第二章 時を越えた邂逅と別離 4-2
西方へ続く広い石畳の道を、三人連れの親子が歩いている。
ペラン親子たちの姿だった。
それは公都トールンから湖水地方グリッチェランドへと伸びる、「トールン街道」と呼ばれる黒き斑路だ。
トールン市内と市外とを分けるのは、ローヌ河である。
星光宮を正面に見て、後方北を指す遥か彼方には、山頂を万年雪に覆われた主峰ギルキュナンガを擁する、パラノミス山脈が連なっている。
手前にはパラノミス山脈から湧いてくる地下水で枯れることのない、アルイオス湖がきらきらと太陽を反射して光っているのがみえた。
パラノミス山脈のすそ野からは、青々とした草原が広がる。
大陸西部の大草原地帯や、遙か遠き東方の噂にだけ聞く〝草の大海〟には敵わぬまでも、ここにも少数の騎馬の民が独自の風俗を固持し、家畜を追う質素な生活を営んでいた。
そのアルイオス湖を水源としているのが、ローヌ河であった。
ゆえに源流となるのは、パラノミス山脈の雪解け水からなる地下湧水だ。
そのローヌ河に架かっている〝トールン街道〟の橋は〝ブリンデン大橋〟と呼ばれ、そこを渡ればもうトールン市外である。
ローヌ河以西も行政的にはトールン市の管轄であるが、そこをもう誰もトールンとは呼ばない。
湖水地方グリッチェランドへ行くのならば、この街道を進むことになる。
健脚な男なら二日、おんな子ども連れのゆっくりとした足であっても、三、四日もあれば十分な旅程だった。
デミトリアたちと分かれたペラン親子の前に、そのブリンデン大橋が見え始めた。
〝あの橋を渡ればトールンともお別れだ、俺はもう二度とこの地を踏むことはあるまい。トールンには若き日の俺のすべてがあった。喜びも、悲しみも、苦しみも、希望も。友情、愛、裏切り、別離れ、そうして政という不条理な世界と、ブルガさまという大きな太陽も。さらばわが青春の地トールンよ〟
ペランは心の中で、懐かしき日々への別れを惜しんでいた。
「ねえ、あんた。橋の手前に変な人たちがいるよ、あれはあたしたちが来るのを待ってるんじゃないかい。じっとこっちを見てるみたいで、なんだか気持ち悪いね」
感慨に耽りながらぼーっと歩いていたペランの袖を、女房のキャリーヌが引っ張った。
「えっ、なんだ?」
「なんだじゃないよ、あれをご覧よ。ありゃどう見たって、あたしたちを待ち伏せしてるって感じだよ。なりからして盗賊や追い剥ぎにゃ見えないけど、どう勘定したって、堅気の人間たちじゃないね。どうすんのさ、ペラン」
キャリーヌは鼻に皺を寄せて、まるで敵に挑む野生の猫のような顔をしている。
そんな母親の異変に気付き、ケルンも歩を緩め身体を強張らせた。
「変な奴らだと――」
ペランはそう言われ、前方を確認するように凝視する。
「ん? あれは――」
ペランの目が、驚いたように見開かれた。
驚きはしたが、ペランの歩速は変わらなかった。
「ちょ、ちょっとあんた。大丈夫なのかい」
キャリーヌの声が小さくなる。
かなり橋のたもとまで近づいてきているため、そうしないと相手に聞こえてしまうのだ。
「心配するな、害を為そうとする者たちではない」
ペランの口調がいつもと違っている。
「あんたの知り合い?」
妻の問いにペランはこたえない。
橋のたもとには、それぞれが馬の手綱を持った四人の男が立っていた。
いまでははっきりと、その顔のひとつひとつまでが判別できる。
いずれもきちんとした身なりで、ペランと同年代らしき歳に見えた。
ともなっている馬も丁寧に手入れをされており、色艶もよく装具も立派である。
キャリーヌのいう堅気じゃないというのは、ただの庶民には見えないという意味らしい。
その着衣や雰囲気からして、かなりな身分の階級に属しているのが分かる。
それは貴族特有の匂い、或いは臭いといって良いだろう。
(匂いと思うか臭いと思うかは、受け取る側の意識次第である)
中の一人が、ペランに向かって手を挙げた。
「あれ、やっぱり・・・」
キャリーヌがペランの顔を見る。
やはり夫の知り合いらしい。
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