19. マルスからのプレゼント
プレゼントって言ったって、何を買えばいいんだ?
マルスは街中に立ち並ぶ店を前に、首を捻った。
ティナの喜びそうなもの、か。
花、ティーカップ、香水、手入れ用のオイル……。ぬいぐるみって歳でもないし、ここはやっぱり無難にアクセサリーか?
ティナーシェは今日は特別外出の予定は無いと言うので、マルスは今、ティナーシェへ贈るプレゼントを選んでいる。
事の発端はエメリアだ。
ティナーシェと一緒に王宮舞踏会へ参加する為の服を用意した日の夜、エメリアに呼び出された。そこでティナーシェへ贈り物でもしたらどうかと提案されたのだ。
『服は用意できたのかしら?』
『ああ、ばっちり』
『それなら良かったわ。それでねえ、マルスさん。貴方ってティナーシェのこと好きなんでしょ?』
『そうだけど?』
あまりにあっけらかんと言い放ったマルスに、エメリアはカクンッと肩を落とした。
『そこまでハッキリしていると清々しいわね。初めこそ手玉にとってやろうと思ったけど、これは無理そうだわ』
『うん。お前じゃ無理』
『……もういいわ。それでだけど、今日一緒にお茶をした時にティナーシェが妙なことを言っていて。アルテア様に反対されているとか何とかって……。詳しいことはよく分からないけど、そこからずっと元気がないのよ。はっきり言って見ているとイライラするから、貴方が元気づけてあげてよ』
『と言いますと?』
『プレゼントとかどうかしら? 男性からプレゼントをされて喜ばない女性なんていないわ。あなた達の関係って思ったより複雑そうだけど、好きなら態度で示してあげるのも一つの手よ』
そんな会話があったので、マルスはアドバイスに従い行動に移しているというわけだ。
アルテアに反対されている、ねぇ。
何をどうエメリア達に話したのかは知らないが、ティナーシェも思うところがあるらしい。
マルスも丁度、次の一手をどう打つべきか考えていたところ。物で釣る作戦は一番初めにやって失敗したが、今回はどうだか。
「どれもしっくりこないな」
ショーウィンドウ越しに物色してみるが、イマイチこれだという物に出会わない。
女なら高そうな宝石でもくれてやれば喜ぶんじゃないかと思ったのだが、ティナーシェの心を掴むとはおよそ思えない。
「香水をつけている所なんて、見たことないしな」
ティナーシェは普段香水は付けていない。にもかかわらず、ほのかにいい香りがするのは気のせいか。あの香りを香水でかき消してしまうのは惜しい気がする。
――ああ、あいつもあの時、こんな気持ちだったのか。
前任の護衛聖騎士ジーノへのプレゼントを買いに行ったあの時、ティナーシェはやたらと楽しそうだった。
買い物へ行くと言うから自分のものでも見て回るのかと思ったら、他人にあげるための。それも今後会うかも分からないやつの為に。
当時のマルスには全く理解し難い行動だったが、今ならわかる。
自分が大切に思っている人の喜ぶ顔を、ただ見たい。それだけの事が、こんなにも自分の心を満たしてくれるとは。
そういえば、とマルスはティナーシェとしたある日の会話を思い出した。ティナーシェが言っていた言葉は、贈り物を何にするのか決めるのに、良いヒントが隠されているかもしれない。
「問題は、どうそれをプレゼントするかだよなぁ」
考えを巡らせるマルスは、もう一度街中を歩き出した。
「ティナーシェ、ちょっといいか?」
「なぁに?」
ノックをしてから部屋へと入ると、仕事を終えたティナーシェは、聖女服の上着を脱いでいるところだった。
「この前の買い物はどうだったんだ? 気に入ったドレスは買えたのか?」
「あ、うん。エメリア様が私に似合う、素敵なデザインの物を選んでくれたの。それからみんなでお茶もして、楽しかったわ」
「ふーん、その割にずっと元気ないけど」
「そ、そうかな。ちょっと疲れているみたい。ほら、舞踏会へ行くのなんて初めてだから、マナーレッスンも頑張ってるし」
ティナーシェは街へ出かけてからの一週間はずっと上の空で、仕事も集中出来ていない状態だった。マルスが目撃しただけでも、十回は誰かに謝っていた。
きっと、自分との仲をどうするべきか悩んでいる。
だからこそこれを、ティナーシェに受け取って欲しい。
「ならいいけど。それでさ、エメリアにお前を元気づけるためにプレゼントでも贈ったらどうかと言われて、用意してみたんだ」
「エメリア様に言われたって、そこ言っちゃうの?」
クスクスと笑うティナーシェの手に、持っていた包みを握らせた。
何故物をあげるだけの行為で、こんなにも気恥ずかしくなるんだ?
「とにかくだ、受け取れ」
「ありがとう。今開けてもいい?」
マルスが返事をするよりも早く、ティナーシェはリボンを解いている。
箱の蓋を開けたティナーシェは、中身を見て黙っている。
やっぱり、俺は間違えたのか?
無難に宝石でも付いたアクセサリーを買ってくればよかったと、後悔の念が押寄せてくる。
「マルス、なんでこれを私に?」
「前に言ってただろ、海を見てみたいって」
「だから砂?」
「ああ、星の砂って言うらしい。実際には砂じゃなくて、生き物の殻らしいけどな。……気に入らなかったか?」
胃がよじれそうなほどの不安。
俯いたままのティナーシェは、肩を震わせている。
あまりに馬鹿げたプレゼントに、笑っているのか?
「おい、ティナーシェ、気に入らなかったら別のものを用意してくるから……」
「ううん、マルス。すっごく気に入ったし、すっごく嬉しい」
ありがとうと言ってマルスを見上げたティナーシェの瞳の色が、涙で濃い金色に輝いていた。
「なっ、泣くほどのことかよ」
「うん、泣くほどのこと」
女が泣くところなど、うんざりするほど見てきた。痛ぶり、苦しめ、辱めて。
だが嬉しさに涙する人がこれ程までに美しいとは、マルスは知らなかった。
心臓を鷲掴みにされたかと思うほど苦しく、アルコールでも飲んだかのように身体が浮つく。
「ばーか。こんなもんで喜んで、安い女だな。これ銀貨1枚だぞ」
「もうっ、折角のプレゼントが台無しじゃない!」
一瞬の静寂からの、笑い声。
「……ぷっ! ふっ……ふふふっ」
「……くくっ」
それから二人はしばらく、顔を見合せながら笑った。