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カーテンコールは終わりましたので 〜舞台の上で輝く私はあなたの”元”婚約者。今更胸を高鳴らせても、もう終幕。私は女優として生きていく〜

作者: しがわか
掲載日:2024/12/28

「ライネス、あ……あのさ」


 ここのところ距離を置かれている彼に、勇気を出して話しかける。

 その口実として、最近この王都へやってきた旅一座の公演チケットを手に入れたんだから……きっと大丈夫。

 緊張からか、チケットを握る手に汗が滲む。


「なんだい、ってシェリーかよ。学院内で話しかけるなといっただろ、この平民がッ」

「ご、ごめんなさっ……」


 彼はライネス。

 私の婚約者で——この国の第4王子。

 

「ねぇねぇライネスぅ。なに怒ってるのぉ?」

「なんでもないよ。さ、行こう」

 

 甘い声を出しながら、私の婚約者に駆け寄ったのはゼラ。

 この国の伯爵家、そのご令嬢らしい。

 わざとらしく私を横目で見ながらブロンドの髪を揺らし、彼の腕に胸を寄せている。

 二人はそのまま私の存在なんか忘れたかのように、腕を組みながら去っていった。


「はぁ……とても綺麗な髪だこと」

 

 私はぼそりと独り言ちた。それは恨み言といってもいい。

 この国の貴族は、そのほとんどが美しいブロンドの髪をしている。

 髪色が黄色に近ければ近いほど高貴とされているらしい。

 

 残念ながら平民である私は、そんな可愛らしい髪の色をしていない。

 私は母譲りの薄銀色をした髪を手ですくいとると、ため息をこぼした。


 とぼとぼと歩き、街の中心から少し離れた小さなお店の前に着く。

 ここがこの国での私の家。

 

「シェリー嬢、おかえりー」


 扉を開けると、暇そうに店番をしていたセイが声を掛けてくれた。

 けど、あまり誰かと話す気にはなれなくて。

 

「ん」

「ありゃ、お嬢ってばなんか機嫌悪い感じ?」

「べつにー」


 思わずそんなそっけない態度を取ってしまった。

 セイは元傭兵で、私が生まれてすぐの頃にウチの商会で働き始めたらしい。

 それからずっと近くにいてくれる兄のような存在だから、ついこうやって甘えてしまう。


「そういや親父さんから手紙が来てたぞ。心配してたみたいだし、返事書いてくれりゃ届けさせるぜ」

「ん、わかった」


 私の両親は商会を営んでいて、その本拠地は隣の国アデュオールにある。

 こっちに来たのは私と番頭兼ボディガードのセイ、それから数人の従業員だけ。

 私の留学に合わせて「せっかくだから店舗くらい構えておくか」なんてノリだけで建てたお店だからそれくらいで丁度良いんだけど。

 

「夜飯は?」

「……食べたくない」

「嬢の好きな『ブランバード』のパイ買ってあるんだけどなあ。んじゃ全部頂くわ」

「ち、ちょっとそれはズルいってッ!」

 

 

 この国はウチの——シャルグランデ商会の、大陸を網羅する特殊な流通網を欲した。

 王自ら第4王子と私を婚約させてくれ、と必死で懇願してきたそうだ。

 一国の王がそこまでいってくれるなら、と私の両親は渋々ながらそれに賛成したらしい。

 私と彼は、そんな政略的な婚約だった。

 

 とはいえ初めての顔合わせの時、彼に悪い印象は持たなかった。

 それどころか黄色に近いさらさらのブロンドヘアが綺麗で、笑うとくしゃりとなる顔も可愛くて。

 だからこの人との結婚ならいいかって、そう思うことにしたのに。


 

「もう、なんなのよ!」


 結局、夕食をぺろりと平らげた私は、ベッドに倒れこむと枕に顔をうずめてぼやいた。

 私たちの関係がおかしくなったのは、ゼラが彼の前に現れてから。

 積極的なボディタッチと甘い言葉で、ライネスはたちまち骨抜きになった。

 そのうち『いずれ結婚はしてやるから、学院内では声をかけてくるな』とまでいわれるようになってしまったのだ。

 

 学院は王弟貴族などが多く通う場所で、学生に身分の差はない、なんていうのは建前で。

 実際はただ社会の縮図でしかなかった。

 平民と貴族では使える施設も違えば、学び舎すらも別なんていう有り様。

 大商会の娘ではあっても平民の私は、そんな身分差に阻まれて婚約者のライネスになかなか近づくことができなかった。

 ならば、と城に直接面会を求めると、ライネスは体調を崩したと追い返される。


 だから今日は思い切って、貴族舎の出口で待ち伏せをして話しかけたのに。

 その結果が……あれだ。


「はぁ……やっぱり、ああいう髪色の娘が良いのかな?」


 這うようにベッドから起き上がると、鏡台で髪を梳かしながらあの金髪の令嬢を思い浮かべた。

 でも産まれもった髪色は変えられないんだから仕方がない。

 そもそも、特定の髪色なんかが尊ばれるのはこの国くらいだ。

 私も本心ではくだらない価値観の国だな、とそう思っていた。


「よし、明日もう一度だけ誘ってみよう」


 そう決めて、眠りにつく。

 今日は散々な日だったけど、それでも『ブランバード』のパイは美味しかった。

 それだけが救いだった。


 

 翌日、授業が終わってすぐにライネスを探した。

 あっちも授業は終わっているはずなのでこの辺にいるはず——あ、見つけた。

 駆け寄って話しかけようとする。

 けれど彼の隣にはあの令嬢がいて、更にいえば当たり前のように腕を組んで歩いていた。

 話しかけるタイミングを逸してしまい固まっていると、ゼラがこちらをちらりと見てから口を開く。


「ねえ、ライネスゥ。あんな婚約者捨てちゃいなさいよ」

「俺だってそうしたいけど、父上が決めたことだからな」

「どっかの商会の娘なんだっけ? でも考えてもみて、この街の商会はほとんどがウチの傘下なのよ? なんであんな小さい店しか持てない家の娘なんかと……」

「確かにそう考えるとゼラの家の方がいいに決まってるよな」

「でしょう? ちょっと国王様と掛け合ってみてよ」

「うーん……じゃあ今度聞いてみるかな」

「やったぁ約束よ? そしたらまた()()()()してあげるわね」


 そういうと、ゼラは顔を赤らめているライネスにくちづけをした。

 まるで()()に見せつけるかのように、ねっとりしたキスだ。

 周りにいるご友人たちは、そんな二人を見てまたやってるなどと笑っている。

 

 私は頭が真っ白になった。

 学生時代に束の間の青い春を楽しんでいるくらいなら、我慢しようと思っていた。

 けれど、彼らの関係はもう引き返せないところまで来ていたらしい。

 私は渡すはずだった旅一座の公演チケットをくしゃりと握り潰した。

 

 

 どんよりとした今にも雨が降り出しそうな空は、私の気持ちを写しているようだった。

 湿った空気の中、重たい足を引きずりながら歩く。

 行くあてなんかないけれど、今は家に帰りたくない気分だった。


「そういえば……」


 ポケットにねじ込んだ、くしゃくしゃの紙切れを引っ張り出す。

 ミステイル演劇団の公演チケット——。


「……行ってみようかな」

 

 旅の一座がこの街で公演している演目は、恋のお話だと噂で聞いていた。

 今はその甘い物語にすがりたい。作り話でも構わないから。


 

入場券(チケット)を拝見します」

「ごめんなさい、くしゃくしゃになってしまったの」

「構いませんよ。はい、確認しました。どうぞ!」


 チケットもぎりの青年に返された半券をポケットにねじ込みながら劇場の中に入る。

 その途端、視界に映った非日常に思わず声が漏れた。


「素敵……」

 

 劇場は吹き抜けになっていて、なんと三階まであるようだ。

 天井が高いので室内なのに、閉塞感の欠片すらなかった。

 半円状に並べられた客席の前方には、大きなビロードの緞帳が降りている。

 きっと、あの奥に舞台があるのだろう。

 

 場内を見回すと、椅子から壁、床に至るまで綺羅びやかな装飾がこれでもかとあしらわれている。

 緞帳ひとつとってみても、細かな刺繍に美しいドレープと、まるで芸術品のようだ。

 指定された席に座ってもまだ落ち着かず、オノボリさんのように周囲をきょろきょろと見回してしまった。

 

 ワクワクする気持ちを抑えながら開演時間を待っていると、客席が半分ほど埋まった頃にジリリとベルが鳴った。

 ほどなくして場内に2回目のベルが鳴り響くと、それに合わせて客席の明かりが落とされた。


 ——そこで私が目にしたのは、哀しくも美しい恋の物語だった。

 

 それは冤罪で天界から追放された女神が、彫刻家の青年と結ばれる話だった。

 最初は人間である青年を軽蔑し、疎んじていた彼女。

 けれどいつしか彼が彫刻へとひたむきに向き合う姿に惹かれていく。

 

 彼と結ばれてしまえば神性を失い、女神としての永遠は失われる。

 そして、もう二度と天界には戻れなくなってしまう。

 彼女はそれを理解していたけれど、それでも彼を選んだ。

 彼がいない永遠の現在(きょう)よりも、真の愛と共に朽ちていく未来(あした)を選んだのだ。

 

 主役の二人が光に包まれながら誓いのキスをすると、舞台はゆっくりと暗転して——物語は終わった。

 客席の明かりが灯ると、観客からは拍手と歓声が響いた。

 その歓声の雨の中、女神や青年を演じていた役者たちが舞台へ戻って来る。

 カーテンコールと呼ばれる時間らしい。

 私は素晴らしい物語を観せてくれた役者さんたちへ、手のひらが痛くなるまで目一杯の拍手を送った。

 

 

「はぁ、素敵だったなぁ」

 

 自室に戻ってからも、私はどこか夢の中にいるようだった。

 光と楽器の音色、それに役者さんたちの演技が織りなす演劇という芸術。

 まるで自分が物語の中に入ったような、圧倒的な演出に心がときめかずにはいられない。

 また観たい、そう思った私は気付けばチケットを一枚買っていた。


「……明日も観に行こっと」


 このチケットはもはやあの人に話しかける口実ではない。

 私は、私のためだけに観に行くんだ。



「今日も最高だったなぁ。女神セレーネ役の人、私と同じ髪色だし。親近感っていうのかな? それでね……」


 この国にいると劣等感を感じてしまう銀色の髪色は、舞台の上においてとても神秘的に見えた。

 光が当たるとキラキラと、まるで星のように輝いていたから。


「お嬢はこの前からその話ばっかりだな」

「だって素敵なんだもん。セイも明日一緒に行こうよ!」

「店番があるから急には行けないなあ」

「ふーん、じゃあ一人で行こうっと」


 ******

 

「今日はセレーネ役のエリアスが転びそうになったところを、彫刻家役のジャミルが抱きかかえたの!」

「へー」

「へーって何よ。そこからジャミルがアドリブで愛を囁いたの。凄いでしょう」

「俺にはよくわかんねーな。けど、嬢が元気になってくれただけで嬉しいよ。演劇ってのに感謝しなくちゃな」


 私は夕食のあとベッドに倒れ込むと、頬に手を当てて今日観た舞台の余韻に浸った。

 舞台に立つ女神セレーネ役の女優、その凛とした佇まいと圧倒的な存在感が頭から離れない。

 それに彫刻家役のジャミルも最高だ。

 異国感漂う浅黒い肌と、長いまつ毛はまるでどこかの王子様のようで。

 

「私も、あの人たちみたいになれるかな……?」


 不意にそんな思いが胸をよぎる。

 しかし、それは遠い夢物語だとすぐに打ち消した。

 私はただの学生だし、舞台に立つなんて考えたこともなかったから。

 演劇の世界は美しく尊いけれど、自分には関係のない場所なんだ。

 そう自分にいい聞かせて眠りにつく。


 それからも、劇場へ通う日々は続いた。

 観劇を重ねるうちに、自分の中で少しずつ変化が生まれてきたのを感じていた。

 役者たちの台詞や動き、光の使い方や音楽のタイミングなど、細かいところまで注意が向くようになっていたのだ。

 そして気づけば、セレーネ役の台詞と動きをすべて丸暗記していた。


「……気持ち悪いかな、こんなお客さん」


 そう呟いたけれど、私の胸の奥には確かな満足感があった。

 心の中でセレーネを演じながら、彼女が感じたであろう喜びや哀しみを想像する。

 そうすると、セレーネと自分を重ねてほんの少しだけ強くなれた気がした。

 


 さらに数週間が過ぎたある日、いつものように劇場を訪れた私は異様な雰囲気に気づいた。

 客席はざわざわと落ち着かず、劇団の関係者らしき人々が慌ただしく行き来している。


「何かあったの……?」


 胸騒ぎを覚えながら劇場内を見回していると、一人のスタッフが説明を始めた。


「予定されておりました『永遠の女神』ですが、セレーネ役のエリアスが体調不良により出演できなくなりました。そのため、本日よりしばらく公演は中止となります」

「えっ……?」


 観客席からどよめきと、ため息が漏れた。

 代役は用意できないのだろうかと思ったけど、そんな簡単な話ではないかと思い直す。

 セレーネ役はこの舞台の要で、誰にでも務まるものではないのだから。

 スタッフが深々と頭を下げる中、私の胸には抑えきれない衝動が湧き上がってきた。


「私……やってみたい」


 何で急にそんなことを考えたのか、自分でもわからない。

 ただ、心の奥底で燃え続けていた情熱が私を突き動かしていた。

 すぐに劇団のスタッフに声をかけ、自分にセレーネ役を演じさせて欲しいと願い出る。

 最初は当然相手にされなかったが、私がすべての台詞を完璧に暗唱してみせると、驚いたスタッフは座長を呼びに走ってくれた。


 その後、オーディションを兼ねた簡単なリハーサルが行われることになった。

 私の演技を見た座長のラウルさんは目を見開き、うなるように呟く。


「……こんな逸材がいたとは」


 聞いたところによると、エリアスさんの体調不良は表向きの理由だったらしい。

 本当は一座の売上金を盗んで、チケットもぎりの青年と駆け落ちをしたんだとか。


「この劇団ももう終わりかと思っていたが……君ならエリアスの穴も埋められるかもしれない」


 ラウルさんは目に光を宿すと、私をセレーネ役に抜擢して公演を続行する決断を下してくれた。


「ただなぁ、劇場を借りる続けるための金がないんだよな……」


 ラウルさんの目からは、急速に光が失われていった。さっきまであんなにやる気に満ちていたのに……。

 

「お金ですか……それじゃこういうのはどうですか?」


 私は商人の、いや大商人の娘だ。

 お金を作るための方法なんて、生まれた時から体に染み付いている。


 

「なるほど、協賛者か」

「そうです。劇場にお店の宣伝を貼ったり、なんならロビーにちょっとしたお店を出店してもらってもいいかもしれません」

「ふむ、つまり私たちが人を集めることで店の宣伝になるから、その対価としてお金を頂くのか」

「簡単にいえばそういうことです。あとは純粋に応援したい人もいるでしょうし」


 私は運転資金を集める手段として協賛者、つまりスポンサーを募ることを提案した。

 なんならウチの商会からもお金を出してもらったっていい。


「それができれば……なんとかなるかもしれないな!」


 ラウルさんの目は、再び光を取り戻していた。

 

 それからしばらくは、協賛してくれる家やお店を探す日々だった。

 私も劇団のみんなと一緒に色々なところで頭を下げた。


 そんな忙しい日々の中、あの人——ライネスから王城への呼び出しがかかった。


「よく来たな、シェリー」

「何の用ですか? 殿下」

「随分とよそよそしいじゃないか。ようやく自分の立場を理解したのかな」

「さあ、どうなんでしょうね」


 今も劇団のみんなが協賛者探しに奔走しているというのに、こんなことに時間を取られたくない。

 そんな私の考えが通じたのか、ライネスは「単刀直入にいう」と切り出してくれた。

 

「君との婚約を破棄したい」

「え……?」


 どうしよう……嬉しすぎる。

 この前ゼラが婚約破棄を迫っていたけれど、どうせ王様に却下されると諦めていたから。

 

「悪いが、やはり平民の君では王族の格に合わないんだ」

「確かにそうですね」


 王族になったらやりたいこともできなくなっちゃうでしょうし。

 そう考えたら、婚約を破棄してくれたことに、とてつもない喜びが湧き上がってくる。

 

「どうやら分はわきまえているらしいな。それではこちらの書類にサインをしろ」

「ええ、喜んで」


 こうして私は、ライネスとの婚約をお互いの合意で破棄することになった。


 

「は? 婚約を破棄されたって?」

「うん、ライネスが破棄するって」

「よし、じゃあ今から俺がぶっ殺してきてやるよ」


 セイは話を聞くやいなや、愛剣を手に店を飛び出そうとする。

 私は慌ててその腕を掴んで制止した。

 

「ち、ちょっと待ってよセイ」

「お嬢、心配しなくても大丈夫だ。城の騎士が全員でかかってきても相手にならん」

「そりゃそうでしょうけど……。あのね、私は婚約を破棄してもらって嬉しいの!」

「嬉しい……?」


 怪訝そうな顔で聞き返してくるセイ。

 そういえば彼にはまだ私がセリーネ役をやることを話していない。

 なんか気恥ずかしくて、伝えられていなかった。

 

「なんか私の知らないところで婚約が決まっててさ、私の未来はそこでもう決まっちゃったんだって、そう思ってた。でも婚約を破棄してくれたってことは、もう私は自由でしょ? 私ね……やりたいことを見つけたの」

「嬢のやりたいこと、ってのは?」

「私、女優になりたいの」


 セイはそんな私の夢を、笑わずに聞いてくれた。

 もちろんそういう人だって知っていたけど、それでもやっぱり嬉しかった。


「俺にも嬢のやりたいことってのを手伝わせてくれよ」

 

 

 それからはまるで流れるように物事が進んだ。

 セイがうちのお店の若い衆をつれて各方面で協賛者を募ってくれたのが大きい。

 

「セイってば凄いね! あ、もちろん脅したりしてない……よね?」

「そんなことしてねえよ。嬢の門出にケチがつくだろ? 若い衆を多めに連れて行ったけど、それだけだ」


 シャルグランデ商会(ウチ)は傭兵や冒険者という荒事が得意な人を沢山抱えている商会。

 そこに所属する若い衆に囲まれたら……そりゃ流れるように物事が運ぶわけだ。


「でも今更、協賛しなくていいよなんて言えないもんね。せめてお客さんをたくさん入れるために宣伝しなくちゃ」

「宣伝か……そういえばウチの客の中に絵師が居るんだが、こういうのはどうだ?」


 

 次の日——私は本番用の衣装を着て、絵師さんの前でポーズを取っていた。


「はい、動かないでねー。腕が下がってきてるよ」

「ううっ、はい……」


 同じ体勢で長時間ポーズを取っているのは、かなり大変だった。

 普段使うことのない筋肉が悲鳴を上げている。


「ほら、女神はそんな顔をしないもんだよ」


 彫刻家の青年を演じているジャミルが、そういって微笑みかけてくれた。

 彼だってずっと同じ体勢でいるのに、辛そうな顔を一切見せない。

 

「僕は体を鍛えているからね。どんなアクションも演じられるように準備をしているんだ」

「そうなんですか……そう考えると私ってば全然ダメですね」


 ジャミルの意識の高さを聞いて、自分の足りなさを思い知ったような気分だった。

 

「何をいっているんだ。君はこの短時間で完璧にセリーネを演じられるようになったんだろう? それはとても凄い才能だ」

「私に演劇の才能が……?」

「そうさ。それは僕なんかの努力では覆せないような、天賦のものだ」


 お世辞かもしれない。おべっかかもしれない。

 でも、憧れていたジャミルにそういわれて嬉しくないわけがなくて。


「ほら、女神役の子! もっと顔を引き締めてくれ」


 だから絵師さんにそう怒られちゃった。

 それから何度も怒られながら、ようやく完成したのは、舞台を宣伝するための大きな絵だった。

 まるで神話の世界のような幻想的な場所で、女神と彫刻家の青年が見つめ合っている、そんな絵。

 

「これが私? まるで本当の女神様みたい」

「私としては誇張して描いたつもりはないよ。ただ君からあふれる希望とか自信をちょっぴり上乗せはしたけどね」


 絵師さんはそういって、ウインクをした。

 なんだ、じゃあやっぱり誇張してるってことじゃない。


 こうして絵師さんに描いてもらったいくつかの絵は、人目の多い場所に貼られた。

 学校、各ギルド、それから劇場前に。

 その効果もあってか、公演再開日のチケットは爆発的に売れているらしい。

 私が観に行っていた頃の公演は、多くて劇場半分くらいの客入りだった。

 けど、もしかしたら今回は全て売り切れてしまうかもしれない。

 三階建ての劇場が、お客さんで埋め尽くされたところを想像して私は思わずニヤけてしまった。

 

 

 そしてついに公演再開日になった。つまり私にとっては初舞台の日だ。

 私は神秘的な衣装を身に纏い、銀髪を整えて、舞台袖で深呼吸を繰り返していた。


「大丈夫……だってあんなに観たし、練習したんだから。今の私はシェリーじゃない、セレーネなの」


 自分に言い聞かせるようにそう呟いてみたけれど、心臓は今にも張り裂けそうだ。


「大丈夫かい? ちょっとこっち向いてごらん」


 ジャミルは優しい声でそういうと、私の手を取り、自分の心臓にあてがう。


「ほら、僕もドキドキしているだろう? 本番前は誰だってそうなるんだよ。いや、そうならなくなったら終わりさ」

「終わり……?」

「その胸の高鳴りの正体は緊張なんかじゃない。皆を楽しませたいって思うワクワクした気持ちなんだ」

「そう、なのかな?」

「うん、少なくとも僕はそう思ってる。ほら、待っている皆に君の胸の高鳴りを聞かせておいで」


 ジャミルの優しい言葉に背押されて、私は舞台に立った。

 開幕のベルが鳴り終わると、ゆっくりと緞帳が上がっていく。

 舞台から目にしたのは——三階までぎっしりとお客さんが詰まった満席の劇場だった。


≪私がいけないというのですか……?≫


 潤んだ瞳で一言目の台詞を口にすると、観客のどよめきが聞こえる。

 何度か観たことのある観客が、セレーネ役の変更に気付いた?いや、どうもそうではないようだった。


「ま、まるで本物の女神だ……」


 そんな声が最前列に座る男から微かに聞こえる。

 横目で声の主に視線を送ると、なんとそこにはライネスとゼラの姿があった。

 そういえば協賛者の中に彼女の家の名前があったっけ。

 まさか彼らの前で演じることになるとは……思わず表情を歪めそうになった。

 けれど——私は……いいえ、セレーネはこんなことくらいで動揺したりしない。


 私は丁寧に、心の底から溢れる台詞を紡いでいく。

 物語に深く沈みこんで、セレーネの感情を正確にトレースしながら。

 上から、横から、正面から照らしてくる眩しい光を浴びながら、私は踊る。

 その度に私の銀色の髪に星が輝いているのが分かる。


 ああ、今の私は——どうしようもなく女神だ。

 

 

≪でも、そうしたら君は女神ではなくなってしまうのだろう!?≫


 物語も最終盤、ジャミルが悲痛な声で叫ぶ。私の心すら抉られてしまいそうな演技だ。


≪でも私は……私はそれでも貴方と一緒になりたいの!≫


 私がそう答えたら、ここからクライマックスに入る。

 それなのに、私は台詞にない言葉を口にした。


≪たとえ誰に捨てられてもいい、いえ世界に嫌われたっていい……≫


 私は舞台の一番前、ライネスの目の前に立つと大きく手を広げる。


≪私は、私の心のままに……生きていきたいの≫


「なっ!? あいつ……あの女神……シェリー、なのか?」


≪さようなら≫

≪女神としての自分への別れか……本当にそれでいいんだね?≫


 ジャミルが私のアドリブをちゃんと拾って元の流れに戻してくれた。

 もちろん、そうしてくれると信頼していたからできたことだ。


≪はい。永遠の命よりも貴方との限りある時間を選びます≫

≪セレーネ……≫


 こうして私とジャミルは長いキスをして、舞台は終わった。

 大歓声の中、ゆっくりと緞帳が降りていく。


「終わった……私、上手にできてました?」

「ああ、素晴らしかった。特に最後のアドリブは感情が強く乗ってて最高だったよ」


 憧れのジャミルが笑顔で親指を立てて褒めてくれたから、それが嬉しすぎて。

 思わず人目も気にせず抱きついてしまった。

 

「おっと……ほら、この拍手と歓声を聞いてごらん。みんなが君に賛辞を送りたいんだって。さあカーテンコールの時間だ」

 

 鳴り止まない拍手と歓声に応えるように、緞帳が再び上がる。

 今日は公演の再開を祝して、端役から楽器の奏者、それに座長のラウルさんまで全ての関係者が舞台に上がる『アンサンブル・カーテンコール』をするらしい。

 主役の私とジャミルは、一番最後の出番だ。

 舞台の袖から客席を見ると、観客たちはみんな総立ちでスタンディングオベーションを送ってくれている。

 二階の最前列では、私とジャミルを描いた絵師さんが笑顔で拍手をしてくれているのが見えた。


「私ね、自分に自信がなかったんです。婚約者に冷たくあしらわれて、浮気までされて……女としての自信がなくなっていて。そんな時にこの演劇と出会って……本当に良かった」

「そっか、自尊心が傷ついていたんだね」

「はい。でも私を認めてくれる人がこんなにもいてくれた」

「そうさ。この歓声は君の心の傷を埋めてくれるはずだよ……さ、行こうっ!」


 ******

 

「でね、私の番になったらさらに歓声が大きくなったから、びっくりしちゃった」

「なぁシェリー……」

「くそー、俺も嬢の晴れ舞台を見に行きたかったぜ」

「仕事でトラブルがあったんでしょ? なら仕方ないよ」

「な、なぁシェリー……俺の女神よ、無視しないでおくれ……」


 初舞台の翌日から、ライネスが毎日ウチのお店へ来るようになった。

 舞台上の私を見て惚れ直したとかなんとかいっている。

 私の話しかしなくなったライネスはゼラとも関係が悪くなり、別れたらしい。

 でもそんなこと、私の知ったことじゃない。


 私は私のやりたいことを自由にやるの。

 だから今日もこういって彼を追い返す。


「お客様、カーテンコールは終わりましたので」

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― 新着の感想 ―
面白かったです! このあとシェリーは舞台女優の道を進むのでしょうか。 そして、鮮烈なデビューを果たした期待の新人女優は、番頭さん、同じ劇団の俳優さん、或いは画家さん、どなたとくっつくのか?街中の話題に…
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