第二章 時を越えた邂逅と別離 3-6
「あんたに惚れてた女と言えば、もうひとりとんでもないのが居たっけね」
デミトリアが思案げに口にした。
その瞬間ペランの表情が〝ぎくっ〟とした風に引き攣る。
「あの獰猛なネコのようで、それでいて寂しがり屋のあたしたちの《《もうひとりのかわいい娘》》。いま頃どこでどうしてるのやら、達者に暮らしてりゃいいけど――」
デミトリアがそう言って溜め息を吐いたとき、旅籠から大きな声と一緒に小柄な女が出て来た。
「すっかり待たせちまったね。この子がいつまでもぐずぐずしてるもんだから、お足を払うのに手間取っちまった」
浅黒い顔に大きな瞳をキラキラさせた、三十路後半の旅支度をした女だった。
脇に十三、四歳辺りだと思われる男の子がくっついている。
「ペラン、朝っぱらから誰と話してんだよ。まったくあんたはお喋りが好きなんだ・・・」
そこまで言って、女の口が開いたまま言葉が途切れた。
これでもかと言わんばかりに大きな瞳を、さらに大きく見開き完全に固まっている。
「キャリ・・・、キャリーヌかい。まさかね、こんなとこにキャリーヌがいるなんて。嘘じゃないよね・・・」
デミトリアも呆気にとられたように動きを止め、ただただ目の前の女を見詰めていた。
声が小さく震えている。
「お母ちゃん!」
言うなり、女はデミトリアの胸へ飛び込んだ。
〝随分昔しにも、これとまったく同じ光景があったっけ〟
デミトリアの脳裏に、まざまざとその時の事が思い出される。
「お母ちゃん、もっとぎゅっとして」
始めて会った十六の少女の頃にそうしたように、同じ言葉を口にして暖かな胸の中で涙を流す。
「おやおや、キャリは甘えん坊だね」
デミトリアもその時と同じ言葉を耳元で囁き、昔そうしたように力一杯優しく抱きしめた。
あの瞬間親の顔を知らない少女は、はじめて母親の温かさというものを感じたのであった。
まるで昨日のことのようである。
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