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20. 悪魔だから

 もうこれ以上、問題を先延ばしにしちゃいけない。

 マルスの時折見せる優しさに触れる度、決心は揺らいでいく。だから早く、終わらせなければ。

 テーブルに突っ伏してぐっすりと眠るマルスを前に、ティナーシェは拳を固く握りしめた。


 ティナーシェはプレゼントを貰ってから数日後、御礼にお茶をとマルスに振舞った。ティーカップの中に強い睡眠薬を混ぜて。

 疲れが取れる体にいいハーブティーだと嘘をつき、一気に飲みほしてもらったそれは効果絶大で、ものの5分もするとマルスは寝息をたて始めたのだった。


 チェストの引き出しを開けると、中には小さなひと振りの剣。予め、ありったけの聖力を付与してある。


『聖女の権威に傷が付くことになるのよ。周りは大迷惑よ』 

『私なら縁を切るわ。いいえ、切るべきよ。直ぐにね』

『殺す。完全に縁を切りたいのなら、それ以外にはないでしょうね』

『剣か何かの武器に祝福を与えて心臓を貫くか、首をはねるか』


 ティナーシェの頭に次々と言葉が蘇ってきた。

 

 殺るしかない。

 マルスと私とが結ばれるなんてこと、あってはいけないし、望んでもいけない。

 私は聖女で、マルスは悪魔なのだから。


 短剣を手に取ると、固く冷たい金属の感触がする。

 これでマルスの心臓を貫き首を斬れば、全部終わりにできる。


 マルスを殺した理由を説明するのなんて簡単だ。

 胸元にある悪魔の印を見せれば済むだけなのだから。

 マルスが悪魔だということに気が付いた。だから祝福をした剣で貫いたのだと言えば、ティナーシェは当然のことをしたと誰もが思うだろう。


 鞘から抜いた剣身は、強ばるティナーシェの顔をくっきりと映し出している。


 私は何も、間違っていない。

 魔物を殺すのと一緒だもの。

 ただそれが、人の形をしているってだけで。


 剣を構えたまま、そろりとマルスへと近付く。

 その背は寝息の音に合わせて上下し、首筋は無防備に襟から覗いている。


 体の震えが止まらなくて、大きく息を吸い込んだ。

 一思いに殺らなければ、目覚めて抵抗されてしまうかもしれない。

 躊躇うことなく、一気に。


 呼吸を整えるため閉じていた目を開くと、ふとベッド脇のサイドテーブルに目が止まった。

 手入れ用のオイルと、寝る前に読む本と、そして――砂の詰まったビン。


 エメリアに言われて買ってきたというプレゼント。マルスの事だから、無駄に豪華な石でも付いたアクセサリーだと思っていた。

 だから開けた時にはポカンとしてしまった。またからかってきたのかと思えば、そうではなかった。 


 海を見てみたいと言ったこと、ちゃんと覚えていてくれたんだ。


 それはいつしたかも思い出せないほど、何気ない会話。


『マルスって海を見たことある?』


 たまたまその日の昼食に海の魚が出されて、マルスならいろんな所へ行ったことがあるのではないかと思って聞いてみたのだった。

 この国は一部の地域は海に面しているが、ティナーシェはまだ見たことがない。その内浄化の為に海辺にでも派遣されないかと思っているのだが、その機会はなかなかやって来ない。


『何百年も生きていれば、流石に海くらい何度も見たことがある』

『そうよね。いいなぁ。私も一度でいいから行ってみたいのよね。ねえ、どんな所? 絵画でしか見たことがないから教えてよ』

『大量の塩水と大量の砂』

『ちょっと、もっと他にあるでしょ?』

『いや、本当だって。あと波の音がうるさい』

『もーーっ!』


 一粒一粒が星の形をした砂の中には、小さな巻貝や二枚貝も入っている。瓶の上部にはマリンブルー色のリボンが結ばれていて、行ったこともない海の情景が目に浮かぶ。


「そんな訳……ないじゃない……」


 魔物と同じだなんて、嘘だ。

 人の形をしているだけなんて、そんな訳ない。

 自分を喜ばせるために、きっとすごく考えてくれたであろうプレゼント。

スラム街へ薬を配りに行くと、いつも残しておいてくれる一粒のキャンディ。

 マルスが悪魔だからという理由だけで、殺せるはずがない。


「ふっ……うぅ……。どうすればいいの、アルテア様……」


 ――好きな人を殺せない。殺したくない。

 

 立っていることも難しくなったティナーシェは、その場に座り込んで泣きじゃくった。


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