無辜の青い鳥たちに捧ぐ・後
「事情は把握いたしました。ぜひシアン様にご協力させてください。姉さんの命にも関わりますから」
ミリアに代わり聖女と任命されたリリアはお淑やかそうに笑い、シアンの悩みを聞いた。やはりリリアも二人の命に関わる事態だと重く見ているらしく、彼女の了承を得るとシアンはあからさまにほっとした顔をした。
「ありがとうリリアちゃん。わたくしも、さすがにどうしたらいいかが分からなくて……わたくしが得意なのは精霊にお願いすることだもの。魔法は得意だけれど、浄化はそこまで上手くないの」
「ああ、浄化は聖女のお役目ですし、スノーボール様のほうがお得意でしょう。まずは、そうですね……歴代の精霊公女様がどう過ごされていたか、文献を探しましょう」
「文献を?」
「はい、そのためにキール殿下にも協力を仰ごうかと」
「助かるわ! ニールったら、将来に関わるからってしばらくわたくしとはいられないって言って陛下とともにこもってしまったの。家庭教師のかたとつきっきりで……」
しょんぼりとしたシアンを膝の上で宥め、頃合いを見計らって私はノワールとともに退室をした。話が長くなるようであれば、私たちには関係のないところでやってほしいところだ。猫も暇ではないのである。
「ねえねえ、一緒にいなくてもいいの?」
「良いだろう。私たちには解決できぬ問題だからな」
「そっか〜」
その日の夜間の出来事であった。
自室に戻らぬシアンを、どこぞで迷子にでもなったのかと考えて探し回っていたときである。庭を横断して石の塔の前で足を止め、私はシアンの匂いを辿ってその中へと足を踏み入れた。どうやら我がご主人は居住区が何度も変わったせいなのか、また石の塔へと戻ってきてしまったようである。帰巣本能がしっかりしている猫である私も、かなり最初の頃は間違えて足を向けていたのだが、シアン自身が間違えてしまうのはこれがはじめての出来事であった。
石の塔の上階から僅かに光が漏れ出ている。優しくあたたかい光だ。
足音を立てずにてしてしと冷たい石階段を上がっていくと、どうやら話し声が聞こえる。それも知らない声が複数である。騒動があって我々が普通の部屋に引っ越してから、まだ少ししか経っていないはずであるのに、もう何者かが住み着いていたのであろうか? どれもこれも女性の高い声なのだが、聞き覚えはない。城の中の者は使用人まで何度か会ったことがあると思うのだが、私が寝ているときもあるので、もしかしたら見知らぬ者がまだ何人かいたという可能性もある。
なにが言いたいのかというと、城の中を方々歩き回っている私が聞き覚えのない声というものは、かなり珍しいということだ。滅多に外から来るものはいないはずであるし、城というのはそういうものであろう。
「あなたたちは解放されるべきです。どうか安らかに」
「国のことはこのわたくしにお任せください。次代にも、真実の愛の素晴らしさを伝えていきますわ」
「シアン様は少し静かにお願いします。その言葉が歴代の青い鳥の方々の気に触る恐れがありますから」
「あら、そうだったかしら」
リリアとシアンのやり取りをくすくすと笑う複数の声がする。
透明感のある、優しそうな声色だ。声色こそ違うが、我がご主人に対してきゃらきゃらと笑い合う女性同士の声は、どこか路地で私を囲んで盛り上がる女たちの雰囲気に似ている。
「ふふふ、構わないわ。いつの時代も青い鳥の力を持つ同胞が憔悴していくのを、ただ悲しく見ているだけだったんだもの。末の子が幸せそうで私たちも嬉しいの」
「そうよ〜! それに、多少の鬱憤は晴らせたもの!」
「今の国王だって青い鳥を利用することには賛成なんだものね。悪夢を見て階段から落っこちたなんて胸がすく思いだったわ! これ以上は……ふふ、五年後が楽しみね」
「夢の中でいっぱいつついた甲斐がありましたわ〜!」
「国のためにささやかな不幸を残していくのは、末の同胞に免じてやめてあげるわ。けれど、きちんとわたしたちを埋葬してね」
「リリアちゃんのおかげで、真実の愛についての話を失伝させた元凶の魂の在り方は分かったし、わたくしどもに処理は任せてくださいね」
「五年の猶予も承知したのですから、それまでに王太子殿下の教育はしっかりなさるようにね」
なにやら口々にピーチクパーチク捲し立てている。そんなに話しかけたら我がご主人は大人しい性分であるからびっくりしてしまうであろうと考え、私はさっとリリアとシアンの前へと飛び出していく。
「あら、白い毛玉ちゃんじゃないの〜」
「いつも見てたわ〜! 今じゃないと触れないし、いいかしら〜?」
「わたくしも!」
「スノーボールちゃんですよね? お城の中をいつも綺麗にしてくださってありがとうございます」
「あらあら、猫ちゃんがびっくりなさっていてよ。皆様、落ち着きなさいな」
「そう言う初代様だって撫でたいでしょうに〜!」
女が何人も集まればかしましいとはこのことであろうな。
私が美しく、可憐で賢く、誰もが愛でたくなるような素晴らしい猫であるのは真実ではあるが、そう一斉に手を出すものではない。
シアンとリリアの前に立って庇うようにしていた私は、やたらと好意的な女たちに目を白黒とさせる。なにやら少しばかり地面から浮いて透明感の強い女たちに囲まれ、見上げる。よく見えないが、皆背中に大きな青い翼があるのが確認できる。身長よりも尚大きい翼に目が行くが、さすがにあれだけ大きな獲物は本能がそわつきもしない。噛みついても通じなさそうであるから、本能的に私が狩れるものではないと理解しているのであろう。
なるほど、同胞と言っているからには、彼女たちは我がご主人と同じような種族なのであろうか? 黒いドロドロを纏っていない透明な御人を見るのは初めてである。大抵は黒いドロドロを纏っていて、幽鬼のように彷徨っていて危険であるから、私の威嚇にてジュッとするのだ。
ああもう! 一斉に撫でるでない! 毛並みが! 私の毛並みが! ごわごわになってしまうであろうが!!
しばらく、揉みくちゃにされながらご主人がころころ笑う声と、心配するリリアの声が降ってくるのを聞いていることしかできなかった。
ぜえぜえと疲労感に包まれながら私はその場で急いで毛繕いをはじめる。あの者たちは遠慮容赦なく私を撫でくりまわし、散々に楽しんだようだ。しかし、その分私の柔らかで繊細な毛並みは大変なことになった。急いで毛繕いをして元に戻さねばならない。それに、こうしていないと心が落ち着かないのもある。冷静にならねば。
「ご満足なされましたか?」
呆れた感じのリリアの声が聞こえてくる。
それに口々と女たちは嬉しそうに返事をしていた。
「それでは、儀式をはじめます。どうか皆様安らかに」
「わたくしたちの願いを叶えてくださってありがとう。あとは墓標の下で、あなたたちの幸せを祈らせてもらうことにするわね」
「歴代のお姉様たち、どうか安らかにお眠りください」
「ばいばい、シアンちゃん。私たちの元にはあんまり早くに来ちゃダメよ」
「もちろん! ニール……殿下とこれ以上ないほど幸せに過ごしてからでないとわたくし、天には昇れませんもの!」
「ブレないわね〜。お幸せに!」
「お幸せに! 祝福を授けておくわね」
「ばいばーい!」
「お幸せに」
「さようなら、お幸せに」
祝福の言葉は次々と続いた。
毛繕いに夢中で途中はあんまり聞いていなかったが、透明な女たちは挨拶をするたびに鳥に姿を変えて空気に溶けるように消えていくのが見えた気がする。
そしてリリアと我がご主人であるシアンの二人だけが残ると、石の塔の中は先ほどまでの賑やかさが嘘のようにシンと静まり返った。
「さあ、慰霊碑を建てるように進言いたしましょう。悪夢はもう見ないはずですし」
「慰霊碑を建てるまで悪夢を見てても良かった気はするけれど、陛下もこれで安心して眠れることでしょう。これでわたくしとミリアが責められることも、もうありませんよね?」
「ええ、もう責められるいわれはありませんし、殺される恐れもありません。私のほうから、陛下の悪夢は歴代の青い鳥たちの無念による訴えであったこと。そして、歴代の青い鳥の方々の魂を天へと導いた報告をしておきましょう。シアン様はご安心なされてください」
「ありがとうリリアちゃん。でも、真実の愛についての話を伏せていた人の魂が、これから国の発展した年数だけ、鳥に啄まれて苦しむことになったことは言わないのかしら」
「言う必要を感じません。私たちには関係ないことですから」
「そう? そうね。それじゃあ、スノーボールちゃんも迎えに来てくれたことだし、わたくしはお部屋に帰るわね」
「そうですね、途中までお送りします」
「ありがとう」
毛繕いを終えて満足した私をシアンが持ち上げる。彼女と向き合うかたちに抱っこされた私はそのまま彼女の胸の中でゴロゴロと喉を鳴らした。どうやらそのまま運んでくれるらしい。
「……ごめんなさい、スノーボールちゃん。このままお部屋まで歩くのは難しいかもしれないわ」
……と思っていたら、すっと腕の中から下ろされた。
「少し夕食の量を控えたほうがいいのかしら……」
「スノーボールさまは街でもなにか食べてきているようですし、そうしたほうが良いかと」
心外である。
心外である!
なにやら私の食事が減らされるような話をしていて見上げると、気まずそうに手を口元にやってシアンが悲しそうな顔をしていた。
言っておくが、私が重いのではなくシアンが非力なのである! これは厳重に抗議せねばなるまい。部屋に戻ってもすぐに寝付けると思うなよ、ご主人!
後日、ほんの少し食事量を減らされて落ち込んだ私は庭の静かな場所の見慣れぬ石碑のようなものがあったので、そのすぐそばで不貞寝をすることにした。
ふん、しばらくはシアンのことも無視してやろうではないか。これが私なりの抗議の仕方である。用意するのはシアンの指示を聞いている者たちであるが故に。
そよそよと気持ちの良い風が私の頭を撫でるようにして吹いていく。
その気持ちよさに、私は気分良くすぐに眠りに落ちることができたのだった。
◇
五年後、国王は病で死んで、すっかり王太子として立派になったニールがすぐに即位をすることになる。
国王が死んだ日、私は城の中から無数の透明な青い鳥に囲まれて顔を青ざめさせた透明な王の姿を目撃した。だが、あれも自業自得であろう。
なぜなら、王太子が精霊公女を不幸に突き落とす役割を担っていたのなら、あの青い鳥の中にはあの国王と婚約し、そして婚約を破棄されたことで鳥になってしまった者もいたのであろうから。
また思いついたら猫の生活を覗いて書き出してみようと思いますが、ひとまずここまでで本当にこの話は完結です。
お読みいただきありがとうございました。
22時にノワールがいないIFの胸糞悪いバッドエンドバージョンだけ最後に投稿します。本編でも気分が悪くなったかたなどは閲覧非推奨の性癖の煮凝りです。ご了承ください。




