第四話 河上彦齋
私は、謎の怪僧・果心居士の手で呪詛をかけられ『永遠の十七歳』となって『女性忍者』として生きている。
現在は、新選組副長・土方歳三の密偵として、働いていた。そんな私に対して、土方は、
「お前さんは、見た目は若いが、本当は十七歳では、ないだろう?」
「わかりますか」
「話していれば、なんとなくな」
「やはり色男は、女性に詳しい」
「そんな、小馬鹿にしたような言い方は止めてくれよ。ところで、幾つなんだ。お前さんは?」
「女性に歳を聞くなんて野暮ですよ」
「野暮は承知の上で、聞いてるんだ」
「私は物の怪ですので、応仁の乱の頃から生きております」
「そんな気がしていたよ」
「ふふふふ。本当ですよ」
「そうか、物の怪とは、こんなにも美しいものなのか」
と、昔、どこかで聞いたことがあるような言葉を、土方は言った。
新選組の密偵として、今、私が調査している人物は『宮部鼎蔵』という維新志士の大物だ。宮部は、
1820年。肥後国の医師の家系に生まれた。
宮部は軍学や国学を熱心に学び、
1863年。肥後勤王党に参加。長州の吉田松陰とも親交のあった宮部は、維新志士の指導的な立場になる。
現在、宮部は京都に潜伏していて、過激な維新志士の首領的な存在になっていた。
その宮部の調査のために、私は、町娘に扮装し、宮部が身を寄せている炭薪商の升屋を探っていたのだが、
屋敷の周辺を探索する私の目の前に、突如、あの河上彦斎が姿を見せた。
「宮部さんの身辺を探っているのは、お前か?」
彦斎は刺すような鋭い視線で、私を見る。そして言葉を続けた。
「確か、あの夜、土方といた女だな」
私は帯に隠した短剣を抜こうとしたが、次の瞬間。
ズバンッと、抜刀術を出す彦斎。
後ろに飛び、私は、サッと、紙一重でかわした。そして至近距離から、
「やっ」
短剣を投げる。
しかし、獣のような速い動きで短剣を避けた彦斎は、間髪入れずに、
左逆手で脇差を抜き、そのまま投げつけてきた。
ヒュン。
これも、私は右に跳んで避けたが、脚の外側に刃が当たり、浅く切れて、血が飛ぶ。
次の瞬間。彦斎は、ババッと、間合いを詰めて、
「いやあーっ」
低い姿勢からの逆袈裟斬り!
「斬られた」
私は、そう思ったが、刀は止まっている。
「女性は斬りたくないものだ」
と、納刀する彦斎。私を睨みつけながら、
「今日は行け。次は殺す」
彦斎は脇差を拾い、私は走って逃げた。
屯所に戻り、今の出来事を土方に報告すると、
「お前さんを、そこまで追い詰めるとは、やはり、あの『人斬り彦斎』は只者ではないな」
「忍者刀があれば、もう少し、戦えたのですが」
「まあ、あまり無理はするな。斬り合いは隊士の仕事だ」
「でも」
「ところで、お前さんは今までに、人を殺した経験は?」
「勿論、ありますよ」
「そうか、有るのか」
そう言った土方は、なぜか悲しい目で、私を見ていた。
私は、彦斎の脅しに屈せずに、その後も、宮部の調査をつづけていたのだが、
宮部が身を寄せている升屋の喜右衛門の正体が、古高俊太郎であることを突き止めた。古高は長州間者の大元締めである。この先は、
「なんだか大きな事件になりそう」
そんな予感を、私は感じた。