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第一章 楼桑からの使者 4-9



「それより殿、そろそろ重臣(としより)たちの寄り合いが終わる頃ではありませんか。そうなればじきに御前会議が開かれましょう、楼桑国との縁組の話しどうなされますので」

 途端に、フリッツの顔がこわばってゆく。


 早朝ガリフォンに伴われたガンツ伯爵が、帰国のための挨拶をしに来たことで、フリッツは勝手な方向へ昨日の縁談話を解釈していた。

 こんなにもあっさりとガンツが帰ると言うことは、自分と楼桑の姫との縁組み話しもそう真剣なものではなかったのではないかと。

 自分が気のない返答をした故に、半分諦めて帰国するのだと考えたらしい。

 一国を統治する身とはいえ、そこはまだ成熟した大人ではない若者でしかなかった。


「楼桑の使者も昨日の今日で、早々に帰っていった。余にその気がないことが分かったのであろうよ」

 その無邪気な言葉に、ブルースは眉を顰める。

「さあ、それはどうなのでしょうか。一国の姫の輿入れ話を、そう簡単に引っ込めるとは思えません。昨夜のうちに宰相殿との間で、なんらかの取り決めがあったと考えた方がいいのではありませんか」

 そんなブルースの言葉を聞き、フリッツが一気に不機嫌になってしまう。


「余はロザリーなどという、見たこともない子むすめを妃になどせぬ。どうしてもというのならば、妾姫にでも上がればよかろう、しかし余がそのような者に手を付けることは生涯ないがな」


〝そうさ、ひと言の口さえ利いてやるものか。泣きながら逃げ帰らせてやろう〟

 フリッツはそんな非道な事を考えていた。


「よいか余がこの世でお慕いしておるお方は、義姉上ただお一人のみ、年寄りどもの言いなりにはならぬぞ。ブルースそちたちふたりは余の味方であろうな、裏切りは許さぬぞ」

 フリッツが、すがるような眼を両名に向ける。


「味方だの裏切るだのと、わたしがいつ殿とラフレシアさまのお味方だと申し上げました。それは殿の勝手な考え違いというものです」

 ここへ来てブルースは、日頃思っていることを思い切って口に出した。


 考えてもいなかったその言葉に驚愕したフリッツは、大きく目と口を空けたまましばしの間二の句が継げないでいる。

 恨めしげな目でブルースを睨み、絞り出すような声を出した。


「な、なんと! それではブルースお前は余を見捨てるというのか。これほどお前のことを兄とも信じているこのフリッツを──」

 そうして今度はその目線を、エメラルダへと向ける。


「エメラルダ、そうだエメラルダよ、そちだけは分かってくれるはずじゃな」

 フリッツは立ち上がって、エメラルダに詰め寄る。


「・・・・・」


「どうした、なぜ応えぬのだ」

 問い詰められたエメラルダは、なにも言えず俯いてしまった。


「殿、エメラルダに代わってわたしが応えましょう。エメラルダもわたしと同じ意見ということでございます。いかようにも殿のお心に添うようにいたしたいのは山々なれど、どうか此度ばかりはラフレシアさまのことはお諦めくださいませ。このとおり伏してお願い申し上げます」


「・・・・・」


 フリッツは魂を抜き取られたかのように青ざめた顔で、その場に呆然と立ちすくんだ。

 やがて顔がみるみる赤く染まって行く。



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