悪役令嬢の猫 原液Ver 聖女視点
バッドエンドです。
本編でもまだカルピスとカルピスの原液くらい性癖を薄めています。
胸糞悪いのが大丈夫な人のみ閲覧推奨です。
警告 猫が死にます。
・中略・
「おかしいじゃない! おかしいじゃない! あたしは悪くない。あたしがヒロインのはずなのに。どうしてニールはあたしを守ってくれないの!? あたしを、あたしは、本当に最初から分かってて冤罪晴らしのためにあたしに味方してたっていうの!? そんなこと、そんなことあるはずない!」
どうして上手くいかないんだろう。
どうしてみんなはあたしを怖い目で見るんだろう。
せっかく追い出したはずのシアンは澄ました顔で、当たり前のように夜会に参加していて、それを他の参加者も疑問にも思わずに受け入れていた。だから、悪人になって退場したはずなのに、どうしているの? とあたしは聞いただけ。
それなのに、目の前で砂塵の国の第四王子レオルがあの子を庇うみたいにして前に出てきて、あたしは一方的に責め立てられた。アンニュイな感じで顔もいい俺様キャラだから、多少攻略は大変かもしれないとは思っていた。けど、悪人をきっちり断罪して活躍したあたしなら、おもしれー女枠に入ると思って楽観視していた。
聞いてない。こんなの聞いてない。
視線を感じることって、今までの人生ではほとんどなかった。精々胸を見られてるなとか、それくらい。普通に可愛い子がいるなって見られるだけならいつものことだから気にならない。
だけど、これはなに?
みんながあたしを見てる。汚いものでも見るみたいに目を釣り上げたり、眉を寄せたり、臭いものがそこにあるみたいにわざとらしく鼻をつまんだり、ダッサい扇子で口元を隠してくすくす笑ったり。
嫉妬してくる連中があたしのことを悪く言うなんて当たり前だったから気にしてなんていなかった。なのに、今はすごくすごく気になって仕方ない。あたしを檻の中の動物かなにかのように見せものにして取り囲んで、安全な結界に守られながらごちゃごちゃと言っている。
胸の内から込み上げてくるのは吐き気かしら。
ぐぐっと黒いなにかが胃から喉までせり上がってくるみたいに身体中がぞわぞわして、鳥肌がたって、体がかゆくてかゆくてたまらなくなって、背中に激痛が走った。ミシミシと身体中が軋んで、自然と涙が溢れ出てきて、なにかがあたしの体を食い破って出てこようとしているような錯覚に陥ってパニックになる。頭を掻きむしって、腕を押さえて、俯いて、ぼろぼろ流れ出る涙が床に染みをつくっていくところが見える。その染みが血のように赤い気がして、さらに混乱する。慌てて顔に手を触れても手につくのは普通の涙だ。幻覚だ。きっとあんなの、幻覚だ。
身体中からかき集められた力が外に放出されていく。ある種の開放感にも似た快感もそこにはあったけど、大事ななにかまで一緒に抜け出ていっている気がして必死に繋ぎ止めようと手を伸ばした。
誰かがあたしの体を押さえつけている。
肩甲骨の辺りから生えていたはずの翼がミシミシ音を立てて肉を裂き、骨が露出し、血が出て羽毛が生えていくのが感覚で分かってしまった。同時に目眩と吐き気、ふらつきがあたしを襲ってくる。錯覚だ。こんなの。そうじゃなくちゃいけない。じゃなくちゃこんなの、怪物になっていくのとそう変わらないじゃない!
「あっ、ぁ……ぐっ、あっ……い、いや……やだ……あたしっ、鳥になんて、鳥になんてなりたくな゛っい゛っ!」
思い出すのはゲームのムービーだ。
鳥になっていく悪役令嬢の。
あたしもああなるのだろうか。
恐怖の一心で泣きじゃくる。誰かがあたしの名前を呼んでる気がしたけど、そんなのに構ってる余裕なんてない。
嫌だ、死にたくない。
猫を生かしてるから、きっとあの猫は鳥になっちゃったらあたしを食べるんだ。翼が生えていても逃げられない。だって飛びかたなんて知らない。翼は自由の象徴だけど、青い鳥の運命はこの世界だと籠に入れられて繁栄の道具にされるって決まってる。翼を手に入れたって、自由に飛べないんじゃ意味がない。飛べたとしても、小鳥じゃ満足に生きていくのだってできるか分からない。あたしは普通の学生で、普通に生きてきた。過酷な環境で生きていけるわけがない。
痛い痛い痛い。
背中が痛い。引き裂ける。貫かれる。身体中の大事ななにかが大きくなる翼に吸い取られる。
怖い、怖い、怖い、こわい!
フラッシュバックするのは、車にぶつかられて強い衝撃を受けたときのことだ。背中になにかが突き刺さって割り開いていくような激痛と、熱。それから、息が詰まって、口の中からごぽりと鮮血が溢れ出すところ。傷口は熱いのに、指先は冷えていてだんだんともがけなくなっていく手足に、暗くなっていく視界。
翼が大きく成長しようとする痛みに、生前に感じた死の足音を聞いて恐怖する。ニールだって棒立ちであたしを助けてなんてくれはしない。
やだ、やだ、やだ! こわい! 誰か助けて! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくないよ! いやだ、鳥になんてなりたくない!
そうして、パニックになったあたしの目の前に、いつのまにかあいつがいた。
シアン。悪役令嬢。
痛みで鈍ってぼおっとした頭で、彼女とのやりとりを泣きながらする。
そういえば、原作でも聖女と悪役令嬢は同じ日、同じ時間に生まれた概念的双子ってやつだった。そんなのただの裏設定でしかなかったはずだから、そんなことを聞かれてイラついた。そんな話聞いてる場合じゃないんだけど? って。イラついてますます翼が大きくなって、顔が苦痛に歪む。
それからは、原作と全然違った。
そもそも悪役令嬢が鳥にならなかったんだから元から違うんだけど、あいつはこともあろうかあたしを許してしまった。双子なら家族みたいに大事にしないと! なんて言って。
正直不気味な女だと思った。
あいつはすっかり機嫌を良くしてあたしをメイドなんかにして、罰だからあたしもそれに逆らうなんてことできなくて、偽りの主従ごっこがはじまる。
同時に、あたしは本当にいじめられた。シアンが許したところで、周囲の人間は許さなかったっていうことだ。
ただでさえ頭の中がお花畑のシアンと話すのにもストレスがかかるのに、あたしは地味な嫌がらせから堂々とした悪口。パワハラ。モラハラ。ストレス発散の捌け口にされるようになんにでもやらされてねちねち責められながら仕事をするはめになっていた。そんなことも知らずにシアンはやっぱり頭の中がお花畑でできていて、あの事件は解決して、あたしが無事に第二の人生を歩めていると思い込んでいる始末。
限界が来て、じわじわと巨大化が進行していた翼がついにあたし自身を覆い尽くせるほどまで成長するのに時間はそれほどかからなかった。シアンがあたしを説得して鎮静化させたのは、少しだけ寿命を伸ばした程度の功績にしかならなかったということみたい。それはそれでざまあみろ、かも。
体から力が抜ける。
翼が私の体を覆い尽くして繭になる。
そして、繭の中であたしの人格は全部どろどろに溶かされて消えちゃうの。知ってるのよ。だって設定資料集はちゃんと読んだから。乙女ゲームの癖してエッグい設定がてんこもりでドン引きした覚えしかない。
それでも、好きだったの。この世界が。
でも、あたしは失敗した。みんなには受け入れてもらえなかった。愛されなかった。せめてゲームの世界でくらい愛されたかった。
ゲームの世界なら、アクセサリーとか買って装備してればみんな褒めてくれる。お父さんに褒められて、お母さんが怒って髪の毛ごとアクセサリーを引きちぎって捨てるなんてこと、しない。理想の世界だと思っていたのに。
あたしはなにが間違ってたんだろう。
乙女ゲームなら正解の選択肢が出てくるんじゃないの? 今まで一度も出てこなかった。だから、自分なりに考えて行動してみただけだった。
シアンが許してくれたのも、本当は嬉しかった。
でも、あたしはもう消えてなくなる。
繭の中はあたたかい。体の端からどろどろに溶けていくみたいに感覚がなくなっていく。けど、どこか心地良い気もする。
ああ、なんだか眠いな。
誰かを幸せにする青い鳥じゃなくて、あたしが幸せにしてもらいたかった。
愛してくれる人がほしかった。誰かに愛されたかった。
とけていく。
だれか、たすけ――………………。
◇
ピチチチッ!
空を飛んでいく青い鳥が樹の上から飛びかかってきた白猫に叩き落とされ、力を失って落下していく。
首元を咥えられ、ぐったりしたその体はもう命の灯火が失われてしまっている。あちこちの骨が折れ、首を噛まれて窒息し、完全に絶命していた。
あまり賢くもなく、約束を知らぬただの飼い猫は満足げに胸を張る。
そして、その猫の様子を見ていた鴉が飛来する。獲物の横取りに来たのである。猫は鴉に応戦するが、翼を持つ鴉に獲物を取られぬように立ち回るには力が足りなかった。怪我をした猫が辛うじて守り切った鳥の上半身を咥えたままふらふらと移動していく。
その様子を呆然とした様子で睨む聖女の妹の姿が……近くの窓辺にあった。
この後、精霊公女シアンは聖女の妹……リリアにお茶に誘われ、その場で胸にナイフを突き立てられて死ぬこととなる。
誰からも愛されていると勘違いしたまま、刺された瞬間なにが起こったかも分からずに目を白黒とさせながらシアンは死んだ。
彼女の飼い猫はというと、足を滑らせたのか噴水の中に沈んで溺死していたという。
死んだシアンを発見したのはレオルと、彼に責め立てられながら絶望を表情に浮かべたニールである。
親善大使であるレオルはいずれ帰還する日が来る。魂の抜けたように言葉を失い、青ざめるニールの姿だけが城に残された。
己の愛した、死を回避したかった女がなす術もなく死んだニールは、逃げたことをひどく後悔しながら毎日泣き続ける。
なにもかも不幸に終わった事件の渦中で青い鳥が死に絶えて国に幸福を呼び込む存在が消えると、ゆったりとゆるやかに、国までもが衰退していくこととなる。
同い年で凶行に及んだリリアの処刑と第一王子の心神喪失。国の衰退。
その行末をひどく哀れむように、王位継承権第一位となった第二王子が見届けていた。
「僕たちは償わなければならない。青い鳥に縋りすぎて、みんな自らが幸福を生み出すことをやめてしまった。だから、これからは僕が導いていかないといけないね。たとえ……ゆっくり滅んでいくのだとしても」
◇
解説
・本編との違い
→設定上、ノワールがいなかった。リリアが約束事をしても猫がそれを理解していなかった。それだけ。
Q.監視してるはずなのに猫が溺死しても知らないのはなんで?
A.ミリアが鳥になったのがシアンの前ではなく、仕事中だったから。結果、猫はミリアが青い鳥になったのも知らないので、鳥になった彼女をシアンの目の前で追いかけることもしていない。偶然見つけて、偶然狩った。この頃のシアンは王子とのお話に夢中でさすがに監視していないタイミングだった。
恋愛脳フィーバー中にまで別のことに意識を割いているほどではない。
初期案はこれと、もう一案「鳥になった聖女を鳥籠に入れた王子の弟と聖女の妹が鳥の目の前で原作の王子と聖女の会話と全く同じやり取りをして、鳥が騒いでいるところを猫が目撃しする(猫は死なない)」だったんですが、友人にこれだとジャンルはホラーだろって言われたので、ちゃんと原液を薄めて美味しく飲めるようにしたのが本編です。




