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17. 舞踏会のお誘い

 夕食の時間。いつも通りに食堂へ行くと長いテーブルにはそれぞれの席に、食事が並べられている。聖女も他の聖職者と同じ食事をとるので、席は早く来た人から順に座っていく。

 パン一切れに、豆と野菜の煮込み。それからマッシュポテト。デザート代わりのオレンジジュースが飲み物として添えられている。

 食事の前にアルテア様に祈りを捧げてから、スプーンを手に取って煮込み料理を口に入れた。

 

「あーぁ、また豆のスープ? 3日前にも同じもの食べたわよ」


 目の前に座るエメリアが「もう飽きた」と、辟易した様子でパンをちぎっている。


「ティナーシェ、あんたも本心ではそう思っているでしょ? 実家にいた時なら食事は、前菜から順番に出てくるものだもの」

「えーっと、まあそうでしたね。でもテーブルマナーを学ぶために、時々豪華な食事を出してくれる時もありますし」


 突然話しかけられて、ティナーシェは一瞬身構えてしまったが、もうそんな必要は無いことを思い出した。

 

 エメリアとはあの浄化の助っ人として来てくれた日以来、こうしてお喋りするようになった。

 どうしてなのかと驚くティナーシェに、エメリアはあっけらかんと言い放った。

 『だって、最近のあんたは面白いから』と。

 エメリアは良くも悪くも、ハッキリとした性格をしている。

 ティナーシェがいつも話しかける度に怯え、泣きそうな顔をしてうじうじしているのが気に食わなかったそうだ。

『暗くて鬱陶しいのってほんと嫌い。見ているとイライラしてくるのよ』

『最近のあんたは結構好きよ。意見もちゃんと言うし、笑ったり騒いだりで見ていて面白いわ』

 と言うエメリアに、なんて自分勝手な。と思わなくもないけれど。裏表が無いので腹のうちを探らなくていいし、ある意味付き合いやすい人とも言える。


「まっ、私はこんな生活とももうすぐお別れだと思うけど。ティナーシェは出るの? 今度の王宮舞踏会」


 王宮で毎年盛大に行われる舞踏会には、普段の労をねぎらう為に聖女も呼ばれる。

 というのは建前で、実際には聖女の婚活場所である。普段聖堂に引きこもっている聖女は、結婚後に身を置く場所が欲しいし、貴族達も聖女と知り合う機会が欲しい。

 地方の聖堂にチラホラと点在している聖女も呼ばれ、聖女と、聖女との婚姻を考えている貴族との出会いの場なのだ。

 

「わっ、私は遠慮しておこうと思っています」

「何言ってるのよ。あんたももう20歳でしょ? そろそろ社交場に出て、めぼしい相手を見つけておいた方がいいわよ」


 ティナーシェは毎回、王宮舞踏会への出席を断っている。民にはティナーシェが落ちこぼれである事を知らない人も多いが、貴族の社交界は違う。5年前のアルチュセール家の恥ずかしい話はとっくに貴族間で広がっていて、伯爵もティナーシェが社交場に顔を出すことを嫌がっている。

 出席はしないと言うティナーシェに、エメリアはニヤァと笑った。


「ああ、そうよね。ティナーシェにはマルスさんがいるもの」

「え゛?!」

「婚活する必要なんて無いんだったわ。でもね、伯爵家の娘ならやっぱり出ておいて損はないわよ。人脈を広げておかなくちゃ」


 なんでそうなるの……。

 未だにマルスが恋人の設定を覆せないでいる。


「エメリア様は王太子様と一緒に出席なさるのですか?」

「そうよ。私ももういい歳だもの。近々婚約を発表する予定なの。来年か再来年には王宮暮らしよ」


 エメリアと王太子との結婚話は、前々から噂されていた。

 侯爵家の生まれで、さらに聖女の中でも2番手の実力を持つエメリアだ。容姿にしても申し分はないし、王太子との婚姻はごく自然な流れと言える。


「そうだ! ティナーシェはマルスさんと来れば良いじゃない。聖騎士は騎士階級の中でも特別よ。舞踏会にだってほとんどの聖騎士が参加するもの」


 エメリアの言う通り、聖騎士は普通の貴族に仕える騎士とは扱いが違う。

 聖騎士へ侮辱は女神アルテアへの侮辱に同じ。

 アルテア様から入団の許しを得なければなれない聖騎士は、騎士階級の中での地位も高く、貴族からも取り分け丁寧に扱われるのだ。

 だから聖女が聖騎士と参加することは、なんの不思議もないのだが……。


「マルスと、ですか……」


 不安でしょ。あのマルスよ? 不安しかないでしょ!?

 王宮の舞踏会なんて畏まった場所に、あの男はおよそ似つかわしくないと思うのですけど。


「マルスさんだってアルテア様に認められた聖騎士なのよ。強制退団も拒絶されたほどの方じゃない。大丈夫よ。ただ飲んで食べて、お喋りするだけなんだから。踊らなくたって構わないもの」

「そうですが……」

「そうと決まったら早速ドレスを買いに行きましょ!」

「ええっ?!」


 どんどん話を進めるエメリア。

 そこへ隣で静かに食事をとっていたシルヴィーが、「楽しそうね」と話しかけてきた。


「私も今年の舞踏会には参加しようと思っているの」

「あら、シルヴィー様も?」

「ええ。エメリアさんの言う通り、私もいい歳だもの。そろそろ社交場へ出ようと思って。貴族のお二人には、色々と教えて頂きたいわ」


 シルヴィーは聖女としての職務に集中したいからと、これまで社交場へ出ることはあまり無かった。流石に20歳を超えると一般女性は結婚しているか、相手がいるのが普通なので、シルヴィーも考えが変わってきたようだ。


「いいわ。それならシルヴィー様も一緒に、私行きつけのドレスショップに行きましょう」


 こうしてティナーシェはエメリアとシルヴィーの三人で、街へと出かけることになった。

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