夜会でいつまでも食べ始めないでしゃべってばっかりのやつ
それから幾日も過ぎていった。
ノワールとは親交を深め、縄張りも全て案内をし終えて二匹で共用となり、毎日見回りを終えてからはともに過ごしている。これに少しばかり寂しそうにしているシアンを見てからは、反省して会う頻度を減らしたくらいの熱量での過ごしかたであった。リリアのほうも寂しがっていたようである。お互い、ご主人のことを優先しようと決めて鼻をくっつけて挨拶しあった。
再び城での夜会が開催され、その場には私の知っているものたちも多く集まっている。夜会では私にも特別美味しい食事が出るので楽しみにしていたものだ。これは街の猫たちでは知り得ない素晴らしい行事である。
はじめての夜会に落ち着きを失い、人間が多く集まっているところを見ているノワールに注意を促していると、彼は人懐こい性質であるというのに私にぴったりとくっついて頭を低くした。あまりにも人間の数が多いと逆に気圧されてしまい、怖くなってしまったらしい。尻尾を絡めて美味しいご飯が食べられるということを教えてやりながら気を逸らしてやると、それだけで安心して恐怖を忘れてしまうのだからなんと可愛らしいことだろうか。
さて、夜会のはじまりの時間になり、一番偉そうな席に座っているものが喋りだす。くどくどと長い話をするのはいつものことであるが、なぜ人間というものはあのように話ばかり長引かせて早く食事をしようとしないのであろうか。形式だからと私たちの前にもまだ食事は置かれていない。
人間たちはグラスを持って偉そうな人間を眺めて待機している。
そうして私が何度かあくびをして、ノワールが飽きて寝そべってしまった頃にようやく皆がグラスを掲げて乾杯の声があがった。順序よく私たちの前にも豪華な食事が用意され、ノワールとともに歓談しながら食事を楽しむ。
それからしばらく経ってからであった。なにやら前回のときと同じように、何事かが起こっているらしい。途中まで話を全く聞いていなかったので経緯は分からないが、どうやら聖女ミリアがどうしてシアンも夜会に参加しているのかと突っかかっていったらしい。それをきっかけにして第四王子とやらのレオルが庇い、レオルに対していつもの嘘を並べ立てていたミリアがニール王子に助けを求めて手を振り払われている。
「……え? ニール……?」
「あ……」
ニールは思わずやってしまったという顔をしていた。情けない顔をへにゃりと歪ませて泣きそうな顔をしている。あの顔は、恐らくこうだ。『せっかく聖女を利用してシアンから逃げたというのに、こんな風に聖女からの接触を公の場でしてしまったらシアンのことだから都合の良いように解釈するに違いない』……とかだろう。残念ながらそのようなボロを出さずとも、我がご主人は最初から裏切られたなどとは思っていない。
「ニール様は、はじめからわたくしを信じてくださっていました。あなたに味方をしていたのは、全て冤罪の証拠を集めるためでしたわ。わたくし、知っておりましたの」
「え……え!?」
これに追撃をかけるのは我がご主人である。ニールのほうも驚愕でお口があんぐり。王子とは思えぬ醜態に、私はくすくすと笑ってそのざまを眺める。ノワールはこのような汚れた大人の世界には興味がないようで、完全に無視を決め込んで食事を楽しんでいる。私が気になるのか、尾を触れさせてくるので気にしなくても良いことだけを伝えて私はそのまま観戦の方向で楽しむことにした。食事を楽しむことも忘れてはいないいが。
「はあ!? なにを言っているのですか。あたしはあんたにいじめられてて……」
言葉が取り繕いきれていないあたりに彼女の焦りを感じとることができる。
がなり立てるミリアと我がご主人のやりとりはあくびが出るほど退屈なものではあったが、実に単純だ。ミリアの主張はほとんど口だけであることと、使い魔に見回りをして集めた証拠の風景を魔法で見ることが可能であること。これだけである。使い魔の話は初耳だったが、確かに彼女はニール相手にも使い魔の下級精霊を遣わせて様々な情報を手に入れている。ニール以外にやらぬ道理もない。
「じゃ、じゃあ私のドレスが引き裂かれていたのはどういうことでしょうか!? それも、何度も何度も! 下町で育っていた頃の大切なお洋服だって台無しにされているのですよ!?」
「おかわいそうに。覚えていらっしゃらないの? なら、思い出せるようにドレスやお洋服が駄目になった際の映像をご覧にいれてみせましょう。その場面もわたくしの使い魔は目撃しておりますから」
映し出されたのは豊かな胸を「ふんっ!」と言いながら張って、ギチギチと洋服が悲鳴をあげているところだ。そして、力を抜いたミリアはボタンが弾け飛ばないことに不満の言葉を漏らしながら「一回で弾け飛んでニールを誘惑できなきゃ意味ないのよ」と自身の手でボタンを千切り取る。脱いでは簡易的な糸で繕い直し、着直して調整を続ける。
「そしてこちらがその日の彼女とニールの様子でございますの」
ニールを発見したミリアが走っていき、目の前でボタンが弾け飛び頬を赤くする様子が映されている。まるでリスが己の隠した木の実を暴かれて混乱するようにミリアは体を震わせた。しかし、それだけで映像は終わらない。どうやら大事な部分だけを繋げているようで、仕立てられたドレスを気に入らないと自身の手で引き裂いてしまったり、魔法で切り裂いてから廃棄の理由に「いじめでされた」と嘘をついていたようなのである。そも、魔法で切り裂くならまだしも、素手で千切り裂いている場面もあり、ニールは化け物でも見るような目で彼女を先ほどから見つめている。
実に愉快ではあるが、強いメスはなかなかに見どころがある。つくづく彼女は残念だ。あれで我がご主人を貶めようとしなければ冒険者か騎士か、それとも護衛辺りの仕事について手柄をあげることだって容易にできたのではないかと思う。そうなれば顔の良いオスには引くて数多でモテただろう。強い子を残すためにはオスも強いメスを求めるものであるからだ。そう、ノワールが私を躊躇なく選び、私もそれを了承したように。
また、彼女が下町で癇癪を起こす様子や、人知れず交尾しているらしき見覚えのある場面もいくつかあった。ドア越しの声だけではあるが、数種類。そして急に扉が開いて驚くミリアとどこぞの騎士の場面も。これには本当に身に覚えがある。どうやら私にも映像記録用の魔法がかかっていたらしい。
つまり、ニールの話や第四王子の話も我がご主人には筒抜けになっている可能性があるのだが……その手の話はどうやら出さぬようだ。もしかしたら、全ての時間を監視されているわけではなく、たまたまそのとき取れた記録を採用されているだけかもしれないが。ニールの主張を知っているのであればさすがに彼女もなにかしら思うところくらいできるであろうし。あの話を聞いて己の執着が強すぎる所業を省みていないところを見るに、恐らくはたまたまだ。あれを知っているのに素知らぬふりで盲目的に愛を注ぎ続けているならばいよいよ私でもヤバ女どころではないと引くところだ。
真っ白になったり、真っ青になったり、真っ赤になったりしながらミリアはなにか言おうとしていたが、こうまで証拠を集められていると上手く言い訳が見つからないのであろう。証拠のいくつかは言い寄られている第四王子による映像もあり、いまだに悪行が続いていることが指摘される。それも、王子に手を出そうとしている状況で他国の大使に色目を使うなど国際問題になりかねないとのことだ。国同士というのはなかなかどうして面倒臭いしがらみばかりがあるものだ。まあ、群れる野生のものどもでも、群れの中のメスが他の群れのオスの子でも身篭ろうものなら、産まれてきた子はリーダーの餌になるだろうがな。
さて、第四王子のレオルとやらはしっかりと我がご主人の役に立ってくれたようだ。
これで打ち止めであろうか?
ミリアを見ると、俯いて体を震わせている。よく見ればボロボロと床に涙が滑り落ちて染みになっていくのが分かった。この後に及んで、自身の悪行を暴かれてさめざめと泣くことを選んだのだろうか。
しかし、違うと分かったのはすぐであった。
私の優秀な耳が彼女の怨嗟の声を聞き取った。それは恐らく、あの第四王子もそうだったのであろう。証拠を突きつけミリアに対峙していた我がご主人の前に躍り出る。
「全然上手く行かない。どうして? どうして? どうして……どうしてどうしてどうしてどうしてどうして、どうして! あたしはただ、幸せになりたいだけなのに!」
瞬間、爆発的な魔力の波がミリアから放たれた。
本日は午後22時頃にも投稿があります。