第五話 洛陽動乱
1864年。七月八日。未明。新選組の隊士三名が、神社の境内で惨殺されるという事件が発生した。
事の経緯は、新選組・副長助勤の斎藤一が、河上彦斎の情報を得て、この三名の隊士を出動させたのだが、返り討ちにされたのだ。
「ガセネタの疑いが強かったので、彼らに行かせましたが、私が出るべきでした」
斎藤は局長の近藤勇に、そう報告する。
そして同じ日に『女性忍者』の私は、副長・土方歳三に、密偵活動の調査結果を報告した。
「升屋喜右衛門の正体は、やはり古高俊太郎でした」
私の報告を受け、すぐさま土方は、島田魁、他数名の隊士を引き連れて、古高俊太郎を逮捕する。そして屯所で、古高に壮絶な拷問を加え、
「祇園祭の前の風の強い日を狙って、御所に火を放ち」
その混乱に乗じて中川宮朝彦親王を幽閉、一橋慶喜・松平容保らを暗殺し、孝明天皇を長州へ連れ去る、との計画を自白させた。
古高の自白の後、土方と局長の近藤勇は、
「おそらく志士らは、時をおかずに、会合を行うでしょう」
「よし、歳よ、会津藩に報告しよう」
「いや、それより早く市中の捜索を」
「捜索って、我々だけでやるのか?」
「近藤局長。会津藩が動くのを待っていれば、機を失する可能性が高い。ここは、ご決断を」
「よし、わかった」
こうして、新選組だけでも、先に動く事が決定する。
近藤は、隊士を何組かに分けて出動させ、市中の捜索を開始した。私も、監察方の山崎丞と、京都市中を捜索する。
そして、夜も更けた頃、私と山崎は三条木屋町の旅籠・池田屋の二階で、志士が三十人ほど集まり、謀議をしているのを発見した。
「俺は局長に報告してくるよ」
と、山崎は走り、私は池田屋の屋根裏に侵入する。
屋根裏から覗き見ると、集った志士は、そうそうたる顔ぶれであった。
そこへ遅れて来た、首領格の宮部鼎蔵が、
「あれ、彦斎はいないのか?」
「人を斬りに、行きましたよ」
と、望月亀弥太。その隣に座る北添佶摩が言葉を続けて、
「皆で、京都所司代の与力・重倉十兵衛は、けしからんと話していたら、河上さんは、スッと立ち上がって」
その話を聞いた宮部は、ニヤリと笑い、
「あいつは人斬り彦斎だよ。何時も、そうなんだ。今頃、重倉なんとかを、もう斬っている」
彼らが、そんな話をしていると、階段の下から、大声が響く。
「お二階の皆さん、新選組が!」
次の瞬間。
「黙れ、馬鹿者が!」
と、近藤の怒鳴り声の後、ダダダダッと、十名ほどの隊士が、池田屋に突入して来た。
「何ッ!」
真っ先に刀を抜いて、飛び出したのは、北添である。だが、階段を一気に駆け上がって来た、近藤の一太刀で、
ズバッ。
北添は斬り倒され、そのまま階段を転げ落ちた。
池田屋の屋内では激しい戦闘が始まり、私は屋根裏から飛び出して、別働隊を呼ぶために夜の町を走る。
そして、土方が率いる部隊と合流した。
「浪士たちは、池田屋にいます」
「そうか。それで今の状況は?」
「局長の隊が、突入して交戦中」
「よし俺たちも池田屋へ急ごう」
そう言った土方は、隊を引き連れて走ったが、途中、血の匂いが漂ってきて、その路上で河上彦斎を発見する。
血刀を握る彦斎。その足元には、惨殺された重倉らしき男の亡骸が転がっていた。
「お前は、河上彦斎」
足を止めた土方対して、彦斎は無言のまま、鋭い眼光を返す。
「俺は血の匂いに敏感でね」
剣を抜き、一歩、踏み出す土方。そして部下たちに、
「お前たちは、池田屋に走れ」
と、命じた、直後。
「いやぁーっ!」
気合一閃。突っ込む、土方。
ガキイィィーンッ。
受ける彦斎。刃と刃が、ぶつかり、火花が散る。
ガキッ、ガキン。
両者が、二度、刀を合わせたところで、彦斎が言葉を発した。
「何れ幕府は倒れ、新時代が来る」
「それでも、今の俺は、新選組だ」
と、応じる土方。そして、さらに土方は言葉を続けた。
「俺も、お前も人を殺しすぎた。時代がどうあれ、そのうち地獄に落ちるだろうよ」
その言葉が終わらないうちに、彦斎は背を向けて逃走する。それを土方は追わない。
「今夜の仕事は池田屋だ。急ごう」
私に、そう言った土方は、池田屋に向けて走り出した。
この夜、新選組の強襲により、池田屋で多くの尊王攘夷派の志士が殺され、これにより明治維新が五年遅れたとも言われている。そして、この活躍により、新選組の名が、後世にまで語り継がれる事となった。