第二章 時を越えた邂逅と別離 3-11
そんなこんなで話し込んでいる一行へ、旅籠の中から声が掛かった。
「お客さん、そんなに間口の前でいつまでも固まっていられましたら、商売の邪魔なんでございすが。出ようとなさるお方がままならず、苦情が来てますので。さっさと出立するか、場所を変えて頂けませんでしょうか」
宿の主人が言いにくそうな顔で、そう伝えてくる。
「おお、これは気がつかずご迷惑をおかけした。申し訳ないな亭主殿、勘弁してくれ」
ペランが持ち前の愛想の良さで応える。
店の出入口を空けると、旅の商人らしいふたり連れが彼らに軽く会釈をして外へ出て行った。
「毎度ありがとうございました、旅のご無事をお祈りいたしております。またトールンにお越しの際は、当旅籠にご逗留くださいまし」
旅籠の亭主が大きな声で客の後ろ姿へ声を掛け、姿が見えなくなるまで道に立ってお辞儀をする。
ペランが目顔でキャリーヌになにかを伝える。
その意を悟ったキャリーヌが、小さく頷く。
「じゃあみなさん、俺たちもこれでお暇します。いつまで話していても切りがありません、どうかご無事でお過ごしください」
ペランが一同に別れの声を掛ける。
「もう行っちまうのかい、寂しいね」
デミトリアが袖で目の辺りを覆う。
「お母ちゃん、さよならだ。お父ちゃんの分まで、ずっと、ずっと長生きしてね」
キャリーヌの瞳が潤んでいる。
「馬鹿、そんなこと言われたら泣いちゃうじゃないか。こんな時はカラっとやらなきゃ」
デミトリアが頬の涙を拭い、明るく笑う。
「でも行くったって、当てはあるのかい。ふたりとも親を知らない孤児じゃないか」
心配そうなデミトリアに、キャリーヌが応える。
「うん、とりあえず西へ行くつもりなんだ。このひとが昔お世話になったお方が住んでらした土地があってね、いまでもその縁戚の人が暮らしているんだって。森の番人みたいな仕事らしいんだけど、よければ来ないかって言われていてね。一旦そこに落ち着く算段で、こうしてサイレンへ戻ってきたのさ」
「森の番人だって? 本当に大丈夫なのかねえ。この子の将来のためにも、トールンで育てた方がよくはないのかい」
キャリーヌの説明を聞いても、デミトリアの不安は消えないようである。
「お婆ちゃん、伯母さん、伯父さん、さよなら。ぼくみんなのこと、絶対に忘れないからね」
無邪気な笑顔で、ケルンが手を振る。
「さよならなんてよしとくれよ。大きくなって旅ができるようになったら、またお婆ちゃんに逢いに来ておくれね。約束だよ」
「うん、また来るよ」
その明るさが、デミトリアには堪らなかった。
そして最後にもう一度ペランの手を取り、しっかりと握りしめる。
「もうこれっ切りなのかい」
デミトリアの言葉にはなにも応えず、ペランはありったけの笑顔を見せた。
自分の命が短いことは、最後まで言えなかった。
言えばデミトリアの悲しみが、なん倍にもなってしまうからだ。
「せめて手紙でもいいから書いておくれよね、待ってるよ」
ペランはその言葉を背中で聞きながら、右手を軽く挙げる。
別れの時の、いつもの彼の癖である。
西へと歩を進める三人の後ろ姿へ、デミトリアたちはいつまでも手を振り続けた。
ペランはその後一度として振り向きはしなかったが、キャリーヌとケルンは振り返る毎になん度もお辞儀をしては手を振り、尽きぬ別れを惜しんだ。
そんなこともいつまで続くはずがなく、とうとう三人の姿は見えなくなった。
通りにも徐々に人々の喧騒が漂い始め、朝の空気にも暖かさが感じられはじめる。
「行っちまったね――」
寂しそうにそう口にするデミトリアの背に、そっとジョディの細く白い手が添えられた。
〝神様、逢わせてくれてありがとうございます〟
デミトリアが空を見上げ、感謝の言葉を呟いた。
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