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第一章 楼桑からの使者 4-10



「ううぬっ! 誰も彼もが余の敵だったということか。これほど信じておったお前たちに、兄とも姉とも頼みとしておった者どもにまで(たばか)られておったとは無念じゃ、余は無念であるぞ。もう誰も信じられぬ、余はもう誰も信じぬぞ」

 信頼し切っていた二人ともが、自分の気持ちを分かっていてくれなかったことに愕然となり、口惜しさにみるみる涙が込み上げて来る。


「大公がなんだというのだ、国がなんだというのだ、もしサイレンという国が余の心を許さぬというのならば又、余もサイレンという国を許さぬであろう。余は大公位を捨て、国を捨てたとしても義姉上をお選びいたす。こればかりは重臣たちにもどうすることもできぬぞ、余の身体は余のものだ。それさえ許されぬというのであれば余は命を捨てよう、余に残されているのはもう自らの命しかないではないか。余の生命(いのち)は余のものだ、フリッツという一個の人間のものなのだ。嗚呼そうだ! 見ていてくださいませ、フリッツは命を捨てて義姉上への、ラフレシアさまへの愛を貫いてみせます」

 若き大公の双眸から、滂沱のように涙が流れ出ていた。


 その感情や言い草は、彼の兄である前大公アレックの時と酷似している。

 その際には家臣たちが折れたが、今回ばかりはそうはいかないだろう。

 状況がまったく異なっている、たんなる結婚話ではなく国の命運を左右する重大事なのだから。


 自分の発した言葉に、自らが酔ってしまったかのように涙を流している。

 そこには無垢な青年の真実(まこと)があった。


 それを聞いているのも、又同じ無垢な心を持つ若者たちであった。

「殿っ、殿はそこまで深くラフレシアさまのことをお想いでございましたのか。われらのことをそれほど信じてくださっていたのか。このブルース、殿を見損のうておりましたお赦しください、お赦しください・・・・・」

 主君の熱い心の(ほとばし)りに、彼もつられて涙を流した。

 それを聞くエメラルダの瞳からも、後からあとから涙が溢れてくる。


「わかってくれるのか、ブルース。エメラルダも余の味方であるな」

 涙を流したままの顔で、幼児のごとき仕草でフリッツがふたりの胸に顔をうずめる。


「おいたわしやフリッツ様」

「おお、わが君よ。エメラルダもおふたりのお味方でございます」

 若き主従はひとかたまりになり、しばし泣きながら抱き合った。


 三人ともまだ若いのだ、まだ青春のただ中の人なのだ。

 人間が発する激情に出会えば、自分の心もその熱い心に呼応する、《《世間のなにか》》などというものの這い入る隙間はない。


 美しくも激しく危うい幻想、若さとは得てしてそういう身勝手なものなのかもしれなかった。



「これより──御前会議がー開かれまーす──る」


 そのとき遠くから、御前会議の開催を告げる小者・伝播方の奇妙な抑揚を伴った声が、星光宮の政務殿に響き渡った。



読んで下さった方皆様に感謝致します。

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