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16. 魔塔③

 やっぱり……それしかないよね。

 ぎゅうぅ、と胸元が苦しくなる。

 奥歯を噛み締めるティナーシェに、テオは言葉を続けた。


「悪魔を殺す方法について、ハッキリとこれだとは申し上げられません。悪魔は基本的に地獄に住んでいて、地上に出てくるのは悪魔召喚の儀式を行った時だけですから。望まれて姿を現した悪魔にわざわざ刃を突きつける人は、そういないでしょう」

「そう……ですよね」

「考えられるとすればやはり、剣か何かの武器に祝福を与えて心臓を貫くか、首をはねるか。魔物を倒す時と同じではないでしょうか」


 マルスの首をはねる……?

 すーっと血の気が引いてきた。


「顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

「あ、はい。少し疲れてしまったみたいです。――あれ?」


 ふらふらとする頭を押えて足元を見ると、石造りの床には、何かの模様が描かれていることに気が付いた。淡い灰色の石を下地として、濃い灰色や赤っぽい色、緑がかった色の小さな石が線を引いたように並べられ、部屋全体の床に大きな陣が描いてある。


 この陣、どこかで見たことがあるような?


「床の模様が気になるのですか? これは悪魔召喚の為の陣です」

「悪魔召喚?」

「ええ。呼び出す時にも使いますが、悪魔と契約すると、契約者にも契約印としてその模様が浮かび上がるそうですよ」


 悪魔と契約すると浮かび上がる……。そうだ、マルスの胸元にあった痣のような模様だ。


「それは悪魔側にも浮かぶものなのでしょうか」

「それは分かりかねます。悪魔側は謎が多いですから」

「そうですよね」

「ですが契約の際には悪魔に羽根を貰うのだそうです。契約者は自身の願望を叶えるために、その羽根に籠る力を使うという記録が残されています」


 初めてマルスに会った時、黒々とした羽根を背中から出して見せてきたことを思い出す。ティナーシェは他人の魔力や聖力をあまり感じ取れる方では無いが、その膨大な魔力に息を飲んだくらいだ。


 マルスは誰かと契約している?


 もともと悪魔に刻まれているものなのかもしれないが、マルスにあったあの模様は完全ではなく、半分以上欠けていた点も気になる。


「ティナーシェさん?」

「はっ、はい」

「やはり気分が優れないようですね。部屋に戻りましょう」


 テオが心配そうに顔を覗き込んできた。

 そのまま部屋へと戻ったティナーシェは、日が沈む前に森を抜けなければならないのでお暇することにした。


「テオ様、本日は急な訪問にもかかわらずありがとうございました」

「いえ、また機会があればいらして下さい。マルスさんも宜しければ是非」

 


 来た時と同じく、森の中を歩いて進む。

 一眠りしたマルスは気分が良さそうで、足取りが軽い。


「ちょ、ちょっと。待ってよ……」


 身体的にも精神的にも疲労感が酷い。

 マルスとはぐれないようについて行くだけでも精一杯だ。

 小走りになりながら呼び掛けると、ティナーシェの様子に気がついたマルスが足を止めた。


「おっせぇな。早く歩けよ」

「マルスはお昼寝して元気かもしれないけど、私は疲れてるの。もう少しゆっくり歩いてよ」

「ほんと、世話の焼ける奴だな」


 そう言ったマルスは、ティナーシェの前でしゃがんだ。


「何してるの?」

「乗れ。遅すぎる」

「い、いいよ! 自分で歩けるもの」

「急がないと日が暮れるだろ。早くしろ」


 強い口調に気圧されて、ティナーシェは渋々マルスの背に乗った。


「体の力抜いてくんないと持ちにくい。もっとリラックスしろ」

「リラックスって言われても……」


 いい歳して男性におんぶされるだなんて、緊張するに決まってる。なんとか落ち着こうと、マルスの背中に体を寄せてみた。

 

「これでいい?」

「ん」


 歩く度、マルスの銀色の髪がサラサラと揺れる。ムスクのような濃密な香りと、温かい背中。気持ちが良くなってついその首筋に頭を預けなくなる。


「寝てもいいぞ」

「眠れるわけないでしょ」


 そんな会話を繰り返している内に、ティナーシェの意識は夢の中へと落ちていった。




「おい、馬車に乗るから起きろ」

「へっ……?!」


 マルスに呼び掛けられてハッと目を覚ますと、いつの間にか通りに出ていた。

 背中から滑り落ちるようにして地面に着地したティナーシェは、自分の肩口を見て顔を顰めているマルスに平謝りした。


「お前なぁ」

「ご、ごめんね。揺られてたら気持ちよくなってきちゃって。ちゃんと洗濯するから!」


 熟睡し過ぎたティナーシェは恥ずかしいことに、人様の肩にヨダレを垂らしながら眠っていたらしい。マルスの上着の肩口が濡れてしまっている。


「まあいいや。乗るぞ」


 あ、あれ?

 意外にもさほど怒られなくて、拍子抜けしてしまう。車へと乗り込むと、辻馬車はゆっくりと走り出した。

 車内にはマルスとティナーシェの二人だけ。

 ゴトゴトとくぐもった音が響いている。

 薄暗いせいか、行きの馬車では感じなかった気まずさのようなものを感じる。

 何を喋ろうかと考えを巡らせていると、先にマルスが口を開いた。


「それで、知りたかったことは分かったのか?」

「え?! ううん、見つかってない……かな」


 悪魔(マルス)との縁の切り方なら教えて貰った。

 けれどさすがにそれを正直には言えない。


「上着、貸してくれる? 拭くから」

「別にいいよ」

「私が気になるの」


 頬を赤く染めるティナーシェに、マルスはうっすらと口角を上げながら上着を脱いだ。

 ポケットからハンカチを取り出して、ポンポンとヨダレで濡れた箇所を拭く。

 初めは命を奪われるかもしれないと、あんなにビクビクしていたのに。いつの間にかこんなにも、心を許してしまっている自分がいる。

 マルスといると、ほんと、調子が狂う。


「ねえ、マルス。私ね、地下の礼拝堂でマルスの胸にある模様と同じ陣が描かれているのを見たの。テオ様に聞いたら悪魔召喚の為の陣で、契約印でもあるって言ってた」

「そう。正解」


 マルスはあっさりと認めた。

 これならもう少し聞き込んでも大丈夫かな。


「マルスは誰かと契約を結んでいるの? 地上に住む、誰かと」

「それも正解。契約を結ぶと、契約者にも俺にも全く同じ場所に契約印が浮きでる」

「じゃあ模様が欠けているのはなぜ?」

「契約者には3つ、望みを叶えるための力を貸す。1回、2回と力を使う度に模様が浮かび上がって、最後の3回目の力を使うと契約印が完成する」

「へぇ……。ちなみに、悪魔と契約を交わすとやっぱり地獄に落ちるんだよね……?」

「もちろん。1つ目の力を使えば地獄に落ちる。2つ目の力を使えば契約した悪魔の奴隷に、3つ目の力を使った場合は……」

「場合は?」

「奴隷として飽きたら魂を喰う」

「――!」

「それってつまり……」

「二度と転生は叶わない。この世からもあの世からも完全に消失する」


 ただ地獄に落ちるだけでは済まないなんて……。それが一体どういう事なのか、全く想像がつかない。死ぬより怖いことがあるなんて思ってもみなかった。想像するだけでも身震いしてしまう。

 契約を交わした人は怖くはないのだろうか?

 そう言えばマルスの契約印はまだ欠けた状態だ。


「それならマルスと同じ場所に契約印のある人を探せば、まだ間に合うってことよね?」

「どうだか。契約者側の契約印は普段は見えない。じゃないと生活しずらいだろ? だから契約した悪魔に触れた時にしか、浮かび上がらないようになっているんだ」


 そんなんじゃ分かるはずない。

 会う人ごといちいちマルスに触れてもらって、しかも胸元を見るなんて、あまりにも非現実的だ。

 

「その人が誰なのか、教えてくれたりなんてしないよね?」

「無理。契約者に不利になる情報は一切与えられない。それだけは絶対だ」


 やっぱり。

 なんとかして救いたいと思ったのだけれど。


「そんな顔するなよ。お前がどう思おうと、契約したやつは全て覚悟の上でやっていることなんだからな」

「だって……悲しいじゃない。魂を失ってでも叶えたい望みってなによ。そんなことあるの?」


 じんっと目頭が熱くなる。

 そこまでしたいことって何だろう。復讐とか敵討ち? それとも世界征服かしら?

 どんな事だって、そこまで価値のあることのようには思えない。


 その契約者という人を救う方法はきっと、私とマルスが縁を切る方法と同じだ。

 だから、優しくなんて抱きしめないで欲しい。

 悪魔を好きになんて、なりたくないのに。 

 

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