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5. 番とは

 ごしっ、ごしっ、ごしっ。


 美しくタイルが敷き詰められた聖堂の床を、ティナーシェは柔らかい布地で丁寧に拭いていく。

 綺麗に拭き清められた床を歩くと、不思議と心が引き締まり神聖な気持ちになれる。床に這いつくばらなければいけないこの掃除を他の者は嫌がったが、ティナーシェは好んで拭いていた。


 頭の中も空っぽに出来るしね。


 黙々と作業をこなす時間はありがたい。

 昨日の出来事から現実逃避したいティナーシェは、もはや考えることを止めたかった。


 昨日のアレは、全部悪い夢であって欲しい。

 そう願うティナーシェの思いは、早速あの悪魔の声によって打ち砕かれた。


「ティーナちゃん!」

「なんで御座いましょうか、マルスさん」


 床を拭くティナーシェの顔の前に、2本の長い足が現れた。それを無視して拭き続ける。


「マルスさんなんて、そんな他人行儀な。俺とティナとの仲だろう? 呼び捨てでいいよ」

「私とあなたの仲って、何もありませんけど!」

「またまたぁ。俺に首筋、噛まれただろ? ここに」


 さらり、とティナーシェの青い髪を掻き分けて、マルスの指が首筋に触れた。


「なっ、やめてよ! あなたが勝手に噛み付いてきたんでしょ?!」

「だってしょうがないじゃん? お前が俺の番なんだから」


 当然。みたいな顔をされて言われても、全く納得がいかない。

 触れてきた手をパシリと払い除けて、ティナーシェは立ち上がった。


「だいたい、その『番』ってなに? 鳥でくらいしか聞いたことがないわ」

「あー、そこから説明すんの?」


 めんどくせー、とは言わせない。


「説明してくれて納得がいったら、私、マルスの言う通りにするかもよ?」

「ふぅん、なら説明してやろう」


 近くの礼拝用のイスにドカッと座ったマルスは、長い足を組んで説明しだした。


「悪魔には番って言う運命の相手がいる。番は二人で一組。貝殻と一緒だな。片方だけあっても満たされない、不完全な状態。だから悪魔は番を求める」


 なにその、ちょっとロマンチックなお話は。思わずマルスの話に耳を傾けてしまう。


「……その番っていうのは、どうやって分かるの?」

「近くにいれば分かる。あ、こいつだ、って。実際俺も、たまたま地獄に出来た地上との隙間からお前の気配を感じて、地上に出てきたしな」

「そう……だったんだ」

 

 やだ、なにドキドキしちゃってるの。

 真面目な顔をしている時のマルスは、普段のヘラヘラが嘘のように超絶美形だ。マルスが悪魔だということを忘れて、ついときめいてしまう。


「番を見つけたらお互いの首筋を噛む。まあ、唾液を相手の体内に流し込むって言うのが目的だろうな。そうすると儀式完了。晴れて真の番になるってわけ」

「へえぇ」

「へえぇー、じゃねぇよ!! 俺だけ噛んでお前が噛んでくれなきゃ、真の番になれないだろ! だいないな、お前が悪魔じゃなかったせいで、俺が番を探し出すまでにどんだけ苦労したと思ってんだよ! 苦労しすぎて、地獄じゃ親父の次に最年長者だ。途中で自分が何百歳なのか、数えんのも面倒くさくなっただろうが!」

「そ、そんなこと私に言われたって……」


 親父というのは悪魔のお父さんのことよね?

 悪魔ってやっぱり、悪魔を生むんだ。

 それにマルスがうん百歳というのにも驚きだ。見た目は同い年くらいの青年に見えるのに。悪魔は歳を取らないのかもしれない。

 

「ほら、説明したんだから分かっただろ? 早く俺の首、噛んでくれ。そうすれば俺は晴れて、て――――っ?!」


 捲し立てていたマルスが、突然口をパクパクとさせて喉を押えている。


「ちょっと? どうしたの?」

「……いや、なんでもない。それでだな、お前が俺を噛んでくれれば、俺はて――――っ!」

「て?」


 再び喉を押えてジタバタとするマルス。

 

 なに、 突然。苦しいの??

 

 心配になり相手が悪魔だということも忘れた生真面目なティナーシェは、聖力をマルスにあててみた。

 何かの病気なら効くはず。

 そんなティナーシェの行動に、マルスは咳込みながら手を振った。


「いや、大丈夫だ。 くっそー、あんのクソババア! 俺に喋らせない気だな?!」


 クソババア?

 一体誰のことを言っているのか。

 喋れない呪いにでもかけられたのかしら?

 だとしたら少なくとも、クソババアではなくクソジジイのはず。

  聖力を宿すのが女なら、魔力を宿すのは男。それは天と光の神が女で、地と闇の神が男だからだとされている。だから呪いをかけることが出来るのは必ず男だと思うんだけど……。

 首を捻って考えるティナーシェに、マルスはとにかく! と立ち上がった。


「黙って俺の首を噛め」

「いやです」 

「ぬぁんだとーー! 説明したら言うこと聞くって言ったよな?!」

「言う通りにする()()って言っただけよ。やっぱりやらない」

「なんで?!」

「なんでって、番っていうのは人間の世界で言ったら夫婦になるってことでしょ? 普通に考えて悪魔と一緒になるなんておかしいじゃない。しかも私、一応聖女なのよ。アルテア様にお仕えする身で悪魔とだなんて、許されるはずない」

「頭の固い女だな! 女神の事なんて気にしなくていいから、さっさとやれって!」

「嫌だったら!!」


 マルスと二人で『やる』『やらない』の押し問答を繰り返していると、エメリアがやって来た。


「ティナーシェ、あんた何大騒ぎしてるのよ……って、あっ、あなたは!!」


 マルスを見たエメリアは、しかめっ面を0.1秒で満面の笑みに変えた。


「お初お目にかかりますわ。ラヴェルダ侯爵家の娘で聖女のエメリア・カディオと申します。あなたはもしかして、先日入ったという聖騎士マルス様でしょうか?」

「そう、それからティナの専属護衛でもある」


 マルスはすっかり『ティナ』と馴れ馴れしく呼んでいる。指摘するだけ無駄に終わりそうなので放っておくことにした。


「ティナーシェの専属だなんて勿体ない。自ら志願したと聞いたけど、誰も志願者がいないティナーシェを哀れんだんでしょう? 悪いこと言わないわ。今からでも団長に掛け合って、私の専属に変えてもらいましょう? あなたなら大歓迎よ」


 エメリアは色気たっぷりに黒髪をかきあげた。大抵の男はこれでイチコロだ。

 

「エメリア嬢、せっかくの申し出ですがお断りさせて頂きます。俺、ティナ以外守る気ないんで」


 マルスの最後台詞に、ドクンっと心臓が跳ね上がった。

 ティナーシェが番だからなのだろうけど、そんな事を言われ慣れていないので、直ぐに身体が反応してしまう。

 あっさりと断られたエメリアだったが、もちろん簡単には食い下がらない。なにせエメリアは、何でもかんでも自分の物、自分が一番じゃなきゃ気が済まない性分なのだ。

 

「あら、そんな事を言うなんて、まさかティナーシェとは以前からのお知り合いだったのかしら」 

「わーっ!! まっ、マルスとは聖女になる前、伯爵家にいる時に会ったの! ねっ、マルス?!」


 変なことを口走られたら困る!

 口裏を合わせてくれるようマルスに視線を送ると、にゃぁ、と笑った。


「ええ、そうです。俺は昔、ティナのいた伯爵家にお世話になったことがあり、その御恩を返そうと聖騎士になった次第です」

「まあ、そうだったの。義理深い御方なのね。ますます好きになっちゃうわ。困ったことがあればいつでも言ってね。力になるわ」


 エメリアはマルスの手をぎゅっと握ってから離すと、うふふと笑って去っていく。マルスはそんなエメリアに、にこやかな顔をして手を振りかえしていた。


「ふうぅ、マルスが余計なこと言わなくて良かった」


 緊張がとけて脱力すると、今度は後ろから声を掛けられた。

 

「余計なこと? 何かしら」


 シルヴィー様に話を聞かれちゃったよぉ!

 

「あっ……! いえ!ななななんでもありません。マルスってちょっと口が悪いことがあって、それでエメリア様に失礼なことを言わなくて良かったって話で。ははは……」

「そうなのね。団長が随分とお怒りになっていたわ」


 昨日あの後ダリオは、マルスを退団させるために水晶玉を使ってお伺いをたてたらしい。

 聖騎士団への入団もそうだが、自主的ではない強制退団にも女神アルテアの許しを必要とする。ティナーシェは意識を失っていたので見なかったが、話によると水晶玉は許可を表す発光はしなかったそうだ。

 入団許可の件といい、アルテア様の意向はどこにあるのか。聖力をちょっと使えるだけのティナーシェに、分かるはずもない。

 

「その事なら俺も反省していますよ、シルヴィー様」

「私の名前をもうご存知だったのね」

「そりゃあもちろん。国一番の『大聖女様』ですから」


 あれ? とティナーシェは内心で首を傾げた。


 なんか今、嫌味っぽく聞こえたような?


 シルヴィーは外見も中身も実力も、全てが完璧に揃っているような人なので、こういう皮肉めいた言い方をされているのは珍しい。

 

 ああ、マルスが悪魔だからだ!

 聖なる力を使う聖女が嫌いなのかも。特にシルヴィーは聖力が強いしね。

 

 それっぽい理由を思いついたティナーシェは、挑発するような笑みを浮かべているマルスの足を、思いっきり踏んずけてやった。


「痛ってぇ! 何すんだよ!」

「あっ、ごめんなさい。蜘蛛が靴の上を這っていたものだから。あははは」

「ティナーシェったら、本当に伯爵家の娘なの? お行儀が悪いわね。私ならマルスさんにそっとお伝えするわ」


 くすくすと笑うシルヴィーに、ティナーシェの頬が熱くなった。

 恥ずかしい……。

 

「ほ、ほんとそうよね」

「聖力のことは仕方がないわ。でもね、せめて伯爵家の令嬢なら他の聖女の手本となるように、立ち振る舞いには気を付けないと」

「申し訳ありません」

「私も本当はこんなことを言いたくはないけれど、筆頭聖女ですもの。悪くは思わないで欲しいわ」 


 項垂れるティナーシェに、シルヴィーはポンポンと肩を叩いて去って行った。


「あいつエメリアより性格悪いな」 


 うげぇ、と舌を出すマルス。

 ティナーシェはふるふると頭を降ってマルスを窘めた。


「そんな事言わないでよ。シルヴィー様は厳しさも優しさも兼ね備えた方なんだから」

「へぇ。俺からすると善人ずらして回りくどく嫌味言われるくらいなら、エメリアみたいにハッキリ言う方がまだマシだと思うけど?」

「嫌味じゃないわ。ああいうのは、助言をしてくれたって言うのよ!」


 なんでそう曲がった解釈をするのか。

 悪魔ってみんなそうなの?

 ふんっと鼻を鳴らすティナーシェに、マルスは呆れ顔でため息をついた。

  

「はあぁぁ? お前ってホント、馬鹿なのな」

「悪魔なんかに分かりっこないわよ。ほっといて」


 再び床のタイルを拭くティナーシェに、マルスはもう一度ため息をついて呟いた。


「純粋過ぎてめんどくさい奴」


 

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