第二章 時を越えた邂逅と別離 4-4
ユーディの言を受け、ダリウスが口を開く。
「あのお方は死を求め闘っておられるのだ。ブルガさま亡きサイレンには、未練の欠片も持っておられん。人から聞いたが、まるでそれからのシュタイナーさまは、死狂いそのもののごとく自分を酷使なさっているらしい」
「はやくブルガさまの許へ行きたいのであろう、あんなに仲がおよろしかったのだからな」
ペランが呟く。
「そんな真似をされてはこちらが困るのだ、なにせシュタイナーさまは東方防衛の要なのだから。そんな無茶をするお陰で、援軍として赴任したコルデスの次男が戦死した。シュタイナーさまをお守りするためにな。ゆくゆくは儂の後継者にと思うほどの、優秀で勇敢な男だった。すぐに熱くなるところが欠点であったが、まるで若き頃の儂とそっくりな気性でな。おしい人間を喪った――」
ダリウスが気色ばむ。
「コルデスの息子が――」
ペランの眉が曇る。
「ああ、ヴァーデスと言ってな、火のような気性のヤツであった。一本気で気が短く情に脆い、可愛い男であったよ」
「まるで昔のお前そっくりだな」
「そうともよ、まるで自分を見ているようだった。幸いにもコルデスには息子が三人おったから、頼み込んで養子にしようと思っておった。なにせ儂には娘が一人しか生まれなかったからな」
ダリウスの瞳には、いまそのヴァーデスという青年が浮かんでいるのだろう。
「その鮮烈な死に様から〝ノインシュタインの英雄〟などと呼ばれたが、死んではなんにもなりはせんではないか。それもこれもシュタイナーさまが無茶な戦さを続けるせいだ、死にたいのなら毒でも煽ればよい。他人に迷惑をかけて欲しくはない、若い命が無為に散ってしまったのだからな」
自分の知らない所で国を護るために、様々な出来事があったことをペランは改めて噛みしめていた。
「ノインシュタインではそんな主を支えるために、家老であるラインハートが苦労をしていると聞く。政のすべての差配から、戦場ではシュタイナーを庇い阿修羅のように敵を屠っているらしい。どこか大国の王家に生まれていたら、大陸を統べるだけの能力のある人物だと言われているほどだ。奴がいなければ、とうの昔にフェリキアに領土を奪われているだろう」
ユーディの言葉を聞きながら、ペランは昔を思い出していた。
天衣無縫なシュタイナーと、そのさらに上を行く大公ブルガが唯一怖れていたのが、そのラインハートであったことを。
「国の政を担うというのは、本当に骨の折れることなのだな。庶民から見れば良い暮らしをして羨ましく見えるだろうが、計り知れないほどの苦労を負わねばならん」
感慨深げなペランに、ガリフォンが怒鳴る。
「なにを他人事のように言っている、その政を任されたのは本来お前だったはずだ。今度こそ逃げ隠れせずに、責任を果たそうとは思わんのか。いまはお前を邪魔するものは、このサイレン宮廷にはおらんぞ。なんなら大丞相になればよいではないか、それがブルガさまの最期の望みなのだから。お前がそうするというのなら儂はお前に従おう、古い頭の貴族どもは儂の力で押さえ込む。ペランよトールンに留まってくれ」
気位の高いガリフォンが、深々と頭を垂れた。
ペランは困惑した顔でダリウスを見る。
「すまぬ、まだお前のことは誰にも話しておらん」
苦しげにダリウスが呟いた。
「なんの話しだ、なにか子細がありそうだな。隠し事をせずにすべて教えよ」
ブラーディンが二人を睨んだ。
「そうか、ならば話そう。そのつもりで妻子を遠ざけた」
橋を渡りきったところで、母子が不安そうにこちらを見ている。
「俺はもうすぐ死ぬのだ。頭の中に悪い腫れ物が出来ておって長くても半年、早ければ三月と保たんかもしれん。これで分かってくれたか、最後にお前たちの顔を見たくてトールンまで来てしまった。ここは俺の青春のすべてだ、ブルガさまとかけがえのない友たちとで駆け抜けた想い出の地だ。自分なりの別れを告げるために、二度と来ないはずのトールンに戻ったんだよ」
「な、なんだと――。死ぬ? お前が死ぬだと、それは本当のことか」
死という言葉を聞き、ガリフォンの目が大きく見開かれた。
ほかの二人、ユーディとブラーディンも呆然としている。
「あのカダ先生の最後の弟子の見立てだ、間違いはない。もう俺には時間が残ってないんだよ、扶けてやりたくともできんのだ。これで分かったか」
しばらく五人は無言だった。
「どんな名医だろうが、見たて違いと言うこともあるだろう。ほかの医者にもう一度診てもらえばいい、なんならわたしの伝手を頼りラインデュールの医学院へ使いを出そう。得宗家の御典医へ渡りをつける、金ならいくらでも出してやる」
皮肉屋のブラーディンが、珍しく真顔になっていた。
「ありがとうブラーディン。しかし無駄だ、俺の病はもう治らん。俺の病を見抜いた医者の名はフェミューと言ってな、若いながらもカダ先生が自分以上の医才があると太鼓判を押した人物だ。ヴァビロンで、シルベティオン家のお抱え医師をしておる。時には請われて、皇帝や妃の脈を診ることもあるほどの腕だ。『帝都医聖林』の総師範も勤める、天下一の医師の一人だよ」
意表を衝いたペランの言葉に、みなが驚いている。
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