第二章 時を越えた邂逅と別離 2-6
ペランとグルカの出逢いは、彼が初めて星光宮へ来た日まで遡る。
初見は互いに交わることもなく、顔を見た程度で相手の名前さえ知らぬまま過ぎた。
ふたりの親交が始まったのは、その次の日からだ。
ブルガの直臣となったペランが早朝の左宮門にあらわれた際、詰所に誘い退屈しのぎに手製の香草茶を振る舞ったのが切っ掛けであった。
ペランが星光宮で初めて親しく言葉を交わしたのが、その若い門番だった。
その時グルカはなんの気なく、ペランにこう言った。
〝あんたがもし偉くなったら、俺を近衛騎士団の端っこにでも紹介しておくれよ〟
とりたてて意味のある言葉ではなかった、ただの戯れ言のひとつである。
その後も彼らは顔を合わせると雑談を交わし、グルカがたったひとりの母親と住む実家と、ペランの公宮内の部屋を幾度か行き来する関係となった。
そしていつしかブルガに取り立てられ、男爵の爵位と宮廷内の役職にさえ就くほどにペランは出世した。
(ペランへの爵位下賜に関しては、複雑な経緯もありここで語るわけにはいかない。詳細は外伝『昔語り・武勇公ブルガ傳』による)
ペランはグルカとの、件の約束を忘れてはいなかった。
彼はブルガに頼み込み、グルカを本当に近衛騎士団に推挙したのだ。
「馬鹿かお前は、そう簡単に近衛の騎士になれるはずがなかろう。地方の貴族や郷士の子弟が、その地位を掴むためにどれほどの努力と財を使っていると思う。そこらに居る門番風情がなれるほど、騎士というのは甘いものじゃない。トールンの中央貴族であってさえ、憧れる存在だ。お前ももう義兄上の下働きではなく、いまでは立派な男爵なのだぞ。訳の分からんことをいうもんじゃない」
その時たまたま国許からトールンへ来ていたシュタイナーが、無茶なことを言いだしたペランを鼻で笑い一蹴した。
「おいシュタイナー、そうつれなくすることもあるまい。こやつがここまで懇願するのだから、それなりの人間なのだろう。いままで一度たりとも我が儘を言ったことがない、ペランの初めての願いだ。俺は聞いてやろうと思う」
「義兄上はペランに甘過ぎるぞ、ほかの若造たちにもだ。公宮の重臣たちから不満が噴出している。俺は明日にでも国許へ戻らねばならん、義兄上を護ってはやれん。あまり急ぎ過ぎてはいかん、ゆっくりと時を選ぶのだ」
シュタイナーが義兄へ説教をする。
「そうやんやと言うな、まったくお前は遠慮を知らんな」
「俺以外の誰が義兄上にこんな事が言える、俺は血の繋がった兄弟以上にブルガという男に惚れているんだ。どうか俺の心が分かるなら、いま少し慎重になってくれ」
「わかったよシュタイナー。お前とメラニス、そしてジャンドールの爺はなにものにも替えられぬわが家族だ。その言葉は疎かにはせん、ありがたく思うぞ」
「本当にそう思っているのか、口だけでは承知せんぞ」
シュタイナーが肘でブルガの腹を突いた。
それはかなり強めで、一瞬ブルガの息が詰まるほどだった。
「痛いではないか、お前の方こそ少し緩やかに行動しろ。戦場では慎重にやってくれよ、俺の大切な義弟なのだから」
この遣り取りからだけでも、ふたりの親密さが窺い知れる。
「ペラン、お前たちもあまり先走るな。なにげないその行動のひとつひとつが、義兄上の足を引っ張らんとも限らんのだ。離れている俺の代わりに、お前たちが義兄上を護ってくれよ。この命、いつ戦場に果てるとも限らん」
「承知致しました、ペランこの命に替えましてもブルガさまをお護り致します。どうかご安心くださいませ」
ペランはふたりに跪き、忠勤を誓った。
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