあ、それはいいんですが、国王からの依頼を断って、この仕事を続けていくことなどできるはずもなく、ようやく手にした生きる術を失ってしまいます。
有名になってしまったがために、まさかこんなことになるなんて。
「何事にも、全力で前のめり」
そう心に決め、目の前のこと一つ一つに全力で向き合ってきました。ここでそのポリシーを変えることなど、あってはならないと思うのです。
道が二つあるならば、常に難しい方の道を選び、自分の運命からの挑戦状を受けとると決め、ここまで生きてきました。ここで逃げては、私ではない。
「お受けしましょう」
そうして私は、王子様のメンターになったのです。
◆ ◆ ◆
何事も始めが肝心。
私は真っ白のスーツを着て、夕日のようなオレンジ色の長い髪を、後ろできゅっと束ねると、「今日も絶対うまくいく」と何度も自分に言い聞かせて王宮へと向かいました。
馬車から降りて見上げた王宮は、門からすでに威圧的で、その荘厳さに改めて恐ろしさを感じたものの、相手も所詮人間と思い直し、私は堂々と乗り込むことにしました。
案内された王の間で、国王との謁見を待ちます。
現れた国王は忙しい合間を縫って私に時間を作ってくれたようでした。
「息子をよろしく頼みます」
「かしこまりました」
正直まだ断りたいなんて思う気持ちが顔を出しましたが、そこは理性でねじ伏せます。
その後、第二王子専属の執事が私を王子の部屋に案内してくださることになりました。
黒いやわらかな髪、すらりと鍛えられた体躯の30歳ぐらいの彼は、私のペースなどお構いなしにすたすたと歩いていきます。
「不躾な質問で申し訳ございません。エルグレン王子はどのような方なのでしょうか」
私はリドーと名乗ったその執事に、思わず尋ねました。
何せ、王子の情報がまったくないのです。
幼い頃の肖像画を拝見したことはあったものの、現在の姿は見たことがありません。同い年の、とても美しい方だったと記憶していますが、肖像画なので似ているかわかりませんし、その後どうされているかもまったく情報がありません。ご病気なのか、何か理由があるのか、王子に関する話はタブーとされ、社交界にも姿を現さないと聞いています。
謎に包まれたお方。
だからこそ、事前に少しでも知りたかったのです。
「どのような方、とは?」
「メンターを依頼されましたので、特にどういった点にお力添えすれば良いのかと」
「そうですね……」
リドーは少し考えるように間を置いて。
「全部ですよ」
「全部?」
リドーはそれ以上余計なことを言いたくなかったようで、黙り込んでしまいました。
「こちらです」
彼がようやく口を開いた時には、王子の部屋の前でした。
「殿下。先生をお呼びしました」
先生と言われ、少し緊張。
けれどしばらく待っても、何の返事もありません。
「いつものことですので、このままお入りください」
「ですが……」
「返事を待っていては、いつまでも入れません。王の許可は下りております。お気になさらずお入りください。あと、くれぐれも王子にはご注意を」
そう言うと、リドーは強引に扉を押し開けました。