第一話 暗闇の襲撃者
これは、ずいぶんと昔の話だ。私は応仁の乱の頃、謎の怪僧『果心居士』と出会い『永遠に十七歳』の呪をかけられ『女性忍者』となった。
それから長い月日が流れ、今は幕末。私は動乱の京都で、新選組の副長・土方歳三の密偵として働いている。
江戸にいた頃は、無名であった土方も、不逞浪士との死闘や、凄惨な内部抗争を戦い抜き、
今では『鬼の副長』として、敵味方双方から、恐れられる存在になっていた。
その土方が、真夜中に私の部屋を訪れて、
「なあ、一緒に夜回りに行かないか?」
と、言ってきた。
「いいですけど、土方さん、どうしたのですか?」
「最近、よく眠れないんだよ」
「それは人の斬り過ぎですね」
「ああ、そうかもしれないな」
そんな会話をしながら、屯所を出て、
誰もが寝静まる静かな、京都の街を二人で歩く。私の持つ提灯の灯りが、土方の整った顔を、下から照らした。
「やっぱり、土方さんは夜が似合いますね」
私が、そう言った、時。
ユラリと一つの影が現れ、私たちの行く手をふさぐ。
「新選組副長・土方歳三殿と、お見受けする」
そう、静かな声で言った人物は、小柄で痩身だが、異様な殺気を放っていた。
「何奴だ」
と、土方は、すぐに刀を抜いたが、
ザザッ、と影は、低い姿勢のまま、物凄い速さで、突っ込んでくる。
そして、走りながらの抜刀術。
ギラリ。
刃が土方を襲う。逆袈裟斬りに斬り上げてきた。
「うあっ、と」
後ろに跳んだ土方だが、浅く、胸を斬られたようだ。
シュンッ。
間髪入れずに、私はクナイを投げたが、紙一重でかわす、襲撃者。
背中に担いだ忍者刀を、私は抜き、
ガツッ、ガゴッ、ガチン。
三度、襲撃者と刀を合わせる。
土方も戦いに加わり、二対一では不利と見たのか、襲撃者は背を向けて、
タタタタターッ。
と、走り、逃げ去った。
「まるで物の怪のような奴でしたね」
「お前が一緒で、俺は命拾いしたな」
そう言った時、土方は初めて、
「あっ、斬られたのか」
自身の胸の傷に、気付いたようだ。
翌朝、屯所で土方の話を聞いた、物知りの斎藤一が、
「それは、おそらく河上彦斎でしょうな」
と、言う。河上彦斎とは『人斬り彦斎』との異名で恐れられている尊王攘夷派の志士だ。彦斎は熊本藩士であったが、
1863年の『八月八日の政変』以後、京都を追われ、長州に移り、三条実美の警護を務めていた。だが最近、京都に舞い戻り、
「新選組幹部の命を付け狙っているとの情報があります」
私は土方に、そう報告して、さらに言葉を続けた。
「しかし、あの時間に、副長と私を待ち伏せていた、ということは」
その言葉を受け、斎藤は鋭い眼光で宙を睨み、
「隊内に内通者がいて、土方さんの行動を監視し、密告した」
「だぶん、そうだろうな。山崎に調べさせよう」
土方は冷静に、そう言って、監察方の山崎烝を呼んで、内部調査の指示を出した。
その二日後、山崎が土方に報告する。
「間者の正体が判明しました」
「それで、それは、誰なんだ」
土方は、落ち着いた表情で、茶を一口。
少しの間をおき、山崎は内通者の名を口にした。
「楠小十郎です」
楠は、まだ若い隊士で、新選組の美男五人衆の一人だ。色白で目が大きく、女性のような優しい声をしていた。
「それは、確かなのだな」
「ええ。良く調べました」
「では俺は山崎を信じる」
そう言った土方は、スッと、立ち上がり、部屋をでると、
屯所の門前にいた楠を見つけ、問答無用に背後から斬りつけた。
「うがあっ!」
悲鳴をあげた楠は走って逃げ、土方は無言のまま追う。私も後に続いた。
楠が菜畑まで行ったところで、土方は追いつき、背中から刀を刺して、彼を殺害する。
「疑わしきは殺せだ」
土方は亡骸を見下ろして、冷酷に、そう言い放った。