第二章 時を越えた邂逅と別離 1-1
「いったいあれからなん年になる、互いに歳を重ねたな。見てみろ、儂はこの通りハゲてきた。やがてボルボル(※)の頭ようになるのは目に見えておる」
(註・ボルボル 蛸によく似た淡水に棲息する頭足類。食用に適した水棲軟体生物で、吸盤を持った脚は十二本ある)
随分と後退しだした額を叩きながら、ダリウスが自嘲気味に笑う。
「歳を取ったのは俺も同じだ、最近は腰が痛くて叶わん。元気だけが取り柄のこのペランさまもいまじゃただの爺いさ」
ペランも白いものが混じった髭面をなで回しながら、おおきな目をこれでもかと言わんばかりに細める。
マクシミリオン邸の中庭に張り出すように造られているデッキに、夜風に吹かれるふたつの影があった。
夜も随分深まったというのにその場には多数の灯りが点され、まるで昼間のように明るい。
ダリウスは懐かしき友を迎えるために、急ごしらえにこのデッキを準備させた。
なぜか部屋の中では話す気分にはなれなかった、風に当たりながら友と語らいたかったのだ。
目の前に座る男には、風がなによりも似合う気がした。
「十八年と四ヶ月。俺がトールンから姿を消してからの年月だ」
間を置かずペランは応える。
「そんなになるか、――時が経つのは早いものだ。ではブルガさまが亡くなられてから、十八年過ぎてしまったのだな。信じられん」
感慨深げにダリウスが宙に目を泳がせた。
ペランは卓に置かれた麦酒を、グイと一口煽る。
「あれは真実の出来事だったのだろうか。若い熱気にうなされた俺たちが見ていた、白昼夢だったのではあるまいか。夢でなくば、あのような素晴らしいお方がこの世に居られるはずがない。どこまでも心が広く誰よりもお優しくて、戦場では鬼神も目を背けるほどの戦士であるくせに、人がよくとびきり明るい冗談好き。その上にサイレンの大公様なんだぞ、そんな人間がこの世に存在するはずがない。俺たちは夢の中で幻を見ていたんだ、最近俺はそう思うことがある」
ペランはそう言って、立て続けに三口麦酒を傾け〝どん〟と音を立てて銅製の杯を卓に置いた。
瞬く間に中身は空になり、それに気付いたダリウスが素焼きの壺から並々と麦酒を注ぎ〝もっと飲め〟と言わんばかりに顎をしゃくった。
盛大に真っ白な泡が溢れ、卓の上を濡らす。
「夢か・・・。確かに夢のような日々であったな、毎日が輝いておった。あのままブルガ様が健在であられたならば、今頃この世はどのような姿になっていたであろうか」
ダリウスが過ぎし日を懐かしみ、夜空を見上げる。
その目線の先で、スーッと星が儚く消えた。
「流れる星のように、あのお方は逝ってしまわれた。われらの心に鮮烈な思い出だけを残して」
消え去った星と、若くして逝ってしまったブルガの姿が、ダリウスの頭の中で重なった。
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