2. 浄化の任務①
馬車に揺られること5日。ユートルモス地方へ入った。明日には最も瘴気の濃い場所へ到着するとの事で、聖女一行は手前の町に宿泊し準備を整えている。
ティナーシェが部屋で、この辺りの地図を見ながら地形を頭に叩き込んでいると、夕食の準備が出来ましたと宿の従業員が教えに来てくれた。
「聖女様、明日の浄化頑張ってください。無事に終えられるよう、アルテア様にお祈りします」
「ありがとう。あなたにも、天と光の女神の加護がありますように」
まるで偉大な何かを見るような眼差しを向けられて居心地が悪くなったティナーシェは、急いで食堂へと向かった。
私がポンコツなのも知らずに、なんだか申し訳ないな……。
ティナーシェのする浄化など、他の聖女達に比べたら大したことない。足を引っ張るばかりの自分に賞賛や御礼の言葉を贈られた日には、恥ずかしさのあまり消えてしまいたくなる。
「こんな事になるなら、聖力なんて発現しなきゃよかったのに」
ティナーシェに聖女の力が目覚めたのは、今からおよそ5年前。伯爵家の長女として生まれたティナーシェは、当時15歳だった。
この世には地上の他に天国と地獄があり、瘴気というのはどうやら、地上と地獄との間に出来た裂け目から、地獄の空気が流れ込んで来ることによるものらしい。その裂け目からは空気の他に、地獄に住む魔物たちも這い出してくる。
また一方で、地上と天国との間に裂け目が生まれることも勿論ある。そういった場所は自然災害が起きにくく、穏やかで豊かな土地となるため、大きな街となることが多い。
この国の王都も、天国との裂け目があるらしき場所に設けられている。
裂け目が何時どこに出来るかは、誰にも分からない。ティナーシェの暮らしていた伯爵領に出来た裂け目も突然だった。
次々と湧き出てくる魔物と、毒気や悪気。あまりに急速に広がった瘴気に聖女や聖騎士の到着が間に合わず、領民たちが次々と倒れる中、ティナーシェ達家族も領民を避難させるのに必死だった。
父や母、弟に妹。瘴気に当てられた家族も倒れもう終わりだと思ったその瞬間、奇跡は起こった。
ティナーシェの両手のひらから青白い光が溢れ、その光は一気にティナーシェを中心として周りに広がり駆け抜けていったのだ。
光が収まり辺りを見回すと、瘴気が消え、毒気に苦しんでいた家族が何事も無かったかのように目を開けた。
それだけじゃない。
魔物に襲われ怪我を負っていた人達の傷も、いつの間にか綺麗に癒えていてた。
伯爵邸の近くの町まで来ていた聖女一行も、その青白い光が町中を走っていくのを見たらしく、当時、副聖騎士団長だったダリオが『新しい大聖女の誕生だ』と言って、嬉々としてティナーシェをペジセルノ大聖堂へと連れて帰った。
旅の道中、歴代最強、とんでもない聖力の持ち主だと周りからはやし立てられ、大聖堂へと到着したティナーシェは、聖力を測る水晶玉の前へと立たされた。
枢機卿に言われた通りに、水晶玉へ聖力を送り込んだティナーシェだったが……。
水晶玉は蛍の光ほど、ほんの微かに光っただけで、皆が期待していたような眩い光は灯らなかった。
あの時の空気と言ったらもう、今思い出しただけでも吐き気がする。
何故そんな目で私を見るの?
私は何も知らない!
勝手に人を持ち上げて、連れてきて、勝手に落胆しているだけじゃない!!
そう言ってしまえたら、どれだけ良かっただろう。
一応聖力はあるのだし、ペジセルノ大聖堂で預かると言われたが、もちろん当時は抵抗した。歓迎はされず、冷ややかな目で見られることは分かっていたから。
実家の伯爵家に手紙を送り事の次第を伝えると、返信にはこう書かれていた。
伯爵家の顔に泥を塗った恥知らず。
これ以上の恥をかかせるな。
帰ってくることは許さない。
誰が領民を救ったのか、誰が自分たち家族を救ったのか。そんなことはすっかり忘れてしまったかのように、冷たく突き放された。
家族もあれだけ『伯爵家から大聖女が誕生した』と周りに触れ回っていたのだから、当然と言えば当然の結果だったのかもしれない。
結局、今もこうしてティナーシェは、ペジセルノ大聖堂で聖女をしている。
そんなティナーシェを『落ちこぼれ聖女』と初めに呼びだしたのは確かエメリア様だ。そう言えばエメリア様はあの日、伯爵領にシルヴィー様と一緒に派遣されて来ていたんだったけ。
本当に、あの時自分が発した青白い光はなんだったのだろう?
確かに自分の身体の内側から出したものだったのに。
まぁ、今となってはどうでもいいか。
あの時の力はもう出ないことは、これまで散々試してみて分かったから。
もしかしたら伯爵を哀れんだ女神様が、気まぐれに手を貸してくれただけかもしれない。
実際伯爵は自分に、女神の加護があったのだと思っているらしいし。
自分の過去を振り返り暗い気持ちで食堂へと入ると、「こっちこっち」とティナーシェを手招きする老人がいる。
「ジーノさん。隣失礼しますね」
「もちろん歓迎だよ」
ジーノは聖騎士団に所属する、最年長の聖騎士。聖女には身辺警護をする聖騎士が必ず付くのだが、ジーノはティナーシェがペジセルノ大聖堂へやって来た時からずっと、ティナーシェ付きの護衛騎士をしてくれている。
「今回の遠征で引退すると伺いました」
「ああ。儂ももうすぐ65だからね。四捨五入したら70だよ! わっはっはっ!」
「引退したらどうするのですか?」
「妻とのんびり暮らすさ。家には息子夫婦と、それから孫も結婚して一緒に住むってんだから、大所帯だよ」
「それは賑やかで楽しそうですね」
ジーノにはとてもお世話になったし、家族と幸せな余生を過ごして欲しいと思うのは本音だ。でも、寂しくて不安な気持ちがあるのもまた本音だった。
ティナーシェの護衛騎士を決める時、誰一人として手を挙げなかったという過去がある。聖騎士団長に押し付けられる形で、ティナーシェの護衛騎士となったジーノだったが、今では祖父のような存在になっている。
ティナーシェの複雑な胸中を悟ったかのように、ジーノが肩に手をおきティナーシェの瞳を真っ直ぐに見つめてきた。
「……ティナーシェ。儂はお前さんが聖女としての能力が他の人に引けをとっていたとしても、人として劣ると思ったことは一度もないぞ。真面目で心優しいお前さんが、儂は大好きだ。ティナーシェの護衛騎士となったことを誇りに思う」
「本当……ですか?」
「もちろんだよ。だから心配するんじゃない。次の護衛を務めるやつが、もしかしたら初めは嫌そうな顔をするかもしれない。でも直ぐにティナーシェの護衛騎士となれたことに感謝するさ」
微笑んだジーノの目尻に無数の皺が寄った。
この顔を見てホッとできるのもあと僅か。無事に任務を終わらせて、ジーノを早く家族の元へ帰らせてあげないと。
明日の浄化任務について考えながら、ティナーシェは食事を終えた。