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11. 却下された誓い

 マルスが現れてから、事態は好転した。

 一人でバサバサと魔物を斬り倒し退路を築くと、聖騎士達はどうにか瘴気と魔物の手から逃げ果せた。

 その後直ぐに、応援に駆けつけてきた聖女二人と聖騎士達と合流。

 その内のひとりエメリアはNo.2の実力を持つだけあって、浄化のスピードがぐっと早くなり、リーチャとティナーシェの二人では、五日かかっても瘴気の広がりを抑える程度にしかならなかったが、たったの二日で完全に浄化が完了してしまったのだ。


 そのエメリアは拠点にしている村の小さな聖堂へと戻ってくるなり、世話役として付いてきた神女に足を揉ませてワインを飲んで寛いでいる。


「あの……エメリア様」

「なに?」

「聖騎士や民たちの治療はいつ行えるかと、部隊長が聞いているのですが……」


 エメリアを除く聖女達は、既に聖騎士や民への治癒を開始している。瘴気の発生による怪我や体調不良は、一般民にも特別に、無料で治癒の力を使ってもいいことになっているため人数が多い。

 なかなか来ないエメリアに痺れを切らした部隊長は、ティナーシェにエメリアを連れてくるよう言ってきたのだった。

 

「久しぶりに浄化なんてしたからすっごく疲れてるの。後にしてくれない?」


 疲れているのは分かっている。

 けれどそれはエメリアに限ったことではない。

 他の聖女や聖騎士だって極限まで力を使い果たしているし、痛みに苦しみ、生死を彷徨っている人だっているのに……。


「なによ、何か文句があるなら言ったら?」


 黙ったままのティナーシェに、エメリアは持っていたグラスを置いてため息をついた。

 

「あんたもさ、伯爵家の娘なら思わない? とんだハズレくじを引いちゃったって。だってそうでしょ? 貴族の娘として生まれたのに、なんでこんなボロ小屋の中で、不味いワインなんて飲まなきゃなんないのよ。それも、命を危険に晒してまで聖力を使わなきゃならないなんて。普通の令嬢として生まれていれば、騎士に守られるだけの存在でいられたのによ? 夜会や茶会にも、普通の令嬢のようには自由に参加出来ないし。服はいつもこの聖女服だし。ほんとやんなっちゃう」


 ティナーシェのすぐ後ろにいるマルスから、「ごもっとも〜」という声が聞こえてきた。


 なぁにが、ご最もよ!!


 フツフツとした怒りが湧いてきて、気がついた時には口が開いていた。


「やんなっちゃうのはこっちよ!! そんなこと言うんだったらね、その聖力全部私にちょうだいよ! そうしたら今すぐにだってみんなを助けられるじゃない! それであなたは侯爵家に帰って、可愛いドレスでも来てクルクル踊っていればいいのよ! さあ早くその聖力をちょうだいっっ! さあっ!!」


 い……言ってしまった……。

 ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をする自分の呼吸音がうるさい。

 真顔で迫ってきたティナーシェに呆気に取られていたエメリアは、咳払いをして立ち上がった。


「うるさいわね。そ……そんなこと出来るわけないでしょ?! 分かったわよ。私が行けばいいんでしょ、行けば!」

「ほ、本当ですか? ありがとうございます!!」


 重い腰を上げてくれたことが嬉しくて、先程までの怒りが嘘みたいに消えていった。ペコペコとしながらお礼を言うと、エメリアは眉間に皺を寄せている。


「変な子」


 え、変な子?


 確かに、最近の自分はちょっと変かもしれない。以前の自分なら絶対、こんなこと言わなかったのに。

 それもこれもきっと、マルスのせいだ。マルスがいると調子が狂う。


「良かった。これでみんな助かるわね」


 聖堂から出ていったエメリアに続いてティナーシェも、負傷者が集められている天幕へと向かおうと聖堂から出ると、出入口で何人かの聖騎士が立っていた。そのうちの一人が、ドアから出てきたティナーシェに近付いてくる。


「あ……」


 逃げる際、ティナーシェの胸ぐらを掴んできた聖騎士だ。その顔を見るなりマルスは、腰に提げていた剣の柄に手をかけた。


「お前、ティナに何をしたか分かってんだろうな?」

「ちょっとマルス……」


 ティナーシェの様子をずっと見ていたマルスも、この人が何をしたのか知っているらしい。殺気立つマルスを宥めるように腕を掴むと、聖騎士はガバッと頭を下げた。


「すまなかった!!!」

「え……」

「あの時は酷いことを言って……ずっと謝ろうと思っていたんだ」

「いえ、その、あの時は危機迫る状況で混乱していましたし……ね? 気にしてないですから」

「嘘つけ。夜メソメソしながら寝ているくせに」

「ちょ、ちょっとマルス!何でそれを……?!」


 何でマルスが知っているのよー!

 夜ベッドに入って一人になると、どうにもやるせない気持ちになって泣けてくるのだ。目が腫れてバレないよう、気を付けていたのに。


「天幕の外まで鼻をズビズビかむ音が聞こえてくるんだから、分かるに決まってるだろ」

「うっ……」


 恥ずかしい。

 そう言われてみれば、天幕や部屋の外はマルスが見張ってくれていたんだった。


「おまけに寝ている時もよくうなされているしな」

「もういいったら!」

「本当に、済まなかった。あの時だけじゃない。これまでもずっと貴女に酷い態度を取っていたことも謝りたいんだ。なあ、みんな?」


 声をかけられると、後ろにいた聖騎士達も一斉に頭を下げた。


「ティナーシェさん、すみませんでした!」

「僕も謝ろうと思って。あの時貴女が身を挺して魔物と戦ってくれなければ、僕たちは助かりませんでした」

「それにさっきのエメリア様への言葉で気付かされました。ティナーシェ様はずっと聖力が弱いことに悩み苦しんでいたのに、それなのに俺たちは……すみませんでした!」

「それにちょっとだけ……スッキリしたなぁ、なんて。エメリア様は浄化に行くのを渋るし、いつもなかなか治癒してくれないもので」 

「もう頭をあげてください。お気持ちはよく分かりましたから」


 こんな状況になるとは思いもよらず焦るティナーシェに対して、マルスは冷酷な表情をしたまま言った。


「ならこんなのどうよ? 俺が一人三発ずつ殴るとか。木剣で背中を叩くとか」

「そんな必要ないったら!」

「そう? こういう奴らは身体に覚えさせた方がいいと思うけど」

「あのね、マルス。そんな事しなくても人はちゃんと心を入れ替えられるものなのよ。私はこの人達の心を信じてるから。わかった?!」

「ふぅーん」


 悪魔のマルスにはどうにも理解し難いらしい。まだ不服そうな顔をしている。


「それで、ですね。俺たちも貴女に誓いを立てさせて下さい」


 聖騎士達は剣を地面に突き立てて跪くと、誓いの言葉を述べ始めた。


「我々はこの剣に誓い、聖女ティナーシェの盾となり命を懸けて……」

「はい却下ーー。却下、却下」


 マルスは聖騎士達が地面に突き立てている剣を足で蹴って、誓いを中断させている。


「あのさ、ティナの護衛は俺だけで十分だから」

「マルス、そんなことはないだろう。君の尋常ならざる強さは今回の遠征でしかと見させてもらったが、交代は必要なはず」

「お前らみたいな雑魚に任せられるかっつぅの」

「それでも一人では不十分だろう。他の聖女には複数人の護衛騎士がついている故、ティナーシェ様にも必要かと」

「うるさい奴らだなぁ。はっきり言わないと分からないわけ? ティナは俺のだから、邪魔するなってはなし。お分かり?」


 しれっとした顔で、とんでもないことを言い放ったマルス。しかもちゃっかり、後ろからティナーシェを抱き寄せてきた。

 言われた方も互いに顔を見合せている。

 

「な、な、な、何言ってるのよマルス! 変な誤解を……」

「やはり、そういう事だったか。ティナーシェ様もマルスには心を許している素振りでしたので、そうではないかと思っていた」

「いや、ちがっ……!」

「ティナーシェさん、照れなくても良いんですよ。聖女と聖騎士が結ばれるなんて話は、昔からよくある事ですから」

「そうじゃなくて!」

「そういう事なら誓いを立てるのは諦めるとしよう。だが我々は、何時でもティナーシェ様の助けになる。よく覚えておいて下さい」

「あ……はい」


 ニコッと笑って去っていく聖騎士達。

 うそでしょ……。

 

「よーし、邪魔者は行ったみたいだな。改めて仲良くしようぜ、ティナちゃん」


 不敵な笑みを浮かべるマルスに、ティナーシェは返す言葉が見つからない。

 この後ティナーシェとマルスが恋仲だという噂がペジセルノ大聖堂中に広まるまでに、そう時間はかからなかった。

 

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