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3. 浄化の任務②

 翌日。

 瘴気の発生場所となっている町を訪れると、魔物が跋扈(ばっこ)し濃い瘴気が立ち上っていた。


 聖騎士達が魔物と戦っている間に、聖女達は地面に手をあて聖力を流し込む。

 聖力というのはざっくり説明すれば、癒しと再生の力。浄化は地上と地獄との間にできた亀裂を、修復して閉じていく作業のことだ。

 単純に亀裂を修復させるだけなら何の苦もない。けれど瘴気と共に湧き出てくる魔物の相手も同時にするとなると、なかなか作業が進まなくなってしまう。

 聖騎士自身と聖騎士の使う武器には予め、祝福という聖力を付与しておく作業をしておくことで、毒気の影響を受けにくく、また武器は魔物に攻撃が効きやすくなるのだが、その聖力も、使うにつれてもちろん無くなってくる。

 だから時折戦闘の最中、聖女に祝福を授けてもらわなければならないのだ。

 

 浄化の作業と祝福。

 どちらも並行しながらの作業。


 地面に手を当てながらちらりと背後を伺うと、ジーノがライオンとトカゲとを合体させたかのような魔物と戦っていた。

 ジーノの他にもティナーシェの周りで戦う聖騎士がいたはずだが、土埃のせいで姿は見えない。


 聖力、無くなってないかな……?


 戦闘が始まってから随分と時間が経った気がする。聖騎士達や武器には、作戦前にティナーシェ以外の聖女から聖力をたっぷり付与されているとは言え、流石にそろそろ切れてくる頃だろう。


「みんな……どこ……?」


 激しい土埃にゲホゲホと咳き込みながら、聖騎士達の所在を確かめに動いたその瞬間、ジーノの怒声が聞こえてきた。


「ティナーシェ! 危ないっ!!」

「え……」


 返事をする間もなく、視界には赤い光が飛び込んできた。そして次の瞬間、身体が突き飛ばされて近くの塀にぶつかった。


「痛たた……。ジーノさん? ……ジーノさんっ!?」


 ジーノの服の背中側に火がついていた。悲鳴を上げながら地面に転がり回るジーノにティナーシェは駆け寄って、着ていたローブで覆って鎮火させた。


「今……今、治すからね……!」


 塀の裏へとジーノを引きずって運び、ゼェゼェと肩で息をしながら、手のひらから放たれる聖力をジーノへと当てた。


 早く! 早く!! 早く!!!


 こんな時どうして、あの時のような力が出ないのだろう。

 のんびりと治癒している場合なんかじゃないのに。

 魔物がこっちに来ちゃう!


 ジーノは意識を失ってしまっているが、火傷で(ただ)れた皮膚は少しずつ修復されてきた。

 取り敢えずジーノを物陰に隠して、助けを呼びにいかないと。それに他の聖騎士達も心配だ。他の聖女に祝福してもらっているといいんだけど……。


 建物の陰から身を出したその時、頭にコツンと洋瓦の破片が当たった。

 恐る恐る見上げると、屋根の上には先程のライオントカゲが舌舐りをしていた。


「あ……」


 横目にジーノをみるとだらりと横たわったままで、まだ意識は取り戻していない。

 今この魔物にジーノが見つかってしまったら不味いと思ったティナーシェは、そのまま物陰から駆け出した。


 こっちへ来い……!


 護身用の短剣なら持っている。

 ありったけの聖力を込めて、返り討ちにしてやるんだから!!


 火を吹きながら追いかけてくる魔物に、右へ左へと攻撃を避けながら走った。


 お願い……誰か……!


 ティナーシェには残念ながら、火を吹く魔物に近づく術など持ってはいなかった。

 土埃で視界が悪いせいで、昨日頭に叩き込んだ地図など全く意味がない。運悪く行き止まりの道に入ってしまったティナーシェは、ただもう、神に祈るしかなった。


「神様どうか……アルテア様……!!」


 あんぐりと開かれた魔物の口。

 火炙りにされる恐怖に目をぎゅっと瞑ると、男性の声がティナーシェの耳に入ってきた。


「おい、お前。邪魔だ」


 …………?

 声の主は魔物の真後ろにいるようで、姿は見えない。ライオントカゲの注意がティナーシェから背後へと移った瞬間、魔物の身体は吹き飛び、ただの肉片になった。


「な……」


 魔物の居た場所に立っていたのは、銀髪碧眼のひとりの男性。 

 その人が半身血塗れで凍り付きそうな程に冷たい瞳さえしていなければ、麗しい姿に天使が現れたと誰もが思うだろう。

 でもその男は言った。


 「俺は悪魔だ」


 さらに続く言葉はこうだ。


「お前が俺の(つがい)か。最悪だな」


 訳の分からないことを言われた上に、しかめっ面をしながらの「最悪」とは?

 いくら見た目が良いからって、言っていいことと悪いことがある。

 別に自分が美人だとは思わないし、聖力も微々たるものだけれど、初対面の人に向かって最悪はないでしょう。


 一瞬イラッときたけれど、ここは冷静に。 


「あの……助けて頂きありがとうございました。私はペジセルノ大聖堂に所属しております、聖女のティナーシェ・アルチュセールと言います。あなたはその……魔法使いの方でしょうか?」 


 聖力を持つ女性を聖女と呼ぶが、これとは対を成すように魔力を持つ人を魔法使いと呼ぶ。

 先程魔物を倒した力は、明らかに武器によるものではなかった。魔力を使って魔法を繰り出したに違いないと思ったティナーシェは、男が言った「悪魔だ」という自己紹介を無視して聞いてみた。


「お前、馬鹿なの?」

「はい?」

「俺さっき、悪魔だって言ったよなぁ? 番が人間な上に頭が悪いとか、最悪を通り越して、あー、そうだな。邪悪? いや極悪? もはや論外? もう言葉が見つからねぇ」


 男のあんまりの言い様に思考が一瞬、フリーズした。

 

 なに、この人……。


「わっ……私はただ、あなたが使った力が魔力じゃないかと思ったから、魔法使いかって聞いたのよ! 悪魔だなんて言われたって普通、ただのジョークだと思うでしょ!」


 この世には地上の他に天国と地獄がある。そこにはそれぞれ神と、天使や悪魔が住んでいるって教わっているけれど、実際に見たことないのだから突然言われたところで信じられない。


「なに? 俺が悪魔だって証拠が見たいの?

 なら、これとかどうよ?」


 男の背中の布地が破けて現れたのは、黒々とした大きな翼。

 翼から発せられるあまりの魔力の大きさに、ティナーシェは不本意ながらもたじろいでしまった。


「これなら信じられるだろう?」


 ニィィっと笑う自称悪魔に、ティナーシェは「嘘よ!」と叫んだ。


「悪魔って言ったらコウモリみたいな翼に、黒髪と赤い瞳っていうのが定番じゃない!」

「知らねぇよ、んな定番っ! 古典的過ぎるだろ!!」


 この素早い突っ込み。やっぱり悪魔なわけない。


 ティナーシェがなおも疑いの目を向ける中、悪魔はゴホンっと咳払いをした。


「お前の悪魔か悪魔じゃないかの基準なんてどうでもいいんだよ。とにかくだ、お前は俺の番なわけ。つまり、運命の相手」

「運命の……相手……?」


 番がなんなのかよく分からないけど、『運命の相手』というワードを何度も頭で反芻した結果、ティナーシェは歩き出した。


「すみません。私今、猛烈に忙しいので。ナンパなら他を当たって下さい」


 いくら容姿が優れているからといって、こんな頭のイカれた男について行くほど阿呆ではない。早くみんなの所へ戻って浄化をしないと。


 ティナーシェが男の脇を通って戻ろうとしたところで、突然腕を引かれて両肩を掴まれた。


「きゃぁっ! なにす――――っ?!」


 首筋に走った痛み。

 プツッと皮膚を突き破る音が聞こえた。


「離して!!」

 

 反射的に男を突き飛ばして、腰に下げていた短剣に手を伸ばした。


「な……何するのよ?!」 


 悪魔だって言うのは本当だったんだ。

 まさか食べようとするなんて……!


 唇についた血をペロッと舐めとった男は、ティナーシェの動揺など気に止める様子もなく、自分の首筋をトントンと指で指し示してきた。


「次はお前の番」

「お前の番って、一体何がよ?」

「お前が俺を噛む番。そうすれば真の番になれる」


 サアァ、と全身から血の気が引いていくのが分かった。

 突然首に噛み付いてきたと思ったら、今度は噛みつけですって?!


「いい加減にしてよ! 私、そんな変な趣味ないから!! それ以上近付くと刺すわよ」


 ぶんぶんと短剣を振り回して抵抗するティナーシェに、男は面倒くさそうにチッと舌打ちした。


「はいはいお嬢ちゃん。そんな危ない物はしまおうねぇ。ちょーっと噛み付いてくれたら、それでいいから」

「イヤだって言ってるでしょ! 近づかないで!!」

 

 不気味な猫なで声で話しかけられても、全然

その気になんてならないから!

 なおも抵抗し続けるティナーシェの剣を男は意図も簡単に避けて、手首を掴んできた。

 

「くそっ。まじで面倒くさいヤツだな」

「うっ……あ……」


 男は手首を掴んできた方とは逆の手でティナーシェの首を掴むと、そのまま持ち上げられてしまった。


 苦しい………! 殺される……!


 酸欠状態のティナーシェの耳に、悪魔は囁いた。


「大人しく言うことを聞けば、お前の望みをなんでも叶えてやろう」

「――?!」

「欲しいものは何でもくれてやる。金銀財宝、地位も名誉も思いのままだ」


 これが悪魔の誘惑と言わずして、なんと言うのか。

 身体に残った僅かな酸素をかき集めて、ティナーシェは思いっきり右足を振った。


「いぃってーーーー!!!!」


 股間を押さえながら男が涙目になっている。

 良かった。悪魔にもちゃんと、アソコあるんだ。


「バカにしないでよね! 何をさせる気か知らないけど、いくら私が落ちこぼれだからって、悪魔の誘いになんて乗るもんですか!」

「こんの、くそアマぁ!」


 今度こそ本気で怒らせてしまった。

 周りに散らばっている瓦礫が浮き上がり、草木はビリビリと揺れている。

 私の持つ泣け無しの聖力で、これ程の魔力を防げるかどうか。


「――――シェ!!」


 …………?

  

 怯える子羊に、神は救いの手を差し伸べてくれた。少なくともティナーシェは、そう思った。


「ティナーシェー! どこだーー!」

 

 ジーノさん?!

 この声は間違いなく、ジーノさんだ。

 目を覚まして探しに来てくれたんだ!


「ジーノさーーーーん!!」


 これでもかというくらい声を張り上げて、ジーノの名を呼ぶと、「こっちか?!」と声が近付いてきた。


「あー、ほんと、俺ってついてないよなー」


 うんざりしたような顔で悪魔は空を仰ぎ見ると、ひらりと道を塞ぐ塀の上に飛び乗った。


「まあいいか。続きは後日ってことで」

「後日って……」

「じゃあな、残念な聖女さん」


 ざ、残念?!


「残念じゃなくて、落ちこぼれって言ったのよ! この悪魔ーーーー!!」


 塀の向こう側へ消えていく男の後ろ姿に怒鳴りつけながら、ティナーシェは地団駄を踏んだ。

 どっちでも変わんないだろ、という男の突っ込みは、ティナーシェの耳には届かなかった。

 

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