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18. 街へとお出掛け

 なんて言って誘おうかな……。

 マルスにはまだ、舞踏会へ一緒に行こうとは言っていない。早く誘わないと、不参加の返事をしてしまうかもしれない。


 いや、不参加でいいじゃない。

 エメリア様には、マルスがもう返事をしちゃてたって言えるわけだし。

 勇気をだして!


「ねえ、マルス。今日、エメリア様とシルヴィー様と一緒に街へ行くって言ったでしょ?」

「ああ。舞踏会へ出るためのドレスを買いに行くんだろう?」

「え? 何でそれを」


 マルスにはただ、街へ行くとしか言っていないのに。


「エメリアから聞いた。俺も来いってさ。パーティーに参加するのに似つかわしい服を見繕って来いって言うから、俺はエメリアから紹介された仕立て屋に行く予定だ」

「…………」

 

 すでに根回しされていた後だった。


「護衛にはシルヴィーとエメリア付きのやつが行くらしい。あんまりぞろぞろとついて行くと邪魔だから俺は付いてくるなってさ。むしろ雑魚二人より、俺一人いれば十分だろうに」

「マルスって、エメリア様とシルヴィー様を守る気あるの?」

「ない」

「…………」


 エメリアはきっと、マルスの心構えがなっていないことを見越して言ったのだろう。


「二人護衛がいれば大丈夫だから。街には衛兵も沢山いるし」

「絶対に一人で行動するなよ」

「分かってるわよ」


 こうやって心配される度、胸が疼く。

 『番』という存在が、ティナーシェにはどういうものなのかは今でもよく分からない。マルスの最初の反応からするに、好きかどうかなんて関係なく決まった相手ってことなんだと思う。

 だからマルスは、ティナーシェがと言うよりかは単純に、番に何かあったら困るという感覚でいるだけなのかもしれないのに、ティナーシェの心を逐一締め付けてくる。


  

 ティナーシェとエメリア、シルヴィー、それから護衛の聖騎士二人とが集まると、大聖堂を出発した。

 ペジセルノ大聖堂は王宮のすぐ側、賑わいを見せる街中にある。わざわざ馬車になど乗らなくても買い物へ行けるので、立地としてはかなり良い。

 エメリアの行きつけだというドレスショップへと入ると、色とりどりのドレスが目に飛び込んできた。


「いらっしゃいませ、エメリア様」

「今日は聖女仲間も連れてきたの。今度の王宮舞踏会で着るためのドレスを用意しようと思って」

「まあ、左様でございますか! 毎度のお引き立て感謝申し上げます」

「こちらの二人はパーティードレスには慣れていないの。似合うドレスを見立ててあげるかしら?」

「もちろんですわ! さあ、お二人ともこちらへ」


 待っていましたと言わんばかりに店員達が、店の奥から出てきた。あれよあれよという間にドレスをあてられる。


「ティナーシェ様は青い御髪をしてらっしゃるので、白か寒色系のお色が良さそうですね」

「こちらの形なんていかがでしょう。今流行りのデザインなんですよ」


 大聖堂に連れてこられる前は、よく母と一緒にこうやってお洋服を選んだりしていたっけ。

 その母とも、ティナーシェが聖堂へ行ってからは一度も会っていない。恥さらしな娘だと思われているのだと考えると、気持ちが沈む。


 もう一番お手頃なやつでいいかな。

 どうせ私のドレス姿なんて興味無いだろうし。


 投げやりな気持ちになってきた所で、先にドレスを選び終えたエメリアがやって来た。


「うーん、ティナーシェの体型から言うと、流行りのよりこっちの形の方が似合うわ。それからこんなリボンふりふりもダメ。子供っぽすぎる」


 ズバズバと指摘するエメリアと、テキパキとドレスを持ってくる店員。ようやくエメリアのお眼鏡にかなうドレスが見つかったらしく、「よしっ」と頷いている。


「このドレスでいいわ。どう? 似合うと思わない?」


 上部から太腿の辺りまではくすみがかった水色、八の字に割れたその下からは淡いイエローのチュール生地がたっぷりと使われたスカートが覗いている。実際にドレス試着してみると子供っぽ過ぎず、かと言って背伸びしすぎないティナーシェに丁度良い加減のデザインだ。


「すごい。すごくしっくりときます」

「そうでしょ? じゃあこれに決まりね」


 お値段が幾らかも聞かず、とっとと注文をしている。


 まあいいか。ちょっとずつ貯めているお金があるし、足りなかったら持っているものでも売ればなんとかなる。


 それに、とティナーシェはエメリアを見て何だか嬉しくなってしまった。

 

 友達って言ったら怒られるのかしら?


 こちらにやって来てから誰かとこうして、あーでもない、こーでもないとショッピングを楽しむ日が来るなんて思ってもみなかった。


「なによ、人の顔みてニヤついて」

「ごめんなさい。お友達とショッピングをするのってこんな感じなのかなって。楽しくて」

「な、な、な、また大袈裟ね! 買い物くらいいつでもつ、つ、つ、付き合ってあげるわよ!」

「本当ですか? ありがとうございます」


 顔を真っ赤にして、照れているエメリアは可愛らしい。


「じゃ、じゃあ折角だもの。お茶でもして帰りましょう。美味しいタルトがあるお店があるの」

「はい、是非行ってみたいです」

「シルヴィー様も終わったようだし、声を掛けてくるわね」


 三人揃って、今度はスイーツショップへ。テイクアウトはもちろんの事、店内でもスイーツを楽しめるようにイスとテーブルが並べられている。

 店に入ると甘い香りが漂ってきて、多くのお客で賑わっていた。ちなみに護衛の二人は外で待機していてくれる。


「半個室もあるのね。これなら人目を気にせずゆっくりと出来そうだわ」


 シルヴィーは被っていたフードを取ると、個室内を見回しながら言った。

 店には壁で区切られたテーブル席もあり、エメリアは店に入るなりこの席を指定していた。ドレスショップでもそうだったが、こちらのお店でも常連のようだ。


「そうでしょう? ティナーシェはどうだか知らないけど、私たちって目立つでしょ。こういう場所って本当、助かるのよね 」


 シルヴィーとエメリアは全国の聖女の中でも、一・二を争う実力の持ち主。地方からわざわざ会いにやってくる熱心な教徒もいて、ティナーシェとは違い、顔も名前もよく知られてしまっている。気苦労も多そうだ。


 運ばれきたスイーツとお茶とをしばらく楽しんでいると、エメリアは唐突に話を切り出してきた。


「ねえ、マルスさんとはどこまでの仲なの?」

「げほっ、げほっ!!」

「大丈夫?」


 隣に座っているシルヴィーが、むせるティナーシェの背中を撫でてくれた。


「大丈夫です。……前から言っていますが、マルスとはただの聖女と護衛という関係で、何でもないんです」

「やだ、ティナーシェったら。マルスさんが可哀想よ。わざわざ伯爵家から追いかけてきたんでしょ? それを何でもないだなんて」


 そう言えば、そういう設定にしたんだった。


「私も。ティナーシェとマルスさんは両思いだとばかり思っていたわ」

「周りからは、そんな風に見えるんですか」

「だって、マルスさんが来てからのあんたは素を出せてると言うのかしら。それに楽しそうだわ」


 素を出せてる、か。

 調子が狂うと思っていたけれど、確かにマルスといる時の自分は素の状態だったのかもしれない。悪魔に自分がどう思われようと、どうだっていいって思っていたから、我慢したり取り繕ったりしなかった。

 

「あんな美男子、そうそういないわよ。何が問題なのよ」


 エメリアの言葉に、シルヴィーの頷いている。

 

「聖女と聖騎士が恋に落ちて夫婦になった例なら、過去にいくつもあるわ。それともご実家の伯爵様が反対なさっているのかしら」

「反対しているのは父ではなくて……」


 口ごもるティナーシェに、エメリアが少し苛立っているのが分かった。トントンと指でテーブルを叩いている。エメリアはこういう、うじうじした態度が余程嫌いなことが分かる。

 遠回しに、聞いてみてもいいかな?

 一人で悩んでいても堂々巡りで、答えを導き出せそうもない。

  

「あの……これは相手がマルスじゃなくて、別の誰かだと思って聞いて欲しいのですが」

「いいわ。言ってみてよ」

「もしもアルテア様に想う相手との仲を反対されたとしたら、御二人ならどうしますか?」

「「アルテア様に……?」」


 二人の声が見事に重なった。

 

「アルテア様から何かお告げでもあったの?」

「そういう訳ではないのですが……」


 エメリアに聞かれて首を横に振ったが、続く言葉が見つからない。なんて説明したらいいのやら。聖女だからと言って神託を授かるとかはない。けれど聖女が悪魔とだなんて、アルテア様が許るはずがない。いや、それが例え聖女でなくとも、だ。

 

「ティナーシェ、詳しいことはよく分からないけれど、意見を言わせてもらうわね。アルテア様に反対されているとするなら、私ならその方との仲は諦めるわ」


 シルヴィーは紅茶を一口飲むと、カップを静かにソーサーの上に置いた。

 

「だってそうでしょう? 私達は聖女なのよ。アルテア様のご意志に背くなんて出来ないわ。それに、無理に自分の気持ちを押し通したりなんてしたら、問題はティナーシェだけのものでは無くなるの。貴女が女神様の意思に背けば、世間ではどう思うかしら? 聖女の権威に傷が付くことになるのよ。周りは大迷惑よ」


 隣に座るシルヴィーが、しっかりとティナーシェの顔を見据えてきた。鋭い目線が突き刺さる。

 

「私なら縁を切るわ。いいえ、切るべきよ。直ぐにね」


 シルヴィーの言うことが最も過ぎて、なにも言い返せない。

 泣かないようにするだけで精一杯で、エメリアの同意する台詞も頭に入ってこない。


「そう……ですよね……」


 ベリータルトの最後の一欠片は、ひどく苦い味がした。

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