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第四王子とかいう他国の半分同胞っぽいやつ

 あのあと、昼寝から目覚めた私とノワールは城中を走り回って心ゆくまで遊び回った。


 城の中を丁寧に案内してやりながらネズミたちの噂話を聞いたり、人間に上手にねだる声のかけかたを伝授したり、開くことのできる扉の開けかたを教え、実際に跳躍して開けることができるようになるまで見守ったり、使われていない部屋の中に見つけた巨大な真っ黒い芋虫のようなものを威嚇ひとつで消し炭にしてやったり、大変楽しい時間を過ごすことができたと言える。


 特に大きな芋虫を消し炭にした際には、ノワールにはできないことであったためか歓声を上げた彼に興奮気味に褒められたりなどして気分が良い。見回りの際にはこうして人間が管理しきれていない場所の大きな獲物を狩ることも私の役目である。日の当たらない暗い澱みにはよく湧き出てくるので、奴らで遊んで片付けるのも日課のひとつだ。

 しかし、ノワールもコツを教えてやれば私とは違うやりかたで応戦することができていたため、教え甲斐があるというものだ。やはり無闇に追い出しにかからず正解だったと言えるだろう。私一匹では手が回らないところがどうしても発生してしまう。城の中で生活をしていた際は我がご主人……シアンも手を貸してくれていたのだが、今は石の塔に閉じこもっているのでそれもできない。


 私に向かって喋り続けるリリアの話を流し聞いたところ、本来はミリアこそが聖女としてこのようなフノヨドミ? とやらを片付ける役目があるそうだが、むしろ今は彼女の態度やらで発生頻度が上昇しているようなことを言っていた。まったくいい迷惑である。


 そうして一日中二匹で城の中を全て見回るように遊び回ってからノワールを部屋に送り届け、ノワールが覚えた影をぐにょぐにょするやつを披露して見せればリリアはとても驚いて、そして喜んでいた。ノワールも褒められて嬉しそうにしていたし、私自身も「ご教示ありがとうございました」と礼を言われたので悪い気はしない。見回りの手が増えてこちらとしても喜ばしいことである。彼と行動するのは不快ではないし、私たちが二匹いればただでさえ美しく、賢く偉い猫であるというのに、そこに強さまで加わるのである。

 他所のオスに誘いを受けていたときなどはこのような気持ちになることはなかったので、いつまでもシアンがニールに熱をあげる気持ちが理解できていなかったが、なるほど。これがシアンの感じたものなのかもしれぬ。私もノワールに褒められたり、一緒に過ごすのは良い気分になる。ずっと一匹で生きていくものだと考えていたが、シアンを守ってやれる城の守り手が増えるならば(つがい)を持つのも悪くはないのかもしれないと思えてきた。


 今日は城の中で湧いていたものをあらかた狩り尽くすことができたので、明日は街へ二匹で赴いて明るい市街地の案内と他の猫たちへの挨拶回り、それから魔物の発生頻度の高い場所を教えてまわることにしよう。

 路地のような場所は彼の性格だとほいほい(かどわ)かされてしまいそうであるから、そちらは変わらず私が見回りを担当し、彼には明るい場所を見回ってもらう担当として任命するのである。一匹では一日で全てを見て回ることはできない。しかし、二匹いるのであれば手の回らぬ場所は徐々に減っていくであろう。全ては私の縄張りであるのだから、民草が不安に思うことのない生活を送れるようにしてやらねば。強きものには守ってやる義務があるのだ。


 さて、そうして楽しく一日を終えて石の塔に帰還すると、なにやら話し声が聞こえてくる。聞き覚えがあるようなないような声だ。王子の弟とは違うし、王子本人でもない。しかし、面識はあるような声色だ。カラカラに乾いたような軽い、そして熱い感じの雰囲気である。


 警戒しながらひょっこりと部屋に入ると、笑っているシアンの声がして警戒をとく。シアンが良いと判断したのならば私も寛容であるから、不審人物ではないであろう。

 しかし、シアンが幽閉されている真っ最中のこの塔に客人がそう何度も訪れるとは考えていなかった。

 シアンの元に駆け寄ってその膝に飛び乗ると、馴れ馴れしくも彼女の肩に手を置いていた人物が「うおっ」と言って体をのけ反らせる。

 浅黒い褐色肌でくすんだ黒鉄(くろがね)の髪をした、頭頂部に我が同胞と似たような耳と腰の辺りから長くて変な模様のある尾が生えている男だった。

 気配も同胞と近い。我がご主人やミリアのように人間であるのに別の種の特徴があるものもいるらしいとは聞いたことがあった。我々と先祖は同じであるが、シンカノカテイでうんたらかんたらと難しそうな話をしているのを聞いたことがある。獣人とかいうやつで、この国には存在しないが近くの国には存在するらしい。そんなものがなぜ我がご主人に会いに来ているのか、到底理解できなかった。


 しかし、我がご主人は私の次にではあるがとびきり美しい。そんな彼女を目当てに人が訪れることがないとは言えないであろう。


「びっくりした。おい、猫如きが俺様の逢引きの邪魔するんじゃねェ」

「嫌ですわ、レオル・ジャグリオン様。この子はわたくしの大切な子。冤罪の証明のご協力はありがたいお話ですが、この子を粗末に扱うというのでしたらそのお話はお受けできません」

「なっ、ぐっ……分かった。悪かったよ、猫」

「シャアッ!」


 無遠慮に手を伸ばしてきた男に私は耳を寝かせて牙を剥き出しにして威嚇をした。


「あぶねっ! シアン様……この無礼な猫をどうか宥めてはいただけませんか」


 魔物ではないようだから、消し炭にするあれはしないが、それでもこの私の頭に無遠慮に手を伸ばして触ろうとするなど論外である。

 冤罪の証明は我がご主人にとっては良い話なのであろうが、なぜかこの男は一目見たときから気に入らない。

 そも、無礼なのは男のほうであろう。私は威嚇音を鳴らしたまま頭を低くして足踏みをしながら男を見上げ続ける。そんな私の背をそっと撫で、跳躍を阻害するように私の前で手を組んだシアンが苦笑いをこぼしている。


「いけませんよ、スノーボールちゃん。はしたないわ。大丈夫、大丈夫」

「うぅ〜るるるるる……」


 しばらく睨み合いは続いた。しかし、相手が仕方なさそうに目を逸らしたことで私も視線を落として心を落ち着かせる。シアンの手を舐めてどかしてもらい、急いで気を落ち着けるために毛繕いをする。尻尾はもちろんぼわぼわなままだし、シアンの膝の上でステップを踏んでいたから全身の毛もぼわぼわだ。落ち着くために一心不乱に毛繕いをしている間、二人はなにか話していたようだが生憎私の耳に入るほどそちらに集中することはできなかった。


「スノーボールちゃん、そういうわけだから……しばらくこのかたも城の中に親善大使として滞在するそうだから、喧嘩はなさらないでね。他国の王子様なのですから」

「まあ王位継承権なんて遠い第四王子ですがねェ」


 最後のその言葉だけ捉えた耳がぴくりと動いて私は顔をあげる。なんですって!? 

 その驚愕の中には、一時的にとはいえこんなのと同じ城で暮らさなければならないのかという点ともうひとつ。こんな粗暴そうなものがニールと同じ王子という立場にあることがもうひとつあった。容姿はまあ、褒められるべきものであろうが、そもそも口調からして優雅さなどかけらもなく、私を下に見ているのが明確に分かるその態度がなにより気に食わない。あのニールでさえ気安い態度ではあるが、私にはしっかりと敬意を払っているというのに。誠に遺憾である。


 我がご主人を哀れなものを見るようにしているのだって気に食わない。ご主人もそのことに気づいていないとは……いや、彼女のことであるから、どうでも良い人物から向けられる感情には疎い可能性があるから、気付いていなくてもおかしくはないか。


「さて、シアン様。面会時間はもう終わりですから私は退散いたします。この猫も心を落ち着けたいことでしょう。またお会いに参りますので、私の提案のことをどうか考えていただけませんか?」

「ええ、もちろん。次の夜会までには終わらせることができるように、わたくしも動こうと考えていましたの」

「それは光栄だ。それでは、また」

「おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」



 背中を向けてから、シアンの目に入らないからか不機嫌さを尾で隠しもしない彼が退室する。私はその後をこっそりつけてみることにした。不審なことをしないかどうか気になったからである。我がご主人にとって良い関係になれぬ相手ならば、私が彼女を守ってやらねばならない。シアンは私の片割れで、私の全てだ。王子だって、彼女を守ってはやれない。ならば、私が動かねばならぬだろう。

 たとえ半分が同胞と同じ気配をしたものであっても、あの男も人間である。こっそり後をつけて歩く私には気づいていないようだった。

 やがて石の塔の下でお供と城の兵と合流し、庭を歩き始める。夜の冷たく、しかし静かで心地の良い時間帯だ。二人の兵は男とお供の執事らしきものを滞在しているのであろう部屋に送り届けてから他の兵と交代していった。


 私は兵士にも見つからぬよう少しばかり遠くで聞き耳を立てつつ、部屋の場所を把握して裏側にまわる。ちょうど樹木のある場所だ。兵士に見つからぬ場所から聞き耳をたてるより、窓の外側の樹上で話を聞くほうが近いであろう。


 音を立てぬように樹上へと登り、窓の外から中の様子を伺う。少し聞き取りづらいが、かの第四王子とやらは己の執事へ外の兵士に聞かれぬように愚痴を言っているようだった。第四王子とやらも獣人であるし、お供の執事も大きな三角の耳を持った獣人であるようだったから、兵士に聞こえぬように話すことなど簡単にできるのだろう。しかし、この私の耳はそんな小さな声でも聞き逃すことはない。高貴な猫は耳も優れているものである。


「でもよォ、フェニック。今がチャンスだろ。シアンはこの国の大切な精霊公女様だぜ。この国が豊かなのは幸運と幸福を呼び込む、神の祝福を受けた精霊公女がいるからだ。婚約破棄された彼女を俺が迎えれば、国だって豊かになるし、そんなすごい女を国に連れていくことができたら俺が王にだってなれるかもしれない。この、継承権のほぼない俺が!」

「素晴らしいお考えです、殿下」

「だって王様は功績主義だからなァ。国を一番幸せにできると確信できるものを次の王に選ぶって話だろ? きっと俺だって王になれる。次の夜会で冤罪をとくって言ってたから、そのために味方して尽くしてみようと思う。真摯に彼女を信じて行動したんなら、きっと……好きになってくれるはずだ。ニール王子にはほとほと愛想を尽かしてるだろうからな。この国にいるより、そのほうがシアン様もきっと幸せになれる」

「もちろん、殿下はお優しく麗しいおかたですからね。寂しい心には染み渡ることでしょう」

「そうだろ? それで、ライオンでもない、ジャガーでもない。中途半端な俺が獣人の王になる。そうしたら、きっと混血の他の奴らだって差別されなくなるんだ。そうしてみせる。差別のない、理想の豊かな国に!」


 そのあたりで私は樹上から飛び降りた。

 その後も恐らく太鼓持ちの執事による称賛の言葉が続くだけであろう。


 しかし、彼の目的は分かった。知らぬ部分も多いが、どうやら随分と出生で苦労しているようだ。シアンのことを哀れには思っているのであろう。同情もしているのだろう。しかし、彼女のことを侮っていることには違いない。そして、シアンがニール王子をいまだに想い続けていることも知らないようだ。本気で自分といたほうが幸せになれると考えているとは思うのだが、その計画は実にお粗末なものである。

 そもそも、ニールの言っていた「不幸になるとだんだん翼が大きくなって鳥になってしまう」云々のデメリットの話も知らないようだ。単に彼は青い翼を持った精霊公女が国に幸せを引き寄せているらしいから、自分の国も豊かにするために利用したい……といったところか。あのさまではとてもではないが我がご主人を幸せにできるとは思えない。

 知り合った頃のニールのほうがよほどシアンを真に愛していたと言える。それだけは贔屓目に判断しても真実だ。彼は我がご主人の執着を恐れをなしているだけであって、愛しているのは間違いないのだから。


 しかし、これならあまり心配しなくても良さそうだ。

 彼がとろうとしている行動はシアンのためになる冤罪晴らしの手伝いであるし、その過程でアピールして好きになってもらおうとしているだけのようだ。ミリアのように怪しい薬を持っているわけでもないようだし、そもそもそのような発想もなさそうなほど短絡的な人物である。このまま過ごして手伝いさえすれば自然に夜会までにはその心を射止めることができると本気で信じていそうなほどであった。


 多少哀れではあるが、助言してやるほどでもない。

 せめて、シアンとともに過ごしている間にその心がいまだニールに向けられているということを早めに察せることができれば良いのだろうが……それはあのレオルとかいうやつ次第であろう。


 私はその場でくあっとあくびをすると、一度先ほどの部屋がある窓辺を振り返って眺めてから石の塔へ帰るために歩き出す。

 あの男は脅威にはならない。ならば、私はいつも通りに過ごせば良いであろう。早くシアンのもとに帰ってその懐で眠りたかった。

レオルはライオン獣人とジャガー獣人のあいの子でジャグリオン。従者はフェネック獣人。

彼の国は功績を重視するので、猫のいる国を豊かにした噂の存在を連れ帰れば英雄になり得ます。多分。


明日、明後日は午前9時10分と午後22時過ぎ頃の2回投稿の予定です。

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